写真:旅人間
地図を見る今から1300年前の奈良時代の712年、高僧の行基が伊勢神宮を参拝した際、この地を訪れたのが始まりと言われている松尾観音寺。行基が松尾山に雄龍と雌龍が住むと伝えられる池が有ることを知り、その池のほとりに自ら十一面観音を刻み松尾観音寺を創建したのが由来と言われています。
この地には古くから龍が住んでいたと言う話があり、今現在もリアルに龍伝説の息づくお寺として知られています。それでは、松尾観音寺の「龍伝説」を紹介しましょう。
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地図を見るこの松尾観音寺には古くから「龍伝説」の言い伝えがあり、行基が創建した際にも龍が住む地に寺を創建したと話が出て来ますが、今から600年ほど昔の話はとても有名です。
それは…、ある夜に本堂が火災に遭った日の出来事。本堂から出火した炎は激しく、火柱が上がり手の施しようがなかったそうです。その時、黒い影が浮かび上がったかと思えば、雄龍が燃え盛る炎を飲み込みながら舞い降り観音様を自らの体で幾重にも巻き付け始めました。そして雌龍は何度も池(二つ池)の水を炎に吹きかけ、雌雄の龍が観音様を火災から守ったと言う話です。
松尾観音寺では、この火災以降、600年の間かかさず「二ツ池」(龍池)へ御酒・卵・饌米を月末にお供えし、お礼参りをされているのだとか。他にも興味深い話は幾つかあり、その一つが本堂の天井には天井板を1枚だけ外してある「竜の通り道」があると言うもの。ここは閉めても必ず開くそうですよ。
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地図を見る更に興味深いのは、本堂床板に「龍神様」が現れたこと。今から10年ほど前、床板を張り替えたところ、その1年後に参拝者から床に目と鼻、角のある龍そっくりに見えると言われ発覚。よく見ると確かにケヤキ板2枚にまたがり龍の姿が見える。1枚の板ではなく2枚の板と言う部分に神秘を感じます。
床に出現した龍神様は撫でるとご利益があると口コミで広がり『なで龍』とも呼ばれるようになり、実際に災難に遭いそうになったが龍神さまが現れて危機を救われたと言う人の声も多数あるそうです。しかし思わず足で踏んでしまいそうな床に現れた龍神様。何故こんな場所に…?とお寺の方と話すと、今は足元をしっかり見なさいと言うお告げなのかもしれませんねと。なるほど、考えれば考えるほど深い話です。
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地図を見る境内の中を歩いていると可愛いくカラフルな五色の絵馬が目に入ります。この色には意味があり、「緑」は健康祈願、「黄」は財運祈願、「赤」は男女の縁祈願、「白」は仕事向上祈願、「紫」は人との様々な縁祈願。このように色によって、ご利益も変わります。
祈願したい色を選び、そして願いを書き「縁(えん)」をあしらった絵馬の紐をしっかり結ばれ、その願いは縁と結びついてより強固になる。とっても素敵だと思いませんか。絵馬のご利益もさることながら可愛い絵馬の縁と結び、なるほど!高い人気にも納得です。
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地図を見る境内を奥まで進むと、そこに「龍池社」があります。ここは600年前の火災の際に雌雄の龍が観音様を救ってくれた事から、この場所にて龍神様として祀られています。また龍神様の住む二つ池は今も昔と変わらず堂裏約3分の場所にあると案内が出ています。興味のある方は散策してみても良いかもしれませんね。
また、そのすぐ目の前には龍神伝説に因んで昇竜型の庭園もあり、二色のツツジが見事と評判。花の見ごろは四月下旬!その頃に足を運んでみては如何でしょうか。
松尾観音寺は日本最古の厄除観音と言われ、この地では古くから厄年に関係なく老若男女が一年の厄災を払う日として三月初の午の日に松尾詣でをすると言う風習があります。
この風習は600年前の火災と言う災難が起きた際に、災難から無事に逃げられた観音様と開運招福にご利益ある龍神様にあやかったもので、災難から逃れ、運が開けると言われています。また、この地の風習として参拝帰りに身に付けている物を何か落として行くことで、一年の厄を落とすとも言われています。
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この記事を書いたナビゲーター
旅人間
レンタカーでアメリカの国立公園を中心に3ヵ月ほど旅した時、ガイドブックにのっていない大自然の魅力に出会い、これらを紹介したいと感じたのがライターになったキッカケ。その後、シンガポールに長期滞在し、東南…
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