石川・松井秀喜ベースボールミュージアムで、その生き方に感動

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石川・松井秀喜ベースボールミュージアムで、その生き方に感動

石川・松井秀喜ベースボールミュージアムで、その生き方に感動

更新日:2017/11/03 13:47

風祭 哲哉のプロフィール写真 風祭 哲哉 B級スポットライター、東海道完歩ブロガー、青春18きっぷ伝道師

ゴジラと呼ばれ、日本で、そして世界で愛された野球選手、松井秀喜さん。松井秀喜ベースボールミュージアムはその生まれ故郷、石川県能美市にあります。
ここで紹介されているのは松井選手の華々しい球歴や偉業が中心ですが、同時にその成功の裏に隠された松井さんの人柄や生き方の素晴らしさを知ることもできる場所。
ここは野球ファンではなくても、ちょっとした元気や感動を持ち帰ることができる素敵なミュージアムなのです。

その威風堂々とした外観、さながら憧れのメジャーの地。

その威風堂々とした外観、さながら憧れのメジャーの地。

写真:風祭 哲哉

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松井秀喜さんは石川県小松市のすぐ隣、能美郡根上町(現:能美市)という小さな町の出身。松井秀喜ベースボールミュージアムは、その松井さんが育った家のすぐ隣の敷地に建てられています。
ここの館長である松井さんのお父さんが、このミュージアムの原型となった「松井秀喜 野球の館」を作ったのは、彼がプロ野球の巨人に入団した翌年の1994年。やがて彼の活躍とともにその施設が手狭になったため、2005年に新たに現在の建物を作り、名前も「松井秀喜ベースボールミュージアム」としたのです。

その威風堂々とした外観、さながら憧れのメジャーの地。

写真:風祭 哲哉

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真っ青な空をバックに、白いバルコニーがひときわ美しい洋館が威風堂々と建っている姿を見ると、まるでここは日本ではなく、松井選手が夢見た地、アメリカのどこかではないか、と思ってしまうほど。
敷地内には松井選手の少年時代のブロンズ像のほか、歴代の節目のホームラン記念パネルや甲子園球場で使用されていたダグアウトベンチなども展示されています。

少年時代からメジャーリーグまで、華々しい球歴が

少年時代からメジャーリーグまで、華々しい球歴が

写真:風祭 哲哉

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館内に入るとロビーでいきなり出迎えてくれるのが、ヤンキースのユニフォームを着た、等身大の松井クン。これがまた、デカくてよく似ているのです。

またロビーにはさまざまなポスターやフラッグが飾られています。国民栄誉賞を記念したものから石川県の観光ポスター、石川県警の振り込め詐欺防止ポスター、さらには「朝ごはんしっかり食べよう!」的な啓蒙ポスターまで。これだけでも松井さんの人気のほどがわかりますね。

少年時代からメジャーリーグまで、華々しい球歴が

写真:風祭 哲哉

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有料ゾーンに入ると、その先は松井選手の幼少時代から、メジャーリーグを引退するまでの球歴と数々の偉業が紹介されています。
出生時の体重3960g、幼少時代から人一倍体の大きかった松井さん。根上の田園風景をバックに、バットを持った6歳の松井さんの写真からはすでに風格ともいうべきオーラが漂っています。

I have a Dream 「僕には 夢がある」

この写真とともに飾られているこの言葉をとうとう実現させた男の物語が、ここからはじまります。

伝説の甲子園5打席連続敬遠のウラ側

伝説の甲子園5打席連続敬遠のウラ側

写真:風祭 哲哉

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松井秀喜の名前を一気に全国に知らしめたのが、彼が星稜高校3年生だった1992年の夏の甲子園で起こった伝説の5打席連続敬遠事件。
大会屈指の強打者と呼ばれた松井選手を中心に優勝候補として臨んだ最後の甲子園。2回戦の対戦相手、明徳義塾高校は、彼を全打席敬遠し、一球たりとも勝負しなかったのです。
結果星稜高校は3対2で敗戦し、その試合、松井選手は一度もバットを振らないまま甲子園を去り、当時これは大きな社会問題になったのでした。

伝説の甲子園5打席連続敬遠のウラ側

写真:風祭 哲哉

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松井選手が素晴らしいのは、それでも決して怒ったりふてくされたりしなかったこと。ミュージアムには当時の山下監督のこんな言葉が飾られています。

「松井はすべての投球に対してバットをしっかり構えてました。いつでも打てる体勢でいたんですね。そしてバットを投げたりしないで、そっと置いていったんですよ。」

どんな形であろうとも、潔く負けを認め、相手をたたえ、相手と審判に感謝の意を表していた松井選手。
高校時代の松井選手を紹介したコーナーでは、彼のスポーツマンとしての素晴らしさや、こうした感動的なウラ話を知ることができます。

栄光の巨人軍から、憧れのメジャーリーグ、そして世界一へ

栄光の巨人軍から、憧れのメジャーリーグ、そして世界一へ

写真:風祭 哲哉

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そのあとはご存知のように高校卒業と同時にドラフト1位で巨人に入団した松井選手は、主砲として活躍したあと、海を渡ってメジャーリーグに挑戦し、ヤンキースで世界一の原動力となり、日本人で初めてMVPを獲得したのでした。
ミュージアムでは、巨人時代、そしてメジャーリーグ時代に手に入れたトロフィーや盾、写真やエピソードなどがたくさん展示されています。

栄光の巨人軍から、憧れのメジャーリーグ、そして世界一へ

写真:風祭 哲哉

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でもどんなトロフィーよりも美しいのは、このミュージアム全体からにじみ出てくる松井さんの誠実な人柄やまさに正義というべき生き方。

タンパベイレイズの選手として現役引退後、古巣のヤンキースがわざわざ1日契約を結び、ヤンキースタジアムで引退セレモニーを行ってくれたのも、そしてもちろん国民栄誉賞も、きっと彼の球歴だけでなくその素晴らしい人柄や生き方があったからなのでしょう。

松井秀喜ベースボールミュージアムは、野球好きでない方にもおススメ

松井秀喜ベースボールミュージアムは、野球好きでない方にもおススメ

写真:風祭 哲哉

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松井さんは、もちろん野球選手としても素晴らしい選手だったのですが、人間的にはもっと素晴らしく、本当にみんなに愛されてたんだな、ということが実感できるのがこの松井秀喜ベースボールミュージアム。輝かしい球歴よりも、むしろ松井さんの生き方に感動してしまいます。正義というか、勇気というか、なんだか少し元気になって、今日からもうちょっと頑張ってみよう、そんな気持ちになりたいならば、野球好きではない方にもぜひおススメしたい場所です。

感動したら、お帰りにはぜひ売店で「松井秀喜サブレ」とか「松井家秘伝のカレー」などのオリジナルグッズをのぞいてみてください。
もしかすると売店のレジを打っているのは松井選手のお母さんだったりするかもしれないので。。。

松井秀喜ベースボールミュージアムの基本情報

住所:石川県能美市山口町タ58番地
電話番号:0761-2-2447
開館時間:9:00〜17:00
アクセス:小松駅からタクシー約15分

掲載内容は執筆時点のものです。 2016/08/21 訪問

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