炭鉱で栄えた銘菓ひよ子の町、長崎街道の宿場町「飯塚市」

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炭鉱で栄えた銘菓ひよ子の町、長崎街道の宿場町「飯塚市」

炭鉱で栄えた銘菓ひよ子の町、長崎街道の宿場町「飯塚市」

更新日:2016/12/14 10:25

肥後 球磨門のプロフィール写真 肥後 球磨門

福岡県飯塚市は江戸時代長崎街道の宿場町として栄え、長崎港に上陸した象やラクダなど当時としては珍しい動物が街道筋を歩きおおいに賑わいました。明治になると飯塚は炭鉱産業で栄えます。炭鉱王と呼ばれる盟主が現れ豪華な屋敷を作りその一人の伊東伝右衛門が建てた邸宅は今も残り、炭鉱で働く労働者のために甘いお菓子も誕生しました。江戸時代は宿場町として、明治以降は炭鉱の町として栄えた飯塚の町を紹介します。

長崎街道「飯塚宿」の繁栄を物語る「からくり時計」

長崎街道「飯塚宿」の繁栄を物語る「からくり時計」

写真:肥後 球磨門

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福岡県飯塚市はJR博多駅から筑豊本線(福北ゆたか線)を利用するか車の利用の場合は国道201号を東に車で約40分の場所にあります。
飯塚市は江戸時代、長崎街道の宿場町のひとつ「飯塚宿」として栄えました。当時の街道筋は本町商店街としてアーケード街になっていて、商店街の中央あたりに飯塚宿の繁栄ぶりを物語にしたからくり時計が設置されています。
からくり時計は10時から18時の毎正時に作動しテーマ曲「日本の夜明け」とともに時計が開き中から象と南蛮人、そして馬に乗った侍が現れ、その下を大名行列がラクダをつれて行進するという見応えのあるものです。

本町商店街にはところどころに当時の繁栄をうかがわせる史跡表示があります。それらを見ながら商店街を散策してからくり時計の作動時間を待ってはいかがでしょうか。およそ5分のエンターテインメント、楽しめますよ。

今よみがえる贅を尽くした旧伊東伝右衛門邸

今よみがえる贅を尽くした旧伊東伝右衛門邸

写真:肥後 球磨門

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JR飯塚駅から車でおよそ10分、飯塚市幸袋の国道200号と遠賀川の間にあるのが旧伊藤伝右衛門邸です。この邸宅は筑豊の炭鉱王と呼ばれた伊藤伝右衛門が妻の歌人柳原白蓮と過ごすために贅を尽くして改築を行なった歴史的建造物です。

約2300坪という広大な敷地の中に広大な回遊式日本庭園を持ち白蓮の居室のあった二階の部屋からは庭園が一望できるようになっています。白蓮の部屋はそのまま残っていて怪我をしないようにと柱の角が丸められる等、伝右衛門が白蓮を大切に思っていた細工を見ることができます。

アールヌーヴォー調のマントルピースやイギリス製のひし形のステンドグラスのある応接間、長押(なげし)に施された精巧な木彫や落ち着いた雰囲気の聚楽壁(じゅらくかべ)など見所満載の豪邸で炭鉱王と白蓮が暮らしぶりに思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

炭鉱繁栄の名残「ぼた山」

炭鉱繁栄の名残「ぼた山」

写真:肥後 球磨門

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飯塚市内を流れる遠賀川の東町(あずままち)橋の上から「ぼた山」が見えます。石炭の採掘で良質の石炭を選炭した後に残る石や質の悪い石炭のことを九州では「ぼた」と呼び、その「ぼた」の集積場が「ぼた山」です。
半世紀にわたって積み上げた「ぼた」の量は10トントラック70万台分といわれ、高さ141メートル敷地面積22.4ヘクタールの大きさは現存するピラミッド型ぼた山としては日本最大級のもので、「筑豊富士」と呼ばる「ぼた山」は飯塚が炭鉱で栄えた証です。

炭鉱閉山から50年以上の月日がたち「ぼた山」の表面は植物が生い茂り、現在は捨てられた石炭の山だとは分からなくなっていますが、「ぼた山」をみて伊東伝衛門が富を築いたように飯塚が炭鉱の町として栄えた時代があったと実感することができます。

炭鉱労働者の娯楽施設だった嘉穂劇場

炭鉱労働者の娯楽施設だった嘉穂劇場

写真:肥後 球磨門

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飯塚市中心部、JR飯塚駅から歩いて約10分の遠賀川沿いに嘉穂劇場はあります。
炭鉱が全盛期だった時代、飯塚を含む筑豊地方には沢山の芝居小屋があり大衆演劇などの公演が行われ、炭鉱労働者の娯楽施設として繁栄しました。最盛期には20以上の劇場があったそうですが炭鉱閉山とともに公演回数が減り現在残っているのは嘉穂劇場のみとなりました。
平成18年(2006年)に、国の登録有形文化財に登録された劇場は今も公演が行われていて、公演がない日は内部を見学することができます。

木造2階建の劇場は最大収容人数1200人、舞台は廻り舞台となっていて舞台を回す場所の「奈落」も見学できます。
飯塚の炭鉱繁栄の歴史を物語る建物なので立ち寄って見学してみてはいかがでしょうか。

銘菓ひよ子は東京銘菓ではない!飯塚生まれの九州っ子

銘菓ひよ子は東京銘菓ではない!飯塚生まれの九州っ子

写真:肥後 球磨門

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多くの人に親しまれている「銘菓 ひよ子」。東京のお菓子と思っている人も多いのですが「ひよ子」は飯塚の生まれです。炭鉱で栄えた飯塚で炭鉱労働者の空腹を満たす甘いお菓子として誕生しました。

JR飯塚駅からおよそ3km離れた穂波川沿いに「ひよ子本舗吉野堂 穂波工場」があり工場見学ができます。見学は事前の予約が必要ですが「ひよ子」の製造過程を見学できるとともにお菓子作りの楽しさを体験できるのでおススメです。
工場見学ができなくても工場の売店では出来たての「ひよ子」や他のお菓子も購入できるのでお土産にいかがでしょうか。

飯塚は炭鉱とお菓子の町

飯塚を含む筑豊地方は「筑豊炭田」が広がり石炭産業が繁栄し各地に当時の記録を展示する資料館などが建っています。飯塚の隣町田川市には炭鉱について詳しく知ることが出来る「田川市石炭・歴史博物館」があるので少し足を伸ばして訪問してはいかがでしょうか。
飯塚で「ひよ子」が生まれたように、筑豊地方は田川市の「黒ダイヤ」と呼ばれる羊羹や直方市の「成金饅頭」など美味しいお菓子も豊富。
炭鉱の繁栄を知り美味しいお菓子に出会ってみませんか?

掲載内容は執筆時点のものです。 2016/01/30 訪問

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