東京「日比谷公園」“三つの洋”で都心のオアシスを解説!

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東京「日比谷公園」“三つの洋”で都心のオアシスを解説!

東京「日比谷公園」“三つの洋”で都心のオアシスを解説!

更新日:2017/11/30 12:47

KISHI Satoruのプロフィール写真 KISHI Satoru 岬の狩人、伝記研究者、旅するパンクス

東京都千代田区にあり、都心のオアシスとして各種イベントが開催され、度々テレビや雑誌等にも登場する「日比谷公園」。日本初の近代的洋風公園として、1903年(明治36年)開園し、現在も四季折々の花々が咲いて多くの人々の憩いの場となっています。
実は公園の設計では意識的に“三つの洋”が取り入れられました。その点に詳しく触れながら100年以上の歴史を誇る東京都千代田区「日比谷公園」を御紹介致します。

日本初の近代的洋風公園「日比谷公園」と“洋花”

日本初の近代的洋風公園「日比谷公園」と“洋花”

写真:KISHI Satoru

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「日比谷公園」には、1903年(明治36年)の開園時からある“第一花壇”と、1961年(昭和36年)に完成した“第二花壇”の二つの花壇があります。特に第一花壇ではチューリップ、パンジー、バラ、ダリアなど初めて見る西洋の花が植えられ、人気を博しました。これが一つ目の洋、つまり“洋花”です。

ドイツ留学の経験を持つ林学博士・本多静六(ほんだ せいろく、1866年〜1952年)によって設計案がまとめられ、開園した日本初の近代的洋風公園「日比谷公園」。現在でも“都心のオアシス”として、多くの人々の憩いの場となっています。

写真は1910年(明治43年)に「日比谷公園事務所」として新設された建物。当時としては斬新なバンガロー様式で、関東大震災や第二次世界大戦でも損傷すること無く残り、1990年(平成2年)には東京都の有形文化財に指定されました。「日比谷公園」の初期の建造物として、その面影を残しています。

ハイカラ好きのモダンボーイとモダンガールに人気「松本楼」の“洋食”

ハイカラ好きのモダンボーイとモダンガールに人気「松本楼」の“洋食”

写真:KISHI Satoru

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「日比谷公園」の開園と同じく、1903年(明治36年)にオープンしたのが「松本楼」。お洒落なお店として評判を呼び、当時の流行に敏感な人々の間で、「松本楼」でカレーを食べてコーヒーを飲むことが大流行しました。こちらが二つ目の洋、“洋食”です。

その他にも、小説家・夏目漱石(なつめ そうせき、1867年〜1916年)や彫刻家で詩人の高村光太郎(たかむら こうたろう、1883年〜1956年)といった文人や芸術家が集う場所にもなりました。

現在は1階に“洋食グリル&ガーデンテラス”があり、ビーフカレー、ハヤシライス、オムレツライスなど愛され続けてきた昔ながらの味を楽しめます。3階では本格的なフランス料理を優雅な雰囲気の中で味わえる“仏蘭西料理ボア・ド・ブローニュ”となっています。

「日比谷野外音楽堂」と“洋楽”

「日比谷野外音楽堂」と“洋楽”

写真:KISHI Satoru

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「日比谷公園」には「小音楽堂」と「大音楽堂」の二つの野外音楽堂があります。
「小音楽堂」は、1905年(明治38年)に国内初の野外の音楽堂として開館します。1923年(大正12年)に「大音楽堂」の完成により、「小音楽堂」と呼ばれるようになります。

座席数は約1100席で、現在も催し物などに利用されています。開館時には軍楽隊の洋楽が演奏され、大盛況となりました。こちらが三つ目の洋、つまり“洋楽”です。

特に座席数が約2700席の「大音楽堂」では数々の伝説のライブが開催。矢沢永吉のキャロル、忌野清志郎のRCサクセション、ザ・ブルーハーツ、尾崎豊などなど多くのアーティストたちがステージ上で人々を熱狂させてきた場所です。「日比谷野外大音楽堂」名称から“野音(やおん)”とも呼ばれています。

“近代化産業遺産”に認定「日比谷公会堂」及び「市政会館」

“近代化産業遺産”に認定「日比谷公会堂」及び「市政会館」

写真:KISHI Satoru

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1929年(昭和4年)に「市政会館」と一体の建物として建設されたのが「日比谷公会堂」です。東京市長であった後藤新平(ごとう しんぺい、1857年〜1929年)の理念に賛同した安田財閥の創立者・安田善次郎(やすだ ぜんじろう、1838年〜1921年)。その遺志を継いだ安田家の寄付金により完成しました。

「日比谷公会堂」では、1954年(昭和29年)に初来日したオーストリアの指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤン(1908年〜1989年)の公演を始め、著名な演奏家や交響楽団のコンサート、講演会など数々の催し物が行われてきました。また「市政会館」では開館以来、オフィスビルとして使用されています。

「市政会館」並びに「日比谷公会堂」は、大衆娯楽や消費に関わる産業の発展に寄与した事が評価され、1999年(平成11年)に、“東京都選定歴史的建造物”に選ばれました。また、2009年(平成21年)には経済産業省による“近代化産業遺産”にも認定を受けています。

フラワーショップ「日比谷花壇」日比谷公園店

フラワーショップ「日比谷花壇」日比谷公園店

写真:KISHI Satoru

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「日比谷公園」の東側中央にある噴水広場近くの出入口・日比谷門の直ぐ側にはフラワーショップ「日比谷花壇」があります。全国各地に店舗を持つ「日比谷花壇」の原点とも言える日比谷公園店で、記念やプレゼントにお花を購入してみてはいかがでしょうか。

1872年(明治5年)に創業して庭園業を営み、約70年の歳月を経て帝国ホテルへ出店。1950年(昭和25年)、「日比谷公園」に店舗を構えたのが「日比谷花壇」です。
戦後東京の復興計画の一環として、市民の憩いの場である「日比谷公園」に海外の例を倣ってフラワーショップを、と当時の都知事より要請を受け開店。以上のような歴史的な背景も面白いですね。

第一花壇、第二花壇を始め様々な花々が咲き誇る園内。となると、自宅に花を飾りたい、あるいは大切な方へのプレゼントにしたい、と思うかもしれません。そんな時にはピッタリのお店が「日比谷花壇」日比谷公園店。日本初の近代的洋風公園「日比谷公園」に因んで、“洋花”を選んでみるのもオススメです。

“三つの洋”で見る・東京都千代田区「日比谷公園」のまとめ

地下鉄の各線・日比谷駅から直ぐ、また霞ヶ関駅からもアクセスが簡単な「日比谷公園」。こちらを目的として訪問し、じっくりと食事も含めて楽しんだり、または何処かの行きや帰りに、ぶらりと途中下車して立ち寄ってみたりするのもオススメです。

園内にある各施設等に関する詳しい情報は、下部関連MEMOにあります公式サイトへのリンクから御確認下さい。
以上、“洋花、洋食、洋楽”と“三つの洋”を中心に、100年以上の歴史と伝統が残る“都心のオアシス”、東京都千代田区「日比谷公園」の御紹介でした。

掲載内容は執筆時点のものです。 2016/03/28 訪問

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