『悲情城市』の舞台・台湾「九フン」〜台湾民族のアイデンティティを見つめる旅

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『悲情城市』の舞台・台湾「九フン」〜台湾民族のアイデンティティを見つめる旅

『悲情城市』の舞台・台湾「九フン」〜台湾民族のアイデンティティを見つめる旅

更新日:2017/01/04 16:10

上杉 華子のプロフィール写真 上杉 華子 フリーライター、歴史建築・美術ナビゲーター、歴史・神話研究家

レトロで魅力的な街並みと、ジブリ映画「千と千尋の神隠し」のモデル地として多くの観光客で賑わう街、九フン。しかし台湾人にとっては、映画「悲情城市」や中国の「一つの中国政策」を通じ、自らの民族のアイデンティティを問い直す場所でもあります。
親日家が多いと言われる台湾。今も台湾人の心を揺さぶり続ける「悲情城市」ゆかりの地・九フンを歩き、その歴史的背景と彼らの想いを辿る旅へご案内します。

九フンってどんなところ?

九フンってどんなところ?

写真:上杉 華子

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台湾の基隆郡にある九フンは、台湾北部にある山間の街で、元々一寒村に過ぎませんでした。九フンの名前の由来は諸説ありますが、中国・清の時代の初期はわずか9世帯しか居なかった為、街へ買い出しに行くときは「9世帯分」購入していたことから「九フン」と言われた、という説が有力です。

九フンってどんなところ?

写真:上杉 華子

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19世紀後半の日本統治時代には金が採掘され、最盛期を迎えましたが、金の採掘量の減少、閉山によって衰退の時を迎え、一時は人々からも忘れられた土地になりました。

九フンってどんなところ?

写真:上杉 華子

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しかし、「1つの中国政策」によりタブー視されていた「二・二八事件」を扱い、大ヒットした映画「悲情城市」のロケ地として脚光を浴びたこと、レトロな街並みが人々を魅了したことから、九フンは一大観光地として生まれ変わりました。

※1つの中国政策:「台湾は独立国家ではなく、中国の一部」という中国の政策

「二・二八事件」と台湾人の心に刺さる棘を描いた「悲情城市」

「二・二八事件」と台湾人の心に刺さる棘を描いた「悲情城市」

写真:上杉 華子

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二・二八事件とは、日本統治時代から中国大陸から来た蒋介石率いる国民党支配に変わった台湾で、大陸人支配の圧制に苦しむ台湾人が、ある出来事をキッカケに蜂起したことを受け、国民党軍が台湾人を大量虐殺した事件を言います。

映画「悲情城市」は、九フンに住む林(リン)一家の3人の息子たちを通し、日本撤退後、同胞だと信じていた中国大陸から来た国民党政府の軍人・官僚らと共に、新しい台湾を作れると希望に胸を膨らませたものの、彼らの腐敗や狼藉、経済混乱に苦しめられた挙句、二・二八事件が勃発。しかし在台湾行政長官兼警備総司令・陳儀の援軍要請を受け、圧倒的武力を背景にした国民党軍と陳儀の部隊により事件が鎮圧された後、台湾人達が更に支配・蹂躙されていく姿を描いた作品です。

「二・二八事件」と台湾人の心に刺さる棘を描いた「悲情城市」

写真:上杉 華子

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政府による「売国奴狩り」によって殺される仁義に厚かった長男、戦争で精神を病んだのち密告による拷問を受け、再び精神異常をきたす三男、耳が不自由ながら台湾全土に巻き起こる困難を乗り越え、ささやかな幸せを手にした矢先に政府に逮捕される四男(次男は戦争に行ったきり、行方不明です)。冒頭の幸せな親戚一同での写真撮影のシーンが、より哀しさを誘います。

戦争によって、民族の誇りが蹂躙され、人々のささやかな幸せが簡単に壊され、人生が狂わされていく。そんな姿を淡々と、怒りではなく哀しみの目線で書いた映画です。民族とは何か、戦争とは何かと考えさせられます。九フン観光の前には是非ご覧になることをお勧めします。

今も生き続ける日本統治時代の街並み

今も生き続ける日本統治時代の街並み

写真:上杉 華子

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九フンの路地や石畳など、どこか懐かしい街並みは、主に日本統治時代に作られました。台湾は1895年から日本統治下に入りましたが、その間日本人は、学校や病院を建て、道路や治水整備などのインフラを整えたことから、台湾は日本本土と同等に発展しました。夜になると提灯に火が灯り、ますます日本統治時代へタイムスリップしたような感覚に襲われます。

今も生き続ける日本統治時代の街並み

写真:上杉 華子

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横幅も狭い坂道は、大人2人がやっとの場所も。日本統治時代、酔った日本兵が、よくこの坂道を転げ落ちたとか。ちなみに日本統治時代の治安は良く、「夜不閉戸(夜でも鍵を掛けなくても大丈夫)」と言われるほどだったようです。

悲情城市の坂もある、台湾の茶芸館『阿妹茶楼』へ

悲情城市の坂もある、台湾の茶芸館『阿妹茶楼』へ

写真:上杉 華子

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さて、台湾といえば、茶芸は欠かせません。
実はこの茶芸館のある坂道の風景は、悲情城市の舞台をより印象付ける効果があり、悲情城市のロケでも度々使われました。早速茶芸館の中へ行ってみましょう。

悲情城市の坂もある、台湾の茶芸館『阿妹茶楼』へ

写真:上杉 華子

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台湾では、手のひらにすっぽり入るくらい、小さな急須をまず暖め、茶葉を入れてから急須に溢れるほどお湯を注ぎ、数分待ってから「ぐい飲み」のような小さな茶杯に入れ、お茶を頂きます。そうそう、台湾では、お茶を飲む前に細長い茶杯で香りを楽しみます。本当に様々な香りが楽しめ、「ミルクの香りのお茶」などもあります。珍しいですね!

写真の石臼のようなものは、急須から溢れたお湯やお茶を捨てる装置です。店員さんがつきっきりで茶芸を披露してくれますので、単にお茶を飲むだけでなく、エンターティメントとしても楽しめます。

悲情城市の坂もある、台湾の茶芸館『阿妹茶楼』へ

写真:上杉 華子

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日本語で書いてある分かり易いお茶のリスト。リストが竹に書いてあるところが、風情があります。

静かに物語を語り掛ける街・九フン

如何でしたでしょうか?映画「悲情城市」ゆかりの九フンは、単なる楽しいだけの観光ではなく、台湾の様々な歴史や人々の想いを紐解けば解くほど、趣深い場所に見えてきます。民族とは何か、歴史とは何か。あなたにもこの街が静かに語り掛ける物語が、聞こえてくるかもしれません。

掲載内容は執筆時点のものです。 2015/03/21 訪問

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