七不思議伝説のあるパワースポット!栃木市「太平山大中寺」

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七不思議伝説のあるパワースポット!栃木市「太平山大中寺」

七不思議伝説のあるパワースポット!栃木市「太平山大中寺」

更新日:2016/08/19 17:49

やまと ふみよしのプロフィール写真 やまと ふみよし アクティブシニアの旅行ガイド

栃木県栃木市にある太平山大中寺は曹洞宗のお寺で、久寿元年(1154年)に創建され860余年の歴史があり、かつては曹洞宗寺院を管理する関三刹の筆頭寺院として栄えました。

太平山(おおひらさん)と晃石山(てるいさん)の南山麓にある寺院は、参道の正面に中山がありパワースポットを守っています。上杉謙信と北条氏康との和睦したお寺と知られ、“大中寺の七不思議”の伝説があるお寺は優しい「気」で満ちています。

太平山南山麓に立つ大中寺!参道は深い緑に覆われた神秘の入り口!!

太平山南山麓に立つ大中寺!参道は深い緑に覆われた神秘の入り口!!

写真:やまと ふみよし

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太平山大中寺は、鹿沼市から佐野市にまたがる三峰山などの山々続く太平山の南山麓にあります。山地と関東平野の境にある太平山からは、富士山から東京スカイツリー、筑波山など関東平野が一望できます。その絶景は、民間組織の“日本夜景遺産事務局”が選定する“日本夜景遺産”にも選定されています。

JR両毛線の太平下駅から大中寺につづく道の両側には北関東最大のブドウ畑が広がり、6月上旬から10月中旬にかけて、“巨峰”や“デラウェア”、“キャンベル”など色々な種類のブドウ狩りが楽しめます。“大中護国禅寺”、“曹洞宗太平山”と書かれた石碑から真っすぐに延びた参道には、アジサイが植えられ、深い緑の木々に覆われています。

太平山大中寺は北条氏康と上杉謙信が和議を結んだ名刹!

太平山大中寺は北条氏康と上杉謙信が和議を結んだ名刹!

写真:やまと ふみよし

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参道を進むと山門があります。この門は、栃木の基を築いた皆川氏の皆川城の搦手門を元和2年(1616年)に移築したものと言われています。大中寺の創建は、久寿年間(1154〜1155年)、真言宗のお寺でしたが、その後衰退し延徳元年(1489年)に曹洞宗のお寺として再建されました。

戦国時代に入り、関東官領職を受けた上杉謙信は、住職であった叔父との関係から、永禄11年(1568年)に大中寺で、北条氏康と和議を結び、天正19年には、関東曹洞宗の従弟修行の道場として栄え、訪れる人が途絶えることはありませんでした。現在では、訪れる人も少なく、境内はゆっくりと時が流れているように感じます。当時の大中寺はどのようだったのでしょうか。

怪異にみちた“大中寺七不思議”しかし、境内は優しい「気」に包まれたパワースポット!

怪異にみちた“大中寺七不思議”しかし、境内は優しい「気」に包まれたパワースポット!

写真:やまと ふみよし

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山門をくぐり石段を上がると境内が広がります。その上にある本堂に上がる石段は太い竹で遮られています。ここは、大中寺七不思議の1つ「油坂」で、“学僧が本堂の燈明の油を盗み追われたため、この石段から落ちたのが原因で死んでしまってから、この階段を使うと禍に合う”といわれ使われることはありません。

境内には、右足を組み左足は下におろした半跏像(はんかぞう)の木造地蔵菩薩が祀られている地蔵堂があります。半跏像は、組んだ右足に右肘をつき考えている姿が一般的ですが、大中寺の地蔵菩薩は右手に杖、左手に宝珠(ほうじゅ)を持って凛としています。

地蔵堂前のベンチに座ると、鳥がさえずり、ツクツクボウシやヒグラシが私たちを警戒することなく鳴いています。佇んでいると優しい「気」が流れています。

「馬首の井戸」、「不断の竈」と七不思議は続きます

「馬首の井戸」、「不断の竈」と七不思議は続きます

写真:やまと ふみよし

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本堂には「油坂」の右側にある石段を登ります。そこには大きな杉木の前に「馬首の井戸」があります。この井戸は、“土地の豪族晃石太郎が戦に敗れ寺に逃げ込みました。その時、住職がかくまうことを拒んだことを恨み、馬の首を斬り井戸に投げ入れたところ、それから馬の鳴声が聞こえる”と云われています

納屋には、“修行僧がかまどの中で居眠りをしていると、それを知らない寺男が火をつけたため焼け死んでしまいました。それ以来かまどの火を絶やさなくなった”と伝わる「不断の竈」と、不運な七不思議が続きます。

本堂には、“旅人が一夜の宿を乞い、本尊に足を向けて寝たところ、翌朝には頭が本尊に向けられていた”と伝わる「枕返しの間」があります。案内板がある本堂の窓は一部ガラスになっていて「枕返しの間」を見ることが出来ます。

雨月物語に書かれていた「大中寺七不思議・根無しの藤」

雨月物語に書かれていた「大中寺七不思議・根無しの藤」

写真:やまと ふみよし

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本堂裏の墓地のはずれに複雑に絡み合った藤の木があります。これは、七不思議の1つ“根無しの藤”で、「大中寺を開いた快庵禅師が人食い鬼と化した僧を弔い墓標とした杖が成長したもの」です。この“根無しの藤”は江戸時代に書かれた怪異小説「雨月物語」の青頭巾に次のように書かれています。

諸国を行脚している快庵禅師は美濃の国から奥羽に向かい下野の国で宿を求めます。そこで、「里山のお寺に墓をあばいて屍を食らう鬼と化した僧」の存在を知らされます。禅師はその寺に一夜の宿を求め鬼畜となった僧に藍染の頭巾を頭にかぶせ、悪行を忘れる句を授けます。

1年後、陸奥の国から戻って来た禅師が再び寺を訪れると、鬼畜であった僧は禅師が授けた句をか細い声で唱え続けていたため、持っていた杖で頭を打つと頭巾と骨が散らばり執念から解き放されました。その後、快庵禅師は大中寺の住職となり、元の密宗を改め、曹洞宗の霊場を開き尊く栄えました。

雨月物語にも書かれた大中寺七不思議の1つ“根無しの藤”ですが、他の伝説には案内板が示されていますが、何故かここだけが示されていません。

曹洞宗の教えは「行住坐臥」!大中寺七不思議は強欲に対する戒め?

大中寺七不思議は、“晃石太郎の妻が敵に追われ雪隠(せっちん、トイレ)に逃げ込み自害し、それ以来、戸が開かれたことが無い”と伝わる「不開の雪隠」や、“大中寺の東にある山中から柏子木の音が聞こえると寺に異変が起こる”とされる「東山一口柏子木」とあり、パワースポットらしからぬ七不思議が言い伝えられています。

曹洞宗の教えは、“座禅による行住坐臥(ぎょうじゅうざか)(歩く、とどまる、座る、寝るといった生活の全て)に生活をし、互いに安らかな暮らしに価値を見出す”ことです。大中寺七不思議はそれに対する戒めではないでしょうか。境内に心休まる「気」が流れる大中寺は、自然体の大切さを気づかせてくれます。

掲載内容は執筆時点のものです。 2016/08/06 訪問

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