感動再び!広島・呉で映画「この世界の片隅に」の聖地巡礼

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感動再び!広島・呉で映画「この世界の片隅に」の聖地巡礼

感動再び!広島・呉で映画「この世界の片隅に」の聖地巡礼

更新日:2017/01/11 11:17

風祭 哲哉のプロフィール写真 風祭 哲哉 B級スポットライター、東海道完歩ブロガー、青春18きっぷ伝道師

「この世界の片隅に」は第2次世界大戦の中、日本最大の軍港であった広島県の呉に嫁いできた主人公、すずの日常を描いたアニメ映画。公開直後からその作品を絶賛する声が相次ぎ、上映終了後の映画館で自然に拍手が沸き起こったり、一部の劇場では連日立ち見だったりと、話題の作品となっています。
そこで舞台となった呉へ聖地巡礼に訪れる皆様のため、地元ならではの情報とお願い事項も含めたガイドをご案内します。

「この世界の片隅に」の聖地は日本一の軍港、呉

「この世界の片隅に」の聖地は日本一の軍港、呉

写真:風祭 哲哉

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広島県の呉市はかつて日本で最大級の軍港でした。明治時代に海軍の鎮守府が置かれたことがきっかけとなり軍港として急速に発展し、その規模は東洋一であった、とも言われています。
そのため、太平洋戦争末期には、アメリカ軍による爆撃の対象となり、町中に大きな被害がありました。これが「この世界の片隅に」の物語の底流に流れる大きなテーマとなっています。

呉には現在でも海上自衛隊の基地があり、造船はじめとする重化学工業が盛んな大きな工業港であると同時に、瀬戸内海を結ぶフェリーのターミナルとしても賑わっています。

「この世界の片隅に」の聖地は日本一の軍港、呉

写真:風祭 哲哉

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また、呉は大和をはじめとする数多く軍艦が作られた港としても知られています。呉の中央桟橋ターミナルに隣接する呉市海事歴史科学館は「大和ミュージアム」として人気のスポット。またその横には巨大な潜水艦を丸ごと展示した海上自衛隊呉資料館もあります。

「この世界の片隅に」の聖地は日本一の軍港、呉

写真:風祭 哲哉

「この世界の片隅に」の舞台となっている場所は、すでに製作委員会が作成したロケーションマップとして配布されています。ここには映画の中で登場し、今も市内に残っている象徴的な場所が記されていますが、もう今はその姿をとどめていないもの、あるいは確たる場所として描かれていないものは掲載されていません。

今回はそのロケーションマップに掲載されているものだけにとどまらず、地元の人が「ここに違いない!」という場所まで探り出して特別にお教えします!

呉港周辺は「この世界の片隅に」の海軍施設の舞台

呉港周辺は「この世界の片隅に」の海軍施設の舞台

写真:風祭 哲哉

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呉港の東側はかつての海軍の呉鎮守府があったところ。現在も海上自衛隊の呉地方総監部があり、今も当時の雰囲気が比較的残されています。
海上自衛隊の敷地から呉市立美術館の横を通って高台に向かって伸びる通称「美術館通り」。この通りの入り口にある赤い色の建物、現在の海上自衛隊の集会所が、すずの夫・北條周作が勤務していた、日本海軍呉鎮守府の跡となっていて、この通りも何度か登場しています。

呉港周辺は「この世界の片隅に」の海軍施設の舞台

写真:風祭 哲哉

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美術館通りをそのまま進むと、突きあたりの交差点で見覚えのある階段が目の前に現れます。これがすずが義父、円太郎の見舞いのため海軍病院へ行った際に上った階段。この階段の上には現在でも国立病院の呉医療センターがあり、映画の中とかなり近い雰囲気のまま残っている場所だと言えます。

呉港周辺は「この世界の片隅に」の海軍施設の舞台

写真:風祭 哲哉

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美術館通りの一番上、国立病院への階段と通りを挟んで対角線上にあるのが、シンボルである塔時計が美しい「入船山記念館」。ここには旧日本海軍呉鎮守府司令長官の官舎や歴史民俗資料館があり、映画に直接登場はしないものの当時の様子をよく知ることができる施設です。

「この世界の片隅に」で一番哀しいシーン、海を見下ろす道

「この世界の片隅に」で一番哀しいシーン、海を見下ろす道

写真:風祭 哲哉

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この映画の中でもっとも哀しい場面、それは町なかで空襲を受け、防空壕に逃げ込んだすずと姪っ子の晴美ちゃんが、空襲警報の解除を受けて駅に向かう途中で、米軍の落した時限爆弾に遭遇してしまうところ。映画の中では、右側に港や家並みを見下ろす崖際の細い道での出来事として描かれています。

その場所はロケーションマップには記載がありませんが、地元の方によると「美術館通りや入船山記念館から南へ1キロほど歩いたあたり、現在の呉宮原高校から宮原小学校方面に向かう高台の道路に違いない!」ということです。

「この世界の片隅に」で一番哀しいシーン、海を見下ろす道

写真:風祭 哲哉

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この高台の道沿い、ちょうど宮原小学校の前にあるのが戦艦「大和」の艦橋を模した「噫(ああ)戦艦大和之塔」。この塔は昭和44年に第30回目の大和進水日を記念して、呉大和会により建てられたもので、戦艦大和の性能表や戦歴などが刻まれています。

「この世界の片隅に」で一番哀しいシーン、海を見下ろす道

写真:風祭 哲哉

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この一帯は「歴史の見える丘」と呼ばれ、ここから海側を望むと、ちょうど真下にかつて「大和」を建造した造船所のドックが見えるのです。そこは現在もジャパンマリンユナイテッドの造船ドックとして、大型船が建造されている様子を見ることができます。

「この世界の片隅に」でもっとも象徴的な聖地「三ツ蔵」

「この世界の片隅に」でもっとも象徴的な聖地「三ツ蔵」

写真:風祭 哲哉

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沿岸部から市街地に戻り、中心部を流れる堺川にかかる「小春橋」に行ってみましょう。ここは夫の周作に呼び出されたすずが、めったにない二人っきりのデートの際に語り合っていた場所。
堺川の上流方面に見えるのは呉のシンボルである標高737mの灰ヶ峰。この灰ヶ峰も防空砲台がある場所として映画の中でたびたび登場しています。

「この世界の片隅に」でもっとも象徴的な聖地「三ツ蔵」

写真:風祭 哲哉

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作品の中で、すずが高台にある家から呉の中心部へと歩くシーンで何度も登場する印象的な建物が「三ツ蔵」。ここは澤田屋という屋号で代々庄屋などの要職を務めた商家、旧澤原家の住宅。
その黄土色の特徴的な外観は、映画の中でもほぼ現在の姿と変わらず描かれているので、本物を見た途端、思わず「ああっ!」と声をあげてしまいそうなくらい。

ここは沿岸部からやや内陸に入り、市街地と高台に延びる住宅地との境目のような場所にあります。

「この世界の片隅に」でもっとも象徴的な聖地「三ツ蔵」

写真:風祭 哲哉

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最後は呉の銘酒「千福」の酒蔵にある「酒王センプク」の煙突。
度重なる空襲や火事に耐えて残ったこの高さ26mの煙突が、焼け野原になった呉の町の中でたったひとり、寂しげにポツンと描かれている姿が印象的です。

この千福の醸造元、三宅本店さんは映画を制作する上で貴重な資料を多数提供したこともあり、「この世界の片隅に」の公開を記念して作られた限定ラベルの商品を発売しています。すずや巡洋艦青葉など、映画のシーンをラベルにしたこの商品は現在大人気で、なかなか手に入らないようです。

「北条家があった高台の場所」について

「北条家があった高台の場所」について

写真:風祭 哲哉

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すずが嫁いだ先である呉の北条家は、海を見下ろす高台の美しい眺めの家として描かれています。
映画の中では「辰川」行きのバスに乗ってその家に向かうシーンがありますが、このバスは現在でも運行されており、終点の辰川は、呉駅から路線バスで約15分、市街北東の高台にある集落となっています。

ただしロケーションマップで紹介されているのは、ここまで。そこから先の場所はあえて示されていません。
なぜならば、その舞台となった場所は今でも一般の民家が並ぶ住宅地であり、多くの観光客が訪れるような場所ではないためです。付近は急坂で、車1台がやっと通れるような路地が続き、慣れない運転で訪問すると非常に危険です。
そのためこの映画の制作チームも、こうした住宅地への立ち入りを回避するよう呼びかけていますので、何卒主旨ご理解いただき、ご協力をお願いいたします。

「この世界の片隅に」に感動したら、ぜひその舞台、呉へ

すでに「この世界の片隅に」を見たほとんどの方は、その舞台であった「呉」というまちに興味をお持ちになったことでしょう。
またこれからこの映画を見る方も、その中で描かれている呉という町にどこか懐かしさを覚えることでしょう。

かつて日本一の軍港だった呉は、戦争が終わってすっかり平和になったと同時に、すっかり平凡なまちになってしまいましたが、そこには変わらず美しい海と山と町があります。瀬戸内の島めぐりや港内クルーズ、大和ミュージアムをはじめとする歴史文化施設、A級・B級グルメなどロケ地以外にもみどころはたくさん。

ぜひ「この世界の片隅に」で感動し、その聖地、呉で再び感動を!

この記事の関連MEMO

掲載内容は執筆時点のものです。 2016/12/23−2016/12/24 訪問

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