北政所ねねが余生を過ごした京都・圓徳院〜色づく葉の中で秀吉ゆかりのお茶も!

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北政所ねねが余生を過ごした京都・圓徳院〜色づく葉の中で秀吉ゆかりのお茶も!

北政所ねねが余生を過ごした京都・圓徳院〜色づく葉の中で秀吉ゆかりのお茶も!

更新日:2016/10/16 19:09

万葉 りえのプロフィール写真 万葉 りえ アマチュア写真家

豊臣秀吉の正室ねねが、秀吉の菩提を弔うために建てた高台寺はご存知の方も多いでしょう。ねねは高台寺で暮らしていたとお思いかもしれませんが、実は秀吉没後の日々を送っていたのは高台寺のそばにある圓徳院なのです。
伏見城の一部を移築して作ったというねねのプライベートスペースには、彼女を慕って多くの人が訪れたといいます。国指定名勝の庭園は特に紅葉が麗しく、武将たちと同じように秀吉ゆかりのお茶も体験できます。

ねねのプライベートスペースだった圓徳院

ねねのプライベートスペースだった圓徳院

写真:万葉 りえ

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京都の東山。現在「ねねの道」と呼ばれるようになった石畳の道ぞいに、豊臣秀吉の正妻、北政所・ねねが秀吉の死後に移り住んだ圓徳院があります。

ねねは、秀吉の死後に朝廷から「高台院」という名を賜ります。秀吉の菩提を弔うために建てたのが高台寺ですが、道をはさんで建っている圓徳院で、ねねは秀吉の死後19年間を過ごし終焉をむかえたと伝えられています。

圓徳院には立派な唐門や長屋門などが今も残り、ねねの実家である木下家の屋敷だった頃の様子をとどめています。しかし門から中に入ると、厳めしさはなく、ねねの人柄がしのばれるようなやさしい雰囲気が漂います。この庭は年中花や紅葉が愛でられるように工夫されており、秋になるとこのように散り敷いたモミジと苔も華やかさを演出します。

秀吉との思い出が詰まった伏見城から

秀吉との思い出が詰まった伏見城から

写真:万葉 りえ

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秀吉は自分の甥である豊臣秀次に関白の位を譲り、伏見の指月に隠居用の屋敷を建て始めます。ここは平安時代からの観月の名所。秀次に後を任せて穏やかな老後を暮らすはずでした。しかし、側室にした茶々(淀君)が男子(のちの秀頼)を産んだことから状況は変わります。

隠居所から城へと計画が変更され、華麗な装飾を誇った伏見城。しかし慶長伏見地震が起こったため、1キロ北東にある高台に秀吉は新しい伏見城を築きます(木幡山伏見城)。木材をリサイクルするなどして1597年には完成となったのですが、そのわずか一年後の1598年に秀吉はこの伏見城で没してしまいます。

戦、戦…の戦国の世。秀次のことや茶々のことなど憂いはたくさんあったとしても、ねねにとって伏見で過ごした日々はようやく秀吉と穏やかに過ごせた時間だったのでしょう。秀吉の死後に伏見城の化粧御殿と前庭を京へと移し、移り住んだのです。華麗だった伏見城の面影は現在の建物には残っていませんが、季節ごとに変わっていく庭の鮮やかな色が、当時の華やかな様子を忍ばせます。

方丈の前に広がる、雄大な世界

方丈の前に広がる、雄大な世界

写真:万葉 りえ

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圓徳院の敷地内に入ると、まず見えてくるのは方丈の南西に位置する南庭と呼ばれる庭です。建物の中に入ると、方丈から眺めるためにこの庭が作られているのがよくわかります。白砂のむこうには木々の緑が重なり、深山から流れ出た川が海へと注ぐような広がりがあります。

ご覧いただいているように、その庭が秋になると鮮やかな紅葉でまた違った味わいを見せてくれるようになります。特に趣深いのは陽が少し傾きかけてからの時間。庭が南西にあるので、傾きかけた太陽の光が紅葉を通過して、白砂の上に影を描きます。

さらに、方丈から廊下を渡ると北書院につながり、その書院を囲むように作られているのが伏見城の化粧御殿の前庭を移した北庭です。

紅葉を愛でながら、秀吉ゆかりの武士の茶

紅葉を愛でながら、秀吉ゆかりの武士の茶

写真:万葉 りえ

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北庭は伏見城にあった時には池泉回遊式庭園だったのですが、敷地が狭くなったので枯池とし、書院から眺める形に改められました。その庭の隅には茶室があり、にじりぐち(茶室に入るための小さな入り口・利休が考案したもの)の上の屋根には秋になると色とりどりの紅葉が舞い落ち、ひなびた景色を作りだします。大きく開かれた南庭とは違う味わいを感じていただけるはず。

こちらの書院では抹茶をいただくことができるのですが、他ではあまり経験できない茶道というのがポイント!こちらでは抹茶茶碗が「貴人台(天目台)」という台に乗せられて出されます。貴人とは、位や徳の高い人を一般の人々と区別するための尊称です。

茶道といえば千利休の名が浮かぶと思うのですが、こちらで出される手前は、利休没後、秀吉が古田織部に「武士の茶を創造せよ」と命じて創らせたものなのです。ねねを慕って、多くの人が訪れていたといいますが、その際にはこうやってお茶が出されたのでしょう。難しく考えなくても大丈夫。ちゃんと教えていただけるので、どうぞごゆるりと一服。

秀吉らしい、夢をかなえる三面大黒天

秀吉らしい、夢をかなえる三面大黒天

写真:万葉 りえ

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秀吉の馬印は千成瓢箪ということをご存知の方も多いでしょう。願いが叶うたびに瓢箪を集めていたという秀吉。あれだけの出世をとげたのですから、瓢箪の数も半端ではなかったはずです。

そして、秀吉の出世守り本尊とされたのが、三面大黒天でした。普通の大黒天ではなく、大黒天、毘沙門天、弁財天の三天が合体されているのです。三人の神が集まっているのでパワーも強力なのを秀吉が願ったのかと思いきや、拝むのが一度で済むという合理的な考え方から。いかにも秀吉らしいですね。

圓徳院の敷地内にはその三面大黒天がまつられています。祈願を書く紙や手水鉢が瓢箪の形になっているのもご利益がありそうです。特に夢をかなえたいなら、毎月3日に行われる縁日に行くのがおすすめですよ。

穏やかな気持ちで眺める紅葉なら、ここ!

ねねが存命中は、ここは寺ではなく、あくまでもねねのプライベートスペースでした。落髪した後も、ねねの人柄を慕って多くの人がここを訪れていたといいます。それは、幼少からねねに可愛がられた武将たちだけではなかったようです。だからでしょうか、高台寺の塔頭でありねねの実家である木下家の菩提寺となっていても、圓徳院は厳めしさではなく落ち着いた寛ぎのある空気で包まれています。

方丈や書院から、ゆったりと紅葉を眺めることができる圓徳院。紅葉の時期は特に混雑する京都の中で、ほおーっと、時間を忘れて眺めていたくなる紅葉が待っています。

掲載内容は執筆時点のものです。

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