オーストリア、音楽の都ウィーンでたどるモーツァルトの足跡

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オーストリア、音楽の都ウィーンでたどるモーツァルトの足跡

オーストリア、音楽の都ウィーンでたどるモーツァルトの足跡

更新日:2016/09/07 15:12

オーストリアを代表する音楽家であり、西洋音楽で最も偉大な作曲家の一人であるモーツァルト。彼は後半生をウィーンで過ごし、「フィガロの結婚」「魔笛」「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」など数多くの名曲を世に送り出しました。今回は音楽の都ウィーンに点在するモーツアルトゆかりの史跡をご紹介します。

王宮庭園に立つ記念碑〜ブルク庭園のモーツァルト像

王宮庭園に立つ記念碑〜ブルク庭園のモーツァルト像
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1756年、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトはオーストリアのザルツブルグに生まれました。早くからその音楽的な才能を発揮し、神童とうたわれた彼は音楽家であった父とともに幼い頃からヨーロッパ中を演奏してまわりました。そして、1781年、モーツァルトはウィーンに移り住み、活動を開始します。モーツァルト25歳の時のことでした。

ブルク庭園(王宮庭園)のモーツァルト像はウィーンで最も有名な彫刻の一つ。旧市街を囲む環状道路リンクに面して立っています。台座には楽器や彼が作曲したオペラの一場面、家族と演奏する様子などの彫刻があり、彫像の前の芝生には赤いベゴニアの花でト音記号が描かれています。彫像の白、赤と緑のコントラストが美しい人気の撮影スポットです。

かわいいエピソードの舞台〜シェーンブルン宮殿

かわいいエピソードの舞台〜シェーンブルン宮殿
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1762年10月13日、ウィーンをにマリア・テレジアの御前演奏会にのぞみます。ところが、彼は磨き上げられた美しい寄木の床で滑って転んでしまいます。そのとき、手をとって助け起こした少女がマリー・アントワネット。モーツァルトはこのとき彼女に向かって「きみはやさしいね。大きくなったら、ぼくのお嫁さんにしてあげる。」と言ったとか。
この有名なエピソードの舞台となったのが、シェーンブルン宮殿の鏡の間です。
演奏の後、モーツァルトはマリア・テレジアの膝にとび乗って首に抱きつき、たくさんキスをしたと伝えられています。天真爛漫な天才少年モーツァルトの姿が浮かびますね。

シェーンブルン宮殿はハプスブルグ家の離宮。ハプスブルグ家の豪華絢爛たる宮殿です。宮殿の見学コースには宮殿内の主要な部分を回るインペリアルツアーとそれを拡大したグランドツアーがあり、ますが、鏡の間はそのどちらのコースでも見ることができます。

最も幸福な時代を過ごした家〜モーツァルト・ハウス・ウィーン

最も幸福な時代を過ごした家〜モーツァルト・ハウス・ウィーン
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1782年、ウィーンでモーツァルトは父の反対を押し切って6歳年下のコンスタンツェ(1762-1842)と結婚します。結婚し、大作を次々に書き上げ、子供にも恵まれたモーツァルト。最も幸せだっといわれる時期に住んだ家が「モーツァルト・ハウス・ウィーン」。シュテファン大聖堂の裏手の路地を入ったところにあります。
モーツァルトはウィーンで十数件の家に住みますが、当時の建物が残っているのはこの家のみ。彼の代表作の一つ「フィガロの結婚」を作曲したことから、以前は「フィガロ・ハウス」とも呼ばれていました。

現在はモーツァルトの肖像画や楽譜、映像資料を展示するミュージアムとなっており、モーツァルトの生涯、ウィーンでの活動や作品を紹介しています。丁寧な解説が聞ける日本語のオーディオガイドもありますよ。
この家でモーツァルトは数多くの室内楽、ピアノ協奏曲、「フィガロの結婚」「ドン・ジョバンニ」「コシ・ファン・トゥッテ」「魔笛」などのオペラの名作を作曲しました。
大理石造りと見まがう豪華な漆喰装飾のある部屋も残っていて、これはモーツァルトの前の持ち主が漆喰職人であったため、その技術を示すモデルルームに使われたのだとか。
館内の一角には一家の暮らしを再現した部屋もあり、にぎやかな家族の会話が聞こえてきそうです。

ケルントナー通りにある終焉の地〜シュテッフル

ケルントナー通りにある終焉の地〜シュテッフル
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モーツァルトは1791年12月5日、病のために35歳で亡くなります。
突然の出来事であったため、やがて彼は毒殺されたという噂が広まります。疑いをかけられたのは、モーツァルトと対立していた宮廷楽長アントニオ・サリエリ。モーツァルトの死の真相は未だに解明されていませんが、サリエリは生涯この噂に悩まされたといいます。

モーツァルト終焉の地はウィーンで最も賑やかな通りの一つ、歩行者天国となっているケルントナー通りにあります。現在はシュテッフルというデパートになっていて、カフェやレストランが入る最上階に記念碑が置かれています。カフェのテラスからはシュテファン大聖堂やウィーンの町並みが一望できるので、街歩きの途中、一休みするのにおすすめですよ。

モーツァルトの葬儀が行われた教会〜シュテファン大聖堂

モーツァルトの葬儀が行われた教会〜シュテファン大聖堂
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ウィーンの街のほぼ中心にあり、ウィーンの象徴ともいえるシュテファン大聖堂。モーツァルトの生涯はこの教会とも深い関わりがあります。
1782年8月4日、モーツァルトはコンスタンツェとこの教会で結婚式を挙げました。そして、葬儀が行われたのもこの教会でした。

モーツァルトの葬儀は1791年12月6日(7日とする説もあります)、聖堂の外側北東に位置するクルツィフィクス礼拝堂で行われました。
現在、聖堂の北側はフィアカーとよばれる観光馬車の乗り場になっていて、ずらりと馬車が並んでいます。その奥にあるのがクルツィフィクス礼拝堂。写真がその外観です。ちょうど主祭壇の左側に位置し、堂内の十字架の下に「1791年12月6日にここでモーツァルトの葬儀が行われた」と記したプレートがあります。
葬儀の後、モーツアルトの遺骸はウィーン郊外のザンクト・マルクス墓地へ運ばれ、共同墓穴に埋葬されましが、最期までモーツァルト遺骸に付き添った者がいなかったため、埋葬場所は不明のままとなっています。

ウィーンのモーツァルトめぐりを楽しもう!

いかがでしょうか。モーツァルトの史跡はウィーンの中心部に比較的まとまっているので、街を散策する時にはぜひ訪れてみてくださいね。

掲載内容は執筆時点のものです。 2016/07/15−2016/08/29 訪問

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