隠れ史跡スポット東京「代官山」目切坂で富士山を&上村坂で昭和の大スターを想う

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隠れ史跡スポット東京「代官山」目切坂で富士山を&上村坂で昭和の大スターを想う

隠れ史跡スポット東京「代官山」目切坂で富士山を&上村坂で昭和の大スターを想う

更新日:2017/09/28 11:39

雲本 らてのプロフィール写真 雲本 らて ブロガー、坂道探検家

東京の代官山といえばおしゃれなお店が立ち並ぶショッピングスポットを思い浮かべる方も多いと思います。ただ一歩視点を変えれば、ここは江戸時代から存在する名坂や古墳などが点在している知る人ぞしる史跡スポットでもあるのです。今回はそんな代官山界隈にある富士山と深い関係のある目切坂や昭和の大スターの豪邸があったという上村坂など、ひと味違った代官山散策のためのおすすめすスポットを紹介してみたいと思います。

目切坂とタモリさん

目切坂とタモリさん

写真:雲本 らて

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「目切坂」は江戸時代からすでにあったという名坂で、現在の場所でいうと東急東横線の代官山駅南西側に位置し、旧山手通りの代官山交番前交差点から西側に下っている坂道です。坂名の由来については諸説ありますが、坂の途中に石臼の目切り名人である石工の伊藤与右衛門が住んでいたことからこの名がついたというのが有力な説です。また別名で「くらやみ坂」という名前もあり、現在と同じかそれ以上に樹木が坂道沿いに生い茂り昼間でも薄暗かったのかもしれません。

ちなみに、タレントのタモリさんが自著『タモリのTOKYO坂道美学入門』にて、笑っていいとも!をやっていた時代、好物の坂道であることは大前提だとは思いますが、それに加えて渋滞もほとんどないことから、この坂道を抜け道として毎朝利用していたことを告白されています。そして、そのことを芸能人仲間にも教えたことから、他の方々もここを利用するようになり、芸能界では知る人ぞ知る坂道になったとのこと。

目切坂と富士講

目切坂と富士講

写真:雲本 らて

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「目切坂」の途中には目黒元富士跡があります。「目黒元富士」とは、文化九(1812)年に上目黒の富士講の人々が築いたもので、坂道の南側のマンション(写真でいえば、左側のマンション)の敷地内にかつて存在した富士塚で、高さは12mもあったと言われています。なぜ「目黒元富士」と呼ばれるようになったかについては、当時、近くの別所坂の坂上に新しく富士塚が築かれた時に、それを「新富士」と呼ぶようになり、あわせてこの目切坂にある富士塚を「元富士」と呼ぶようになったからだそうです。またこの二つの富士塚は、歌川広重の浮世絵の連作『名所江戸百景』に「目黒元不二」、「目黒新富士」としてそれぞれ描かれているほど、当時は有名な観光スポットになっていたのです。

そして、そのような史実もあり、この目切坂は、平成16年11月に国土交通省により富士山への良好な眺望を得られる東京富士見坂として「関東の富士見100景」に選定されました。現地にはそのことを記す案内板もあります。ただ肝心の富士山の眺望は、現在、隣接するマンション敷地内の樹木が選定時から大きく育っており、空気が澄んで樹木の緑の少ない時期を狙えば、なんとか見えるかもしれないという状況になっています。

旧鎌倉街道と目切坂

旧鎌倉街道と目切坂

写真:雲本 らて

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「目切坂」の魅力はこれだけではありません。実はここ、かつての鎌倉街道でもあるのです。源頼朝が鎌倉幕府を開いた後、異変があれば援軍が鎌倉へ急行できるようにとつくられた道のひとつでもあったのです。坂道自体も昔と場所も変わっていないはずです。800年前の景色を想像すると、坂の途中から富士山も今と違ってしっかりと見えたはずなので、当時の鎧かぶと姿の武者たちも「いざ鎌倉へ!」と叫びながらここを馬で駆け下りていったのかもしれないですね。

なお坂上あたりには、文政元(1818)年に造立され当時の道しるべとしての役割もあった地蔵尊や重要文化財にも指定されている朝倉虎治郎氏によって大正8年に建てられた旧朝倉家住宅などもあり、史跡スポットも満載です。

とにかく、この目切坂は、途中旧朝倉家住宅の高い塀や背の高い樹木に囲まれ、曲がりくねった情緒たっぷりな坂道ですので、これまで紹介したエピソードも想像しながら、躊躇せず歩いてみることをおすすめします。

上村坂と美空ひばりさん

上村坂と美空ひばりさん

写真:雲本 らて

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目切坂を歩いたら一緒に歩いてほしいのが、「上村坂」です。目切坂の坂上から旧山手通りを北西にすこし歩くと、上村坂の坂上にやってきます。坂上は都立第一商高の交差点になっていて、そこから目黒川に向かって下っている急坂です。坂名の由来については、明治時代の軍人で海軍大将男爵の上村彦之丞(ひこのじょう)の邸宅が、この坂の途中にあったためと言われています。なので、坂道自体は昔からあったのかもしれませんが、坂名がついたのは、明治末か大正時代につけられたものと推測されます。

ここは、急坂ということもあり、坂上からの景色が気持ちいいです。坂道途中の街並みも目切坂と比べて、代官山らしい高級な雰囲気が存分に感じられます。坂道の途中には、その象徴のような「東京目黒 美空ひばり記念館」があります。国民的スターであり歌手の美空ひばりさんの自宅だった豪邸を記念館に改築した施設で、2014年5月にオープンしました。基本的には完全予約制なため、ふらっと立ち寄ることは難しいのですが、空いている時期はもしかしたらそのまま中を見学できる可能性もあるとのことです。もし中を見学できなくても、坂道からも記念館の建物は見えますし、かつてこの坂道をあの美空ひばりさんが日々歩いていたことを想像してみるだけでも楽しいかもしれないですね。

坂道とあわせて旧山手通りも歩いてみよう

今回は、代官山界隈にある2つの坂道を紹介してみました。この2つの坂道をつないでいる旧山手通り沿いには、ヒルサイドテラスや代官山T-SITEなど代官山を代表するようなショッピングスポットも点在しています。これらは著名な建築家の方々が手がけたことでも有名で、建築物としても評価が高いので、ショッピングとあわせて建物自体を見学するのもひとつの楽しみ方だと思います。

史跡についても、すでに坂道とあわせていくつか紹介しましたが、それ以外にも、ヒルサイドテラスD棟内に存在する6〜7世紀にできた円墳である猿楽塚が有名です。見た目にも築山になっており、代官山界隈のような都市開発が早くから行われていた地域にこのような古墳が残されていることは珍しいですので、こちらもぜひ坂道とあわせて立ち寄ってほしいスポットです。

<基本情報>
目切坂
所在地:東京都目黒区青葉台1丁目と上目黒1丁目の間
アクセス:東急東横線代官山駅より徒歩4分

上村坂
所在地:東京都目黒区青葉台1丁目
アクセス:東急東横線代官山駅より徒歩8分

掲載内容は執筆時点のものです。

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