ちゃんと見てますか 名古屋城の文化財 〜 指定文化財の門・櫓・庭園・絵画もお忘れなく

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ちゃんと見てますか 名古屋城の文化財 〜 指定文化財の門・櫓・庭園・絵画もお忘れなく

ちゃんと見てますか 名古屋城の文化財 〜 指定文化財の門・櫓・庭園・絵画もお忘れなく

更新日:2016/05/30 11:19

タカシ☆TZRのプロフィール写真 タカシ☆TZR ブロガー

名古屋の観光名所といえば名古屋城。かつては天守や御殿など多くの建物が残されていましたが、1945年の名古屋空襲でその多くを焼失してしまいました。そのため、多くの観光客にとっての見所といえば再建天守や、復元されつつある本丸御殿など。しかし、戦災を免れた建造物もあり、門3棟・櫓3棟は重要文化財の指定を受けています。せっかくの歴史的な名城なのですから、歴史的なものを忘れずに見ておきましょう。

本丸南側の重文3棟をまとめて眺める

本丸南側の重文3棟をまとめて眺める

写真:タカシ☆TZR

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まず、名古屋城の重要文化財の建造物についてまとめて紹介します。重要文化財の件数としては3件で、それぞれの指定名称は「名古屋城」、「名古屋城旧二之丸東二之門」、「名古屋城二之丸大手二之門」となっています。重要文化財「名古屋城」は西南隅櫓、東南隅櫓、西北隅櫓、表二の門の4棟をまとめた1件の文化財です。名古屋城の築城は慶長15 (1610)年に始まっていますが、堀や石垣の建設を同年中に早々に終え、さらに慶長17 (1612)年に天守が完成します。重要文化財の6棟も天守と同時期か少し遅れて建てられたものです。

表二の門は本丸の南側にある門で、本丸への主要な入口となっています。この東西にあるのが東南隅櫓(写真左奥)と西南隅櫓(写真は右手前)。というわけで、重文建築3棟をまとめて見られるのが本丸の南側です。表二の門は部材に元和5 (1619)年の墨書が見つかっていて、天守よりは少し遅れて完成したようです。

旧二之丸東二之門 〜 本丸にあるもう1つの重要文化財の門

旧二之丸東二之門 〜 本丸にあるもう1つの重要文化財の門

写真:タカシ☆TZR

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本丸への主要な入口は南側の表二の門ですが、東側からも入ることができます(2016年現在、石垣の修復工事のため一時的に通行禁止)。この門も重要文化財です。指定名称は「名古屋城旧二之丸東二之門」となっているのですが、もともとは名称のとおり二之丸の東面中央にあった門ですが、昭和47年に本丸に移築されています。

ちなみに門の形式は「高麗門」という形式で、お城の中の小規模な門ではよくある形式です。写真は内側から撮ったものですが、控柱の上に小さな屋根をのせるのが特徴。名古屋城の重文門3棟はこの高麗門という形式の門です。

二之丸大手二之門 〜 体育館西側にある門も重要文化財

二之丸大手二之門 〜 体育館西側にある門も重要文化財

写真:タカシ☆TZR

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名古屋城のもう一つ重要文化財の門は「二之丸大手二之門」。二之丸跡にある愛知県体育館の西側にあります。ここは観光客の見学ルートからは完全にはずれていて、見にくる人はほとんどいません。有料区画外にあって、いつでもただで見ることができるので、ぜひ見ておいて下さい。

広い水堀に映える西北隅櫓

広い水堀に映える西北隅櫓

写真:タカシ☆TZR

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もう一つの重文の櫓は「西北隅櫓」。本丸の北西に位置する御深井丸(おふけまる)の西北隅にある櫓です。広い水堀と石垣に映えて、とても見栄えのよい櫓です。名古屋城の一般的な見学ルートからは広い水堀が見えないので、多くの人がもつ名古屋城のイメージとちょっと違うかもしれませんね。広い堀越しに見ると小さくも見えますが、実は規模の大きい櫓としても有名な建築です。御深井丸にも入ることはできるので、内側から見学することもできますが、ぜひ堀越しの偉容も見ていただきたいです。

解体修理時の調査では部材に墨書が見つかっていて、元和5 (1619)年の完成であることが明らかになっています。また、別の建物の部材を転用した痕跡も多く見つかっています。この櫓は清洲城の小天守を移築したものという伝承もあって清洲櫓ともよばれていますが、清洲城からの移築である明確な証拠はないものの否定もできないということになります。

国指定名勝の二之丸庭園は玉澗流の名園

国指定名勝の二之丸庭園は玉澗流の名園

写真:タカシ☆TZR

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ここまで文化財建造物についての紹介をしてきましたが、名古屋城の敷地もまた文化財です。城跡は「史跡」という分類の文化財として保護されることになりますが、名古屋城は「特別史跡」。非常に価値の高い史跡ということですね。戦災で多くの建造物が失われたとはいえ、代表的な近世城郭の旧規をよく伝えていると評価されています。そして、その特別史跡の範囲で重複して名勝の指定を受けている部分があります。それが二之丸庭園です。

何度か改変のある庭園ですが、もともとは元和元 (1615)年頃のニ之丸御殿の造営とあわせての作庭。ここも訪れる人が少ないのですが、実は玉澗流の名園として評価の高い庭園なんです。玉澗というのは宋の水墨画家の名前で、遠景の山をぼかして描く手法などが特徴。日本庭園にこの技法を取り入れたのが玉澗流です。遠くの山をぼかして描くように、遠景を表す石組を小さい石の石組とし雄大な景観を表現するというもの。この写真のように滝を表現する石組の高い所に石橋を据えるというのも玉澗流の手法で、このことにより雄大な滝の景観が表現されています。

最後に

文化財の建造物と庭園について紹介してきましたが、最後に絵画の重要文化財についても触れておきます。戦災で失われた名古屋城本丸御殿ですが、この中にあった障壁画と天井板絵は難を逃れています。それぞれ、「名古屋城旧本丸御殿障壁画」、「名古屋城旧本丸御殿天井板絵」という名称で重要文化財の指定を受けていて、復元された天守の中でその一部が公開されています。ほんの一部ではあるんですが、貴重なものなので忘れずに観ていって下さい。現在、展示収蔵施設を整備しているところなので、ゆくゆくは多くの絵画をまとめて観賞できることになると思います(平成32年頃からの公開予定)。

観光名所として有名な名古屋城について「文化財」をテーマに紹介してみました。既に訪れたことのある人も、また行ってみたいと感じていただければ幸いです。

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掲載内容は執筆時点のものです。 2016/03/20 訪問

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