遊び心が輝く建築!東京都北区・渋沢史料館「晩香廬」と「青淵文庫」

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遊び心が輝く建築!東京都北区・渋沢史料館「晩香廬」と「青淵文庫」

遊び心が輝く建築!東京都北区・渋沢史料館「晩香廬」と「青淵文庫」

更新日:2016/11/16 17:00

KISHI Satoruのプロフィール写真 KISHI Satoru 岬の狩人、伝記研究者、旅するパンクス

実業家・渋沢栄一を紹介する「渋沢史料館」は、数多くの資料が展示される「本館」、洋風茶室「晩香廬」、書庫「青淵文庫」と3つの施設から成り立っています。特に共に国指定重要文化財である大正建築の「晩香廬」と「青淵文庫」には随所に、遊び心や見逃せない特徴などが散りばめられています。
そのような必見ポイントの解説をしながら東京都北区にある「晩香廬」と「青淵文庫」を御紹介致します。

旧渋沢庭園にある洋風茶室「晩香廬」と個人文庫「青淵文庫」

旧渋沢庭園にある洋風茶室「晩香廬」と個人文庫「青淵文庫」

写真:KISHI Satoru

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東京都北区王子の「飛鳥山公園」内にあるのが「渋沢史料館」。東側から「晩香廬(ばんこうろ)」、「青淵文庫(せいえんぶんこ)」、「本館」といった並びになっています。元々は実業家・渋沢栄一(しぶさわ えいいち、1840年〜1931年)の別荘、後に本邸となる邸宅が飛鳥山にありました。残念ながら第二次世界大戦の空襲により大部分の建物が失われてしまいます。

しかし、旧渋沢庭園にある洋風茶室「晩香廬」と個人の書庫として建てられた「青淵文庫」は焼失を免れ、「渋沢史料館」として1982年(昭和57年)に開館。1997年(平成9年)に「本館」が増設、翌年に開館しました。

こちらが1917年(大正6年)に渋沢栄一の77歳、喜寿を祝って贈られた洋風茶室です。渋沢邸に訪れた方々をもてなすために利用されました。

「晩香廬」の内観には見所が満載!細かい部分までチェックをしよう!

「晩香廬」の内観には見所が満載!細かい部分までチェックをしよう!

写真:KISHI Satoru

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渋沢邸は、「曖依村荘(あいいそんそう)」と名付けられ、その規模は敷地総面積、約28000平方メートル。比較対象として、東京ドームのグラウンド部分は13000平方メートルです。当時あった日本館と西洋館を繋いだ母屋など総建坪は、約1900平方メートルでした。

そのような広大な土地にあり、国内外の客人を迎えるレセプション・ルームとして使用されたのが「晩香廬」。丈夫な栗材を用いて造られ、暖炉・薪入れ・六角火鉢などの調度品、机・長椅子などの家具にも設計者の細やかな気遣いや遊び心が見られます。

暖炉の上部のタイル部分には「寿」の文字。キャスター付きで移動しやすい火鉢。シェード(笠)に薄い淡貝を貼った照明の飾りには鶴が描かれ、天井の模様の中にはリスや鳩もいます。その他にハートマークのデザインなどもあり見所満載。隅々まで、チェックしてお見逃しの無いように。

旧渋沢庭園内には、茶席跡や稲荷社跡も

旧渋沢庭園内には、茶席跡や稲荷社跡も

写真:KISHI Satoru

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「渋沢史料館」の「本館」、「晩香廬」、「青淵文庫」の建物の中を観覧するのには入館料が必要となりますが、旧渋沢庭園内の散策は無料です。木々に覆われた園内には、東屋や渋沢栄一の銅像もあります。

その他に、茶室の無心庵跡、月見台の邀月台(ようげつだい)、兜稲荷社跡(かぶといなりしゃあと)には鳥居や灯籠なども残っています。

それぞれに、当時の写真と説明が書かれた案内板があるので、森林浴をしながら明治や大正時代の面影を感じることが出来ます。

堅牢で荘重な「青淵文庫」の佇まい

堅牢で荘重な「青淵文庫」の佇まい

写真:KISHI Satoru

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「青淵文庫」は、渋沢栄一の傘寿(さんじゅ)、80歳と子爵(ししゃく)への昇格の祝を兼ねて、1925年(大正14年)に現在の渋沢栄一記念財団の前身・竜門社が寄贈した建物。文庫と名付けてある通り、書庫として建てられましたが、接客の場としても使用されました。因みに「青淵文庫」の“青淵”は、渋沢栄一の雅号です。

美しい芝生の奥に見えるのが堅牢な佇まいの「青淵文庫」。渋沢家の家紋「丸に違い柏」をモチーフに、柏の葉がデザインされたステンドグラスやタイルが使用される鉄筋コンクリート並びに煉瓦造りの洋館です。資料を火の手から守るため、防火扉も使われています。

ステンドグラスに文字、絨毯にはコウモリの図柄

ステンドグラスに文字、絨毯にはコウモリの図柄

写真:KISHI Satoru

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金融、製造、物流など経済の基盤となる幅広い事業の他に、教育や社会福祉・医療に関する活動にも積極的に貢献していった渋沢栄一。

国際平和の観点から、民間外交も担い、自ら異国の地へと向かい、アメリカやヨーロッパなども回りました。また同様に日本では海外からの来客も多く迎えました。「青淵文庫」の内部には、写真パネルで当時、渋沢栄一が面会した人々が紹介されています。

傘寿と公爵への昇格のお祝いの意味が込められ、ステンドグラスの中央には、「寿」の図柄、左右には寄贈者の竜門社(現在の渋沢栄一記念財団)を意識した「昇龍と降龍」が描かれています。絨毯の中央には、「寿」と「蝙蝠(こうもり)」のデザインも。「蝠」が「福」に通じることから、幸福を招く縁起物とされるものです。

足元や壁、ステンドグラス、天井、扉と細かい部分まで、是非チェックしてみて下さい。

東京都北区・渋沢史料館「晩香廬」と「青淵文庫」のまとめ

京浜東北線・王子駅から徒歩で約5分の場所に「本館」「晩香廬」「青淵文庫」の3つの建物から成る「渋沢史料館」があります。その他、都電荒川線・飛鳥山停留所から徒歩で約4分、北区コミュニティバス飛鳥山公園停留所からは歩いて、約3分と各種のアクセス環境も充分に整っています。

花々や草木に覆われた飛鳥山公園や旧渋沢庭園と共に、「渋沢史料館」の「本館」の展示資料や「晩香廬」、「青淵文庫」の建築などを楽しんでみてはいかがでしょうか。

以上、共に大正建築で国指定重要文化財である洋風茶室「晩香廬」、書庫「青淵文庫」の御紹介でした。

撮影協力:渋沢史料館

掲載内容は執筆時点のものです。 2016/10/18 訪問

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