富士山も眺望できる路地散策!北鎌倉「円覚寺」からの寄り道

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富士山も眺望できる路地散策!北鎌倉「円覚寺」からの寄り道

富士山も眺望できる路地散策!北鎌倉「円覚寺」からの寄り道

更新日:2017/02/23 11:16

Isao Noguchiのプロフィール写真 Isao Noguchi 著述業、観光検定教材製作者、ブロガー

円覚寺は鎌倉五山二位、臨済宗円覚寺派の大本山です。国宝の舎利殿・梵鐘を始め、四季を通じて紫陽花や紅葉の名所として知られています。参詣を終え、北鎌倉駅に向かうなら、ちょっと「寄り道」をしてみませんか?山門から脇道に逸れると、地元で有名な料亭の洞門へ続く裏路地があるのです。富士山は勿論、北鎌倉一帯の景色を眺望することができます。ほんの僅かな時間ですが、閑静な北鎌倉の日常に触れてみてはいかがでしょうか?

道標は小さな石碑。3つの庵を通って目的地の洞門を目指す!

道標は小さな石碑。3つの庵を通って目的地の洞門を目指す!

写真:Isao Noguchi

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円覚寺山門を背に、JR北鎌倉駅方面出口へ向かっていくと、小さな石碑が立っています。そこには、円覚寺敷地内にある3つの庵の名が刻まれており、その指示に従って進むと、脇道へ逸れる階段が見えます。

その道は距離にすれば500mにも満たないのですが、地元の住民が昔から信仰する小さな神社や、かわいい地蔵菩薩があります。朝夕には富士山を眺望できるなど、驚きと発見が詰まった道程なのです。

道標は小さな石碑。3つの庵を通って目的地の洞門を目指す!

写真:Isao Noguchi

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石碑を出発点に歩いていくと、振り返れば山門が高い塀の向こう側に見えます。脇道に逸れると傾斜がきついが坂が待っています。一気に登りきると、道幅はぐっと狭くなり、車一台がやっと通れるほどの細く延びた路地がその先にあります。

道標は小さな石碑。3つの庵を通って目的地の洞門を目指す!

写真:Isao Noguchi

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急な勾配の横には断層むき出しの崖が横に伸びています。人工的に掘削した個所もありますが、長い年月を経て土砂が滑落したものもあり、地上に幹が出ているものも、まるで血管のようにその根を張り巡らせている様子が分かります。

北鎌倉に根付く禅の教え。至る所で感じる「祈る」という日常

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写真:Isao Noguchi

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路地の傍らにいるお地蔵様はどれも表情に富んでいて、この地域では独特の地蔵菩薩です。寄り添うように立つ姿はつい、親近感を覚えてしまいます。

北鎌倉に根付く禅の教え。至る所で感じる「祈る」という日常

写真:Isao Noguchi

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歩いて10分ほどで見えてくるのが、第一の庵、「富陽庵」です。富陽庵(ふようあん)は、第六十一世東岳文cの塔所であり、文cは鎌倉五山一位の建長寺、そして二位の円覚寺と居を移しました。

庵の開基は上杉朝宗。「開祖木像」と「大仙庵開祖桃渓徳悟像」を安置しており、その他にも開祖の供養塔などがあります。

北鎌倉に根付く禅の教え。至る所で感じる「祈る」という日常

写真:Isao Noguchi

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二番目に通るのが「白雲庵」です。富岡庵とは隣同士と言ってもよく、敷地が広いために山門が離れているだけのことです。

白雲庵は第十世東明慧日の塔所です。本尊には「宝冠釈迦如来」が祀られています。東明慧日は曹洞宗の禅僧で、九代執権、北条貞時の招きによって来日しました。庵が所蔵する「木造東明慧日坐像」は肖像彫刻の傑作と謳われ、重要文化財に指定されています。

高低差を実感!真直ぐ延びた石段の先には一際目立つ「寺額」

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写真:Isao Noguchi

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最後辿り着くのが「雲頂庵」です。禅を行う道場を構えており、門も3つの庵の中では一番立派です。

雲頂庵は、蘭渓道隆の弟子にあたる空山円印の塔所です。廃寺となった長勝寺の開山塔で、戦国時代に長尾忠景と芳隠省菊によって再興されました。中世期の文書を数多く収蔵していることでも知られています。

高低差を実感!真直ぐ延びた石段の先には一際目立つ「寺額」

写真:Isao Noguchi

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この階段を降りていくと、北鎌倉駅のホームにぶつかります。一本の真直ぐに通った石段はその昔、まだ駅ができる前から商いで賑わう目抜き通りへ繋がっていました。

北鎌倉駅の大船方面はかつて「市場町」といい、鶴岡八幡宮へ抜ける道は多くの店が軒を連ねていました。商売人はもちろんの事、地元の人々は小高い丘に登り、神社・寺院へ参拝に出掛けたのです。

鎌倉最古の庚申塔。八雲神社と京都・八坂神社とのご縁とは?

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写真:Isao Noguchi

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北鎌倉駅よりさらに大船方面へ進むと、「八雲神社」へ続く石段があります。通常はこちら側が表の参道で、路地は神社の裏を通っていることになります。この石段を登りきった場所に社が建っています。

北鎌倉、山ノ内地区の鎮守でもあります。祭神は素戔嗚尊(すさのおのみこと)。境内の社には「稲荷社」があり、小高い丘からは北鎌倉駅周辺の風景が見渡せます。昔は牛頭天王を祀っていたことから、「牛頭天王社」と呼ばれていました。

鎌倉最古の庚申塔。八雲神社と京都・八坂神社とのご縁とは?

写真:Isao Noguchi

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「相模風土記」によると、村人がこの地で疫病が流行した際、京都の「八坂神社」を勧進したのが始まりだと伝わっています。その後、この地に居を構えた関東管領の上杉憲房が熱心に信仰しました。異説もあり、社伝によると文明年間に上杉家が「扇ガ谷」と「山ノ内」に分かれて争った際、山ノ内上杉家が武運を祈って、八坂神社から勧進したという説もあります。

「鎌倉四境」の北境である山ノ内は、風水上重要な方角であり、疫病祓いの鬼気祭などが斎行されました。

鎌倉最古の庚申塔。八雲神社と京都・八坂神社とのご縁とは?

写真:Isao Noguchi

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境内裏側には鎌倉市内最古とされる大きな庚申塔群があります。また、境内には移設された安倍晴明ゆかりの「清明石」もあります。

境内の「寛文五年銘」の庚申塔は、鎌倉最大にして最古のもの。ホーム沿いの表階段から登っていくと、見つけるのには一苦労です。裏路地から入るとすぐに視界に入ってきますので、こちらを見物したあと、社に回って参拝祈願をするようにしましょう。

料亭亭主が掘削した隧道。今も欠かせない地元の生活道路

料亭亭主が掘削した隧道。今も欠かせない地元の生活道路

写真:Isao Noguchi

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3つの庵を通り過ぎると白い塀に突き当たります。そこからは、階段で下に降りていくのですが、降りる前に少し立ち止まって、大船方面に目を凝らしてみて下さい。

日没前の赤く染まった夕暮れの空に、うっすらと富士山の姿を観ることができます。早朝や乾燥して空気が澄んでいるときは、よりはっきりとその姿を確認することができ、近くの住民のあいだでも富士の絶景ポイントとして知られています。

料亭亭主が掘削した隧道。今も欠かせない地元の生活道路

写真:Isao Noguchi

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地元でも有名な懐石料理の「好々亭」は2007年に閉店してしまいました。広大な庭園を眺めながら、四季の花々を鑑賞できる料亭として、多くの愛好家に親しまれてきたのです。

料亭がその歴史に幕を閉じても、好々亭へと続く隧道は地元の生活を支える大切な道として今も閉じられることなく残っています。

第二次世界大戦中は隧道がさらに両脇にへ分岐されており、現在はコンクリートで閉塞処理されています。これは隧道にある山腹に設けた防御用の小さな窓へ通じていたようです。窓は北鎌倉駅のホームへ向けて開口しており、鎌倉から上陸した敵軍を攻撃できるようになっていました。

料亭亭主が掘削した隧道。今も欠かせない地元の生活道路

写真:Isao Noguchi

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「唐風」ような独特のデザインの門ですが、これが「好々亭」の入り口にあたります。当時の店主が北鎌倉駅から料亭への近道として、設けたものです。周りの岩肌にも好々亭の文字が彫られており、横須賀線の車内からも必ず目に留まる派手な造りとなっています。

此処で裏路地散策は終点となりますが、北鎌倉駅へ戻るも良し、さらに大船方面に足を延ばし、「小八神社」や俳優・笠智衆のお墓がある「成福寺」を訪ねてみるのもよいでしょう。

路地の辿り着く先は思わぬ場所へ。円覚寺本山周辺の散策路

「六国見山ハイキングコース」に代表されるように、円覚寺の本山周辺は鎌倉の至る所へ繋がっています。特にハイキングコースなどでは手付かず山道や「台湾リス」との出会いもあります。

北鎌倉と聞くと、「鎌倉五山」など寺院・仏閣を連想しがちですが、日々の暮らしの中にも、多くの発見と歴史が残っています。

夕暮れ時になれば観光客も少なくなり、穏やかな雰囲気が街中を包み込んでいきます。

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掲載内容は執筆時点のものです。 2017/01/30 訪問

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