韓国でたったひとつの跳ね橋「影島大橋」の開閉シーンを見よう

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韓国でたったひとつの跳ね橋「影島大橋」の開閉シーンを見よう

韓国でたったひとつの跳ね橋「影島大橋」の開閉シーンを見よう

更新日:2018/08/03 16:37

カナマル トモヨシのプロフィール写真 カナマル トモヨシ 航海作家、船旅ジャーナリスト

釜山きっての繁華街・南浦(ナンポ)の近くに影島大橋(ヨンドデギョ)が開通したのは2013年11月のこと。その名の通り、南浦と影島をつなぐ橋ですが、厳密に言えば「開通」ではなく「再開」です。
この影島大橋、実は片方が開閉する跳ね橋なのです。さまざまな事情から半世紀近く行われなかった橋の開閉が、再開から復活したのです。いまや釜山の新たな観光スポットとなった影島大橋の開閉シーンを見てみましょう!

影島大橋のたもとにある家族の像に秘められた釜山の歴史とは?

影島大橋のたもとにある家族の像に秘められた釜山の歴史とは?

写真:カナマル トモヨシ

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橋の開閉シーンを見る前に、影島大橋を眺められるスポットを紹介します。あのチャガルチ広場から海沿いに歩いて数分のところにあるユラリ広場です。「ゆらり」というひびきが日本語っぽくて、なんだか親近感がわいてきます。

このユラリ広場の名前の由来ですが、ユラリのユはヨーロッパ、ラはアジア、そしてリですが、このハングル文字にはもともと「人と心が集まって楽しむ」という意味があります。「アジアとヨーロッパの架け橋」といった意味も含まれているのかも知れません。

この広場に、荷物を抱えた5人の家族像が建てられています。この像には釜山と影島大橋がたどってきた苦難の歴史が秘められています。1950年に始まった朝鮮戦争で、北朝鮮軍の南下にともない多くの避難民が釜山に逃れてきました。戦時中、影島大橋は生き別れになった多くの家族たちの待ち合わせ場所となりました。当時の苦労をしのばせるのがこの像ですが、現在は市民の記念撮影スポットとなっています。

47年ぶりに上がった跳ね橋

47年ぶりに上がった跳ね橋

写真:カナマル トモヨシ

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日本の植民地時代だった1934年、影島大橋は開通しました。朝鮮半島で初めて、そしてたったひとつの跳開橋としてその名を知られ、半島全土からその光景を見物しようという観光客がつめかけたといいます。開通からしばらくは、船の往来時間にあわせて、1日に何度も橋の開閉が行われていました。

ところが、橋の開閉はやがて交通渋滞を引き起こしたり、影島の上水道管理に支障を来すようになります。こうして1966年9月、30年以上続いてきた橋の開閉は中止となりました。2000年になると橋の老朽化も目立つようになり、これを取り壊して新しい橋を建造する計画が持ち上がります。

これに反対したのが影島の住民たちでした。住民たちの強い願いは届き、釜山市も橋を復元し、市の指定文化財とすることに合意します。2007年7月から影島大橋の復元工事が始まり、2013年11月27日、橋は再び跳開橋として再開。1966年の開閉中止から、実に47年ぶりに橋が上がったのです。

現在は毎日午後2時の一度だけ、跳ね橋が上がります。午後2時が近づくと、いつのまにかユラリ広場にはおおぜいの人が集まります。サイレンが鳴り響き、それが止むと、ゆっくり橋が上がっていきます。

道路に上がれば釜山市のシンボルが見られる!

道路に上がれば釜山市のシンボルが見られる!

写真:カナマル トモヨシ

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橋が上がり始めたら、ユラリ広場から道路に出てみましょう。より迫力のある開閉シーンが目撃できると同時に、ユラリ広場からでは見えない「あるもの」が見られるのです。

復元前は4車線でしたが、復元工事で車幅7メートルの6車線へと拡張されています。さらに安全な開閉のため、橋は75度まで上げることができるようになりました。橋が上がっていくと、路面に描かれていた絵がはっきりと見えるようになります。これは釜山市のシンボルでもあるカルメギ(かもめ)の絵です。

この写真では、韓国の女性たちがこちらを向いて撮影しています。もうおわかりだと思いますが、自撮りです。韓国の人たちは自撮りが大好きで、この開閉シーンでも自撮りに没頭する人たちの姿があちこちで見られます。

要注意!午後2時前後の橋は通行止め

要注意!午後2時前後の橋は通行止め

写真:カナマル トモヨシ

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自撮りする韓国の人たちにならって、橋に背を向けてみましょう。すると写真のような光景が見られます。そこにはズラリ後方まで続くクルマの長蛇の列が・・・。

午後2時に始まる開閉ショーの直前になると、影島大橋の通行は禁止となります。自家用車やタクシー、さらにバスのような公共交通機関もその例外ではありません。影島大橋は南浦と影島を結ぶバスが走りますが、この時間帯は停止を余儀なくされます。

影島は、天候のいい日には対馬が見えることでも有名な太宗台(テジョンデ)や、韓国唯一の海洋博物館がある観光スポットです。この橋を渡って太宗台など影島方面への観光に行く人は注意が必要です。開閉ショーは午後2時から約15分間続きますので、運悪く停止となったらのんびり待つしかありません。

隠れた「釜山最高のビューポイント」

隠れた「釜山最高のビューポイント」

写真:カナマル トモヨシ

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開閉ショーが終わったら、今度は影島大橋を歩いて渡ってみましょう。橋の上からは港町・釜山の風景を眺めることができます。

橋の開閉は南浦側の片側のみで行われるため、観光客もそこに集中しがち。対岸の影島側が実は隠れた「釜山最高のビューポイント」であることはあまり知られていませんが、チャガルチ広場や龍頭山公園に立つ釜山タワーなど、釜山の超有名スポットが一望できるのです。

また、開閉ショーは午後2時ちょうどに始まりますが、それよりも先にユラリ広場に行くのもオススメです。広場にはオーロラビジョンがあり、影島大橋の歴史映像を流しています。その下が舞台のようになっており、橋の開閉直前までコンサートなどイベントが開かれていることも多いからです。

影島大橋は釜山都市鉄道(地下鉄)1号線の南浦駅の6番出口から歩いて2分ほど。地下通路には影島大橋の在りし日の写真などが展示されていて、こちらを眺めつつ現在の橋に向かうと、なんだかタイムトンネルをくぐり抜けているような気分にもなれます。

影島大橋とチャガルチ・国際両市場に共通するもの

2013年11月末に開通した影島大橋と、その開閉ショー。いまもなお多くの見物客を集め、すっかり釜山の新たな観光名所となりました。

これまでの釜山の定番観光名所といえばチャガルチ市場や国際市場を挙げる人も多いはず。この2つの市場と、影島大橋にはある共通点があります。ユラリ広場に5人の避難民家族の像があったことを思い出してみてください。影島大橋は朝鮮戦争で離散した家族の待ち合わせ場所だったことは、すでに述べた通りです。

チャガルチ市場は朝鮮戦争中、釜山に逃れた避難民や夫を戦争でなくした未亡人たちが、南浦の露店で海産物の取引や加工を始めたことにルーツがあります。国際市場も朝鮮戦争後に避難民が開いた闇市が発展したものです。南浦にあるこれら3つの観光名所は、いずれも朝鮮戦争という悲劇を抜きにしては語れない場所でもあるのです。

現在でこそ発展する港町・釜山の一大繁華街としてにぎわう南浦ですが、こうした知識を持って影島大橋を眺め、市場をめぐれば、釜山の景色も違って見えてくることでしょう。


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掲載内容は執筆時点のものです。 2016/08/13 訪問

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