大山寺は神奈川県伊勢原市の大山中腹にあります。大山ケーブルの中間駅から徒歩で2、3分、江戸時代に流行った「大山詣」のお寺。当時「商売繁盛」にご利益があり、江戸庶民に人気だったと言われています。また、一部地域では「大山に登って初めて一人前と認められた」ことから「立身出世」のご利益もあるとか…。
現在では「もみじの名所」として、秋には沢山の参拝客が訪れます。紅く染まったもみじも素晴らしいですが、もみじが美しいのは秋だけではありません。青もみじからは生き生きとした美しさを感じることができます。境内には最初から赤い色をしたもみじもあるので、赤と緑のコントラストが愉しめるのも春夏のメリット。
そして素晴らしいのは本堂前の急階段。両側にもみじが植えられていて、トンネルとなっています。しかしケーブルの「大山寺」駅で降り、帰りもケーブルに乗ってしまうとこの急階段のもみじは愉しむことができません。帰りはケーブルには乗らずに、この階段を下ってそのまま女坂から帰ることをお勧めします。
大山の信仰の歴史は古く、縄文時代にまで遡ります。山頂には磐座があり、祀られているのは「石尊大権現」。その霊山に良弁僧正が大山寺を創建したのは755年(奈良時代)。良弁僧正は奈良の東大寺を開いた名僧です。
寺伝によると、相模の国に生まれた良弁僧正は晩年大山に登り、山頂で五色の光を発見。掘り起こしてみると現れたのは石でできた不動明王像。そして不動明王から「この大山は弥勒菩薩の浄土であり、釈迦如来に代わってこの山に現れ、衆生の利益をしている」との託宣を受け大山寺を創建。聖武天皇により勅願寺となり、以降「神仏習合」の霊山として信仰を集めます。
ご本尊の不動明王像は1264年願行上人の作。当時大山寺は衰退しており、そのことを憂えた願行上人が自ら鋳造、大山の再興を果たします。江戸時代には、春日局が家光が将軍になることをこの不動明王に祈願。そしてご存知のとおり、家光は3代将軍の座に就くことができました。
毎月8の付く日は御開帳日になっていますので、そのお姿を直接拝むチャンス。御開帳日以外でも、本堂には不動明王の強さが満ち溢れています。
大山寺はご本尊が不動明王なので「厄除け」のご利益もあります。境内には厄除けの「かわらけ投げ」がありますが、ただ投げれば良い、というものではありません。崖の途中に直径2.5mの福輪があり、この輪を通すのです。見事かわらけがくぐれば、幸運が訪れるとのこと。
しかし見下ろしてみると輪の中を通すのはかなり難しそうです。もちろん、通らなくても厄除けのご利益がありますのでぜひチャレンジしてみてください。
大山寺の3代目別当はなんと弘法大師でした。その弘法大師はこの大山寺でも数々の霊所・伝説を残しています。大山登山道の女坂には「七不思議」がありますが、そのうち2つはこの弘法大師にまつわるもの。
「弘法の水」…弘法大師が岩に錫杖を突いた跡からこんこんと清水が湧き出し、その井戸は夏場でも枯れることはない。
「爪切り地蔵」…弘法大師が道具を使わず、一夜にして爪で掘ったと伝えられている。(上の写真)
この「爪切り地蔵」は大きさも1m以上あり、しかも岩に彫られたもの。「爪で…」と言われても俄かには信じがたいものです。弘法大師の偉大さがこのような伝説になったのでしょうか…。2つとも大山寺から女坂を歩いて下る途中にあるので、ぜひ立ち寄ってみてください。
大山寺はかつては現在の阿夫利神社・下社がある位置にありました。それが明治時代の「神仏分離・廃仏毀釈」によりほとんどの伽藍や寺宝が壊されてしまいます。しかし信仰の篤い霊山であったため、1873年(明治6年)現在の地に仮本堂が建てられて存続することができました。
倶利伽羅堂は、かつては大山の二重滝にあった「龍神堂」。1641年徳川家光により再建・寄進されたものです。雨乞いの神様である龍神・小天狗がこのお堂に祀られていました。江戸時代の栄華を残す建物として、ひっそりと大山寺の近くに佇んでいます。
もみじの名所・大山寺。そしてご本尊の不動明王は参拝した人にきっと力を与えてくれるでしょう。ぜひ大山寺を訪れ、江戸時代に人気があった訳を感じてください。
アクセス
電車:小田急小田原線 伊勢原駅〜神奈川中央交通バス・大山ケーブル線終点「大山ケーブル」下車
車:小田原厚木道路 伊勢原IC〜県道44号〜R246号〜県道611号経由、約10q
「大山ケーブル」バス停・駐車場〜こま参道(約0.6q階段)〜ケーブルカー:大山ケーブル駅〜大山寺駅(約3分)
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