写真:島塚 渓
地図を見る米子城の山頂へと登る道はいくつかありますが、今回は四国88か所巡りが体験できる石仏通りをご紹介。この道は山裾にある弘法大師の石像を起点に、200体以上のお地蔵さんを拝みながら山頂へと登るルートです。大正時代に整備された素朴な姿のお地蔵さんが、お遍路と同じように、88か所に分けて置かれています。
これらのお地蔵さんは、四国88か所巡りに出かけた米子市民が、地元でも同じようなご利益が受けられないかと思い始めたもの。つまり米子城址に登ることで、簡略版のお遍路を体験できるのです。気持ちよく山道を進みながら、お遍路のパワーまでもらえる、一石二鳥のコースになっています。
写真:島塚 渓
地図を見る米子城跡は市街地の近くに位置していながら、植物に囲まれている緑豊かな場所。なかには、普段なかなか見られないような珍しい植物も自生しています。
米子城跡がある港山は、標高90mの低い山にもかかわらず、「セリバオウレン」といった山地に生える草花が見られるのも特徴。ゆっくりと歩いて港山の自然を味わってみてください!
写真:島塚 渓
地図を見る標高90mの山を登ると、米子城の天守が建てられていた山頂へと辿り着きます。ここからは米子市一帯を見渡すことができ、その見晴らしは「最高」のひとこと!本丸頂上からの景色は他に遮るものがないので、360度の大パノラマが見られます。東方向には大山、北側には日本海、そして西には中海が広がっています。
眼下には米子の市街地から隣の境港市まで望むことができるので、観光に来たのならば、まず米子城址に登って、これからの行先を想像してみるのもいいのかもしれません。
写真:島塚 渓
地図を見る米子城は、戦国時代に築かれた石垣をもとにして、江戸時代初期に完成したといわれています。その後、お家断絶や国替で領主が変わり、最終的に鳥取藩の池田氏の所領となります。池田氏は鳥取城を本拠としており、一国一城令のもと、米子城は取り壊しを命ぜられる可能性もあったのですが、例外的に存続が認められました。
では、なぜ現在天守がないのかというと、明治の初めに古道具屋に売却され、取り壊されてしまったらしいのです。もったいない話ですが、時代の移り変わりによってお城の役割も終わりを告げたのでした……。
そんな寂しい話が残っている米子城ですが、ぜひ天守の跡地に立ってみてください!江戸時代のありし日の天守の姿が、目に浮かんでくるはずです。
米子城跡のある港山は、標高90メートルほどの山。だから、あまり身構えることなく、ハイキング気分で登ることができます。ただし、勾配が急な所もあるため、けっして無茶はできません。自分の足腰と相談しながら、慎重に登るようにしてください。
そして、自然豊かな場所であるからこそ、季節によっては多くの虫が発生します。長袖に帽子を被って、出かけることをおススメします。くれぐれも、安全で楽しい米子城址ハイキングを満喫してくださいね!
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この記事を書いたナビゲーター
島塚 渓
絶景スポット、神社仏閣やご当地グルメなど五感を刺激してくれる体験を求めて、日々情報収集に余念がありません。頭のなかをいっぱいにした後は思いっきって一歩踏み出してみましょう!感動的な出会いはいつも僕たち…
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