日光「英国大使館別荘記念公園」大使が愛した絶景&大使館レシピのスコーン!

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日光「英国大使館別荘記念公園」大使が愛した絶景&大使館レシピのスコーン!

日光「英国大使館別荘記念公園」大使が愛した絶景&大使館レシピのスコーン!

更新日:2017/08/08 13:53

フルリーナ YOCのプロフィール写真 フルリーナ YOC 絶景・感動探究家、旅する音楽講師

奥日光中禅寺湖畔は明治期より多くの外交官や大使館別荘が建てられ、「夏は外務省が日光に移る」と言われた地。中でも最も初めに建てられた旧英国大使館別荘が、2016年7月に「英国大使館別荘記念公園」として復元・オープン。ここは元は英国外交官アーネスト・サトウが建てた別荘。中禅寺湖の絶景を見渡すテラス、サトウの生涯や英国文化に関する展示や、ティールームでは英国大使館レシピのアフタヌーンティーも味わえます。

アーネスト・サトウの別荘から英国大使館別荘へ

アーネスト・サトウの別荘から英国大使館別荘へ

提供元:日光自然博物館

http://www.nikko-nsm.co.jp/museum地図を見る

長年イギリス大使館別荘として使われてきた、中禅寺湖の絶景を臨むこの建物は、初めはアーネスト・サトウの別荘として建てられました。アーネスト・サトウは明治維新にも多大な影響を与えた外交官で日本に関する著書も多く書いています。

アーネスト・サトウの別荘から英国大使館別荘へ

写真:フルリーナ YOC

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山好きのサトウは殊に奥日光に魅せられ、彼の日記には、奥日光へ来た時の感動と興奮が記されています。またサトウは日本を紹介した英文のガイドブックも多数書き、その一つ「日光案内」おいては日光の姿を外国に紹介。日光を広く海外へ知らしめました。

アーネスト・サトウの別荘から英国大使館別荘へ

写真:フルリーナ YOC

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さらに明治29年には、中禅寺湖畔の南岸に別荘を建築。設計にあたっては、明治以後の日本建築界の基礎を築いたジョサイア・コンドルのアドバイスもあったようです。

その後、別荘はイギリス大使館の所有となり2008年までイギリス大使館別荘として利用されていましたが、2010年栃木県に寄贈され、2016年7月に「英国大使館別荘記念公園」として復元・オープンされました。

中禅寺湖の絶景を望む「石積み三段テラス」

中禅寺湖の絶景を望む「石積み三段テラス」

写真:フルリーナ YOC

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この三段テラスは、A・サトウの時代に造られた物であろうと考えられています。別荘建築予定地を建築家コンドルと共に訪れたサトウは日記に、ボートハウスの位置を決め、敷地の前に三段のテラスを作ることにする、と記しています。

中禅寺湖の絶景を望む「石積み三段テラス」

写真:フルリーナ YOC

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別荘の前は美しい中禅寺湖畔。中禅寺湖を最大限に楽しめるこの「石積み三段テラス」は、まるで中禅寺湖という大舞台を眺める劇場のよう。暑い東京から離れ、故郷の風景にも似た湖を前に湖の風に吹かれるひと時は、遠く故郷を離れて過ごす大使たちの心をどれだけ慰めたことでしょう。

A・サトウが感動した<絵のように美しい風景>。中禅寺湖を一面に見渡す別荘

A・サトウが感動した<絵のように美しい風景>。中禅寺湖を一面に見渡す別荘

写真:フルリーナ YOC

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A・サトウが初めて中禅寺湖を訪れたのは明治5年3月。当時28歳の彼は日光市鉢石から日帰りで、積もる雪の中を徒歩で中禅寺湖まで往復しています。その時の感動を日記に「絵のように美しい湖で、鬱蒼たる樹木に囲まれた山々がこれを取り囲んでいる。」と書き、この時からサトウは何度も日光を訪れました。

A・サトウが感動した<絵のように美しい風景>。中禅寺湖を一面に見渡す別荘

写真:フルリーナ YOC

日本で通訳官として活躍していたサトウは、明治17年に日本を離れ他国へ赴任。1895年にはヴィクトリア女王からSirの称号を授与され、その後“日本駐箚特命全権公使”として3度目の来日をはたしました。

この別荘はその1年後に建てられています。サトウはここにイザベラバードやベルギー公使などをはじめ、各国要人たちを招き、避暑地外交を繰り広げました。

A・サトウが次男・武田久吉氏に送った貴重な品々も

A・サトウが次男・武田久吉氏に送った貴重な品々も

写真:フルリーナ YOC

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A・サトウは、明治4年ごろ日本人女性武田兼を内縁の妻とし、長女(幼い頃病死)と2人の息子にも恵まれました。当時の時代背景と立場上、家族と公に暮らすことはありませんでしたが、終生生活費を家族に送り、日本を離れた赴任地や晩年イギリスへ単身帰った後、500通もの手紙を妻に宛てて送っていたそうです。

A・サトウが次男・武田久吉氏に送った貴重な品々も

写真:フルリーナ YOC

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A・サトウの次男・武田久吉博士は、父と同じように山と植物を愛し、後に高名な植物学者となりました。また武田博士は日本山岳会の発起人の一人でもあり、尾瀬の自然保護にも力を尽くし「尾瀬の父」とも呼ばれています。

この写真の書棚と机は、武田博士が英国留学中に父から贈られた英国製のアンティーク品。これらの品は、武田博士が留学の地・英国から帰国の際も持ち帰りました。しかし太平洋戦争で自宅は空襲に遭い火事に。武田博士は父から贈られたこれらの品々に池の水をかけて、燃えないようにと必死で守ったそうです。この武田博士が守った貴重な品々は、「英国大使館別邸記念公園」整備にあたり、武田博士の娘さん林静江氏から寄贈され、展示されています。

A・サトウが次男・武田久吉氏に送った貴重な品々も

写真:フルリーナ YOC

1階の展示を見終わったら、2階へと進みましょう。2階はサトウが活躍した、文化・芸術が花開いた英国・ビクトリア朝時代の文化についての展示。手仕事の復興と産業デザインの改良を目指す「アーツ・アンド・クランツ運動」などの美しい作品を目にすることが出来ます。そしてまた、ビクトリア朝の中ごろから貴族の間で起こった文化・アフタヌーンティーについては、実際に美味しく体験できるお楽しみも!

アフタヌーンティーの美味しい文化体験も!大使館エグゼクティブシェフ・レシピの絶品スコーンと紅茶!

アフタヌーンティーの美味しい文化体験も!大使館エグゼクティブシェフ・レシピの絶品スコーンと紅茶!

写真:フルリーナ YOC

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2階に併設されている「Tea Room 南4番Classic」では、本場イギリスの由緒正しいアフタヌーンティーを、駐日英国大使館から寄贈されたアンティーク家具のある優雅な空間で楽しめます。

アフタヌーンティーの美味しい文化体験も!大使館エグゼクティブシェフ・レシピの絶品スコーンと紅茶!

写真:フルリーナ YOC

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「Tea Room 南4番Classic」で提供されるメニューは、イギリス大使館の指導のもと、大使館と全く同じレシピと材料で作られています。大使館のエグゼクティブ・シェフのレシピで作られた、サックサクのスコーンと駐日英国大使館指定のクロテッドクリーム・ジャム。その美味しい事と言ったら!

アフタヌーンティーの美味しい文化体験も!大使館エグゼクティブシェフ・レシピの絶品スコーンと紅茶!

写真:フルリーナ YOC

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こちらも大使館レシピの「大使館のチョコレートケーキ」。味はもちろんのこと、その美しさにも目をみはります。

「Tea Room 南4番Classic」では、レシピのみならず、器もイギリス大使館の指導のものを使用。こちらの青く美しい磁器は、イギリス・バーレイ社のもの。バーレイ社は160年間もの歴史を誇る老舗で、ビクトリア朝から続く伝統技法の銅版転写により陶器を作成。イギリスの陶器業界で「クラフトマンシップの真髄」と言われています。

イギリス伝統の美しい陶磁器で頂く、大使館レシピのスコーンとイングリッシュティーなんて、最高ですね!

サトウという姓は何処の名前?そしてまとめ

アーネスト・サトウという名前を最初にきくと、サトウって佐藤?と思うかもしれません。実はサトウという名前はアーネストサトウの父方の姓。スラブ系の姓ですが、日本人にとってなじみのある名前なので親しみを持ってもらえた、とのこと。自らもアーネスト・サトウを日本の漢字に当てはめ「佐藤愛之助」「薩道愛之助」という日本名も使っていました。スターのように美しい容姿を持ち、ドラマティックな生涯を送ったA・サトウ。大河ドラマなどでもお馴染みの名前ですが、これからさらに注目度がアップすることでしょう。

また「英国大使館別荘記念公園」のオープンに合わせ、「イタリア大使館別荘記念公園」までの散策路も歩きやすく整備されました。美しい緑の小道を湖沿いに5分ほど歩く気持ちのいい道です。ぜひ、あわせてイタリア大使館別荘記念公園もお楽しみください。

そして日光には明治期から花開いた避暑地文化が、金谷ホテルをはじめとし、たくさん残されています。日光の旅では、レトロな欧米の避暑地文化もぜひ辿ってみて下さいね。
それでは皆さん、素敵な旅を!

掲載内容は執筆時点のものです。 2016/07/05 訪問

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