群馬「アプトの道」と軽井沢駅で、鉄道に賭けた人々の想いを探ろう

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群馬「アプトの道」と軽井沢駅で、鉄道に賭けた人々の想いを探ろう

群馬「アプトの道」と軽井沢駅で、鉄道に賭けた人々の想いを探ろう

更新日:2016/09/10 19:33

池口 英司のプロフィール写真 池口 英司 フリーライター、フォトグラファー 日本写真家協会(JPS)会員

「アプトの道」は、群馬県の横川駅と長野県の軽井沢の間を結んでいた旧・信越本線の、廃止となった線路跡を整備した遊歩道です。最初は「めがね橋」までだった道は、その後に延長工事が完成。さらに、峠の先の軽井沢駅にも史料が展示され、この地方の鉄道の歴史を知ることができる一大ゾーンが完成しました。遊歩道沿いには自然も残り、家族連れのハイキングにもぴったりです。

線路の跡が遊歩道になっています

線路の跡が遊歩道になっています

写真:池口 英司

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「アプトの道」は、群馬県の横川駅と長野県の軽井沢駅を結んでいた旧・信越本線の廃線跡を整備して作られた遊歩道です。この区間には古代から難所として知られていた碓氷峠越えがあり、ここを超える鉄道には「アプト式鉄道」が採用されました。

「アプト式鉄道」とは、2本のレールの間にギザギザの歯を刻んだ3本めのレールを敷き、機関車に取り付けた歯車を噛み合わせて、急な坂道を上り下りするシステムです。日本で唯一のものとして建設され、「アプト式鉄道」のあった横川〜軽井沢間の線路は、国鉄(日本国有鉄道=現・JR)の中でもっとも急なこう配のある区間として知られました。

「アプト式鉄道」は1963(昭和38)年に撤去され、横川〜軽井沢間の鉄道も、新幹線が長野まで開通した1997(平成9)年に廃止されてしまいましたが、廃線跡を利用した遊歩道が2001(平成13)年に完成したのです。

上の写真は、起点の横川駅からもさほど遠くない場所に建つ、旧・丸山変電所の跡。一時は荒廃が進んでいた変電所の跡は、修復工事によって美しい煉瓦造りの建物が甦りました。「アプトの道」は緩い坂道で、変電所跡の脇を抜けて、なおも続いてゆきます。

道は豊かな緑の中を続きます

道は豊かな緑の中を続きます

写真:池口 英司

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写真は「アプトの道」から見下ろした碓氷湖。湖を一周する遊歩道も造られています。

明治政府が東京と京都を結ぶ鉄道の建設を決定した時、最初は旧・中山道沿いのルートを採ることを予定していました。しかし、測量が開始されると工事の難航が予想され、幹線のルートが東海道沿いに改められたという経緯があります。

中山道沿いのルート、すなわち旧・信越本線、中央本線も、東海道本線に遅れて開通することになりますが、この碓氷峠の山の深さが、明治の技術者に計画の変更を決意させたのでしょう。

壮大な規模を誇る「めがね橋」

壮大な規模を誇る「めがね橋」

写真:池口 英司

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「アプトの道」の起点からおよそ5kmの地点にあるのが、「めがね橋」の通称がある碓氷第三橋梁です。

計画の変更によって、明治政府は東海道本線の建設を優先しましたが、信越本線の建設計画が中止されることはありませんでした。最難関となった横川〜軽井沢間には、18のトンネルと26の橋梁が造られて、線路は峠を越えたのです。

「めがね橋」の建設にはおよそ200万個の煉瓦と、2年の歳月が要され、1893(明治26)年に建設工事が終了。この年の4月1日に横川〜軽井沢間が開通し、これによって信越本線高崎〜直江津間が全通となったのです。建設機械さえ開発されていない時代に深い山に分け入り、ここに線路を通した明治の鉄道人の強い意志の象徴が、この煉瓦の橋であるのかもしれません。

「アプトの道」の起点から「めがね橋」まで、道は緩やかに、けれどもひたすら登り続けます。徒歩での所要1時間半くらいをみておくと良いでしょう。

かつての駅の跡が「アプトのみち」の終点です

かつての駅の跡が「アプトのみち」の終点です

写真:池口 英司

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「めがね橋」からもさらに続く「アプトの道」の終点となっているのが、旧・「熊ノ平駅」の跡です。駅としては1966(昭和41)年に廃止されましたが、その後は信号場として、新幹線の開業前日まで使用されていました。今も駅の跡には当時の施設の一部が残り、現役の時代に想いを馳せることができます。

「アプトの道」の起点からここまで5.9km。途中、「めがね橋」付近の駐車場など数カ所にトイレがありますが、全区間を歩き通すと所要3〜4時間ほどの長丁場となるので、ペットボトルの飲み物などを用意しておきましょう。

軽井沢駅にも「アプト式鉄道」の遺産があります

軽井沢駅にも「アプト式鉄道」の遺産があります

写真:池口 英司

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「アプトの道」は熊ノ平駅跡で終わっていて、その先の線路跡は荒廃によってトレースは難しくなっています。もしも、路線バスなどを利用して軽井沢駅に行くことができたら、駅に保存されている10000形電気機関車も見学しておきましょう。

1912(明治45)年にドイツから輸入されたこの機関車は、アプト式鉄道専用のもの。蒸気機関車によって運転されていた開通当時の横川〜軽井沢間は、蒸気機関車が吐き出す煙によって、乗客や乗務員が窒息する事故が頻発していました。この事態を重く見た国鉄は電化工事を急ぎ、横川〜軽井沢間は、日本の鉄道の幹線で最初に電化された区間となりました。10000形はこの時に使用された機関車なのです。電気機関車の導入によって、横川〜軽井沢間の所要時間は、それまでの約90分から、約50分に短縮されました。

鉄道と自然の両方に親しめる魅惑のゾーン

このほかにも、横川駅の近くには、鉄道のテーマパーク「碓氷峠鉄道文化むら」があって、碓氷峠越えに活躍した機関車や、信越本線を走った特急形電車などが多数保存されています。碓氷湖や、丸山信号場跡の近くにある温泉施設などとも併せて立ち寄れば、鉄道と自然の両方を満喫できる素晴らしい一日になることでしょう。

掲載内容は執筆時点のものです。 2012/06/18−2012/06/19 訪問

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