岐阜県郡上市白鳥町で「白山美濃禅定道」を辿り白山文化と出会う

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岐阜県郡上市白鳥町で「白山美濃禅定道」を辿り白山文化と出会う

岐阜県郡上市白鳥町で「白山美濃禅定道」を辿り白山文化と出会う

更新日:2016/06/05 15:37

和山 光一のプロフィール写真 和山 光一 ブロガー

万年雪をたたえ、白く輝く霊峰白山は古くから山岳信仰の霊場と仰がれてきました。その中心となるのが、白山頂上への登山道の3っの拠点で、平安時代初期には白山の三馬場と呼ばれていました。その登山口の一つ、美濃馬場「長瀧白山神社」を起点とする、岐阜県郡上市白鳥町の「白山美濃禅定道」を辿りながら白山文化に出会いませんか。今日もなお多くの神社・寺院や遺構・古道が残され、先人たちと同様の道筋を辿ることができます。

長良川を辿りゆく白山美濃禅定道

長良川を辿りゆく白山美濃禅定道

写真:和山 光一

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加賀、越前、美濃、飛騨、越中の5国境にそびえ、万年雪をたたえる白山は、富士山、立山と並ぶ日本三霊山のひとつとして知られ、歴史は古く、約1300年前の養老年間泰澄大師により開山されました。白山の神を祀る社は全国に2700社を数え、その中心となるのが白山頂上への登山道の3っの拠点で、平安時代初期には白山の三馬場と呼ばれました。美濃馬場は、岐阜県郡上市の長瀧白山神社、越前馬場は福井県勝山市の平泉寺白山神社、加賀馬場は石川県白山市の白山比盗_社であり、これら三馬場より全国に白山神社は勧請されたといわれています。白山の麓に開かれた三馬場はそれぞれに発展し、地域形成の軸をなしたのです。

東海地方の白山拠点の役割を長く担った美濃馬場が「長瀧白山神社」であり、郡上市白鳥町は美濃の参詣ルート「白山美濃禅定道」として全国から多くの人が行き来し「上り千人、下り千人、泊り千人」といわれ、御師と呼ばれた人たちが参拝者を案内したり、宿坊を提供したり、全国に出向いて薬草などを売り歩き、布教に努めていたのでした。

白山登山口の美濃馬場「長瀧白山神社」

白山登山口の美濃馬場「長瀧白山神社」

写真:和山 光一

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白山美濃禅定道は僧侶や山伏の修行の道でなく、霊峰白山への庶民のためにある旅の道であり、長良川を意識しながらの道でした。長良川の流れに導かれて迷うことなく登山口である美濃馬場「長瀧白山神社」まで辿り着ける街道で現在の国道156号とほぼ同じルートです。

長良川沿いを走る長良川鉄道・白山長滝駅のある国道156号沿いに「長瀧白山神社」はあります。境内はとても広く、拝殿へ続く石段の横を水が段々と流れ降りていく様は、まるで水の階段のようです。上りきった拝殿に前には鎌倉時代の作と言われる石灯籠が置かれています。かつては美濃馬場・白山中宮長瀧寺といい明治に神仏分離の際に長滝白山神社と長瀧寺に別れましたが、今も同じ境内にあり、神と仏の習合の姿を今も留めています。白山中宮長瀧寺は養老元年(717年)泰澄大師により創建され、平安・鎌倉・室町時代には隆盛を極めたとのことです。近くの道の駅「白鳥」では白山信仰の歴史と文化にふれることができます。

霊峰白山より流れ落ちる東海一の名瀑「阿弥陀ヶ滝」

霊峰白山より流れ落ちる東海一の名瀑「阿弥陀ヶ滝」

写真:和山 光一

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国道156号を道の駅「白鳥」から県道314号に入り「見たか聞いたかあみだが滝を、滝の高さとあの音を」と、郡上踊りの歌でも知られる「阿弥陀ヶ滝」を目指します。霊峰白山を源とする長良川最上流に流れ落ち、白山開祖泰澄大師により発見されたというこの滝は、当初その名を長滝と名付けられ長滝白山神社の由緒とも言われています。

駐車場から滝つぼまでは、石畳の散策道が整備され、10分程歩く程度で、あっというまに到着します。鬱蒼とした木々の間から真直ぐに流れ落ちる「阿弥陀ヶ滝」は落差約60Mもあり、「日本の滝100選」、「岐阜県の名水50選」にも選ばれているまさに東海の名瀑です。滝壺から少し離れた場所でも舞い上がる水しぶきが、木陰とともに清涼感あふれる別天地を創っています。「阿弥陀ヶ滝」という名前の由来は、白山中宮長滝寺の僧、道雅法師が滝の北側の洞窟で修行していたところ、目の前に阿弥陀如来の姿が浮かびあがった事からその名がついたといわれています。その後は滝修行の名所としても知られていたとのことで、ごうごうと音を立てて流れ落ちるその姿は圧巻です。冷水を流れる名物流しそうめんは絶品ですよ。

白山信仰ゆかりの神秘的神社「白山中居神社」

白山信仰ゆかりの神秘的神社「白山中居神社」

写真:和山 光一

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阿弥陀ヶ滝から檜峠を越え記紀神話の里、白山信仰のお膝元「石徹白」に入ります。さらに県道127号を北上すると、古く景行天皇12年(83)の時代に吉備武彦の命によってイザナギ・イザナミノミコトを隈筥川の辺、長瀧川(長走瀧)と短瀧川の流れ間の清々しい森に祀ったのが始まりとされる「白山中居神社」が鎮座しています。

銅製鉄板の鳥居くぐり、杉の巨木群をくぐり抜けると石徹白川と支流である宮川との合流部に布橋が架けらているのが見えます。清流を渡ると養老元年(717)美濃禅定道を開いた泰澄によって社殿が修復され、社域も拡がった中居の宮が静かな佇まいを見せます。境内は杉の巨木が樹立し、石段の上に構える本殿とともに荘厳な雰囲気を漂わせています。本殿正面の「粟に鶉」「竜と脇障子」の彫刻は江戸時代の作で一見の価値ありです。ただし昔からなぜか女性一人では行ってはいけないといわれていますので家族や友達と御一緒で参って下さい。

境内近くには幹周囲10m以上の巨木「淨安杉」や鳥居から右へ林道を600mほど進むと「長走りの滝」の標識があります。15分ほど山道を進むと落差15m、長さ30mの緩い勾配の滝に出会えます。

1800年という時空を越えて生き続ける杉の立木「石徹白の大杉」

1800年という時空を越えて生き続ける杉の立木「石徹白の大杉」

写真:和山 光一

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さらに7Km走り白山登山口に向かいます。霊峰白山の登山口にある大杉「いとしろ大杉」は、別名「十二抱の大杉」ともいわれ、その名の通り大人十二人でようやく幹が抱えられるほどの大きさで、巨木の幹周りは、13.45Mもあります。推定樹齢1800年で白山信仰の登拝者を見守り続けてきた霊験あらたかなこの古木は、岐阜県一位、全国杉の部門5位となっている石徹白大杉です。駐車場から420段の石段を登りきると迎えてくれる大杉は、その威厳のある佇まいのせいか周りの杉を従えているような貫禄でさえあります。白山を開いた泰澄大師の杖がこの大杉になったという伝説も残っています。

白山文化の里・奥美濃「白鳥」

悠久の歴史ただよう白山文化の里・白鳥町は、古代から人々の信仰を集めてきた霊峰白山の東海側の信仰拠点として隆盛を極めました。町内の白山文化ゾーンには、かつて白山信仰の拠点として栄えた美濃馬場の白山中宮長滝寺が神仏習合の姿を今に留め、150本余の杉の大樹に守られた白山中居神社もあり、かつて白山登拝者の宿坊だった旧家は今に歴史を伝えています。豊かな自然にも恵まれ、国指定特別天然記念物の「いとしろ大杉」や日本の滝100選の「阿弥陀ヶ滝」など白山信仰ゆかりの史跡が点在します。

白山国立公園、奥長良県立自然公園として四季を通じて美しい自然とふれあうことができます。夏の夜を彩る白鳥おどりや冬のスキーなどのアウトドアから白山文化を訪ねる旅、高山、白川郷など近隣の観光地のベースとして奥美濃・白鳥での楽しい一時を過ごして下さい。

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掲載内容は執筆時点のものです。 2016/05/29 訪問

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