線路は続くよどこまでも。タイ・カンチャナブリで歴史に思いを馳せる旅

線路は続くよどこまでも。タイ・カンチャナブリで歴史に思いを馳せる旅

更新日:2017/04/02 13:02

モン ガラのプロフィール写真 モン ガラ ライター
タイ西部のカンチャナブリは、映画「戦場にかける橋」で一躍有名となりました。1957年に公開された映画は、当時アカデミー賞を総ナメにした名作です。戦争の虚しさを描いた作品の舞台となったクウェー川鉄橋は、約415キロメートルの泰麺鉄道が敷かれ、列車は今も途中まで運行しています。この鉄道は敷設中に多くの犠牲者が出た事で歴史に名を残しました。スリル満点の“死の鉄道”に乗車して歴史を知る旅に出かけましょう。

カンチャナブリを通る泰麺鉄道の歴史

カンチャナブリを通る泰麺鉄道の歴史

写真:モン ガラ

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カンチャナブリはバンコクから西に約130キロ、ミャンマーとの国境近くにある自然豊かな県です。もともとはアユタヤ王朝時代に、ビルマ(現ミャンマー)から防衛する為に造られた街でしたが、この地のクウェー川に架かる橋が、映画「戦場にかける橋」の舞台になった事がきっかけで今ではすっかり有名な観光地となりました。

現在は自然を満喫できる鉄道旅で人気のカンチャナブリですが、その背景には悲惨な戦争の歴史が刻まれています。そしてその歴史には日本も大きく関わっているのです。

カンチャナブリを通る泰麺鉄道の歴史

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カンチャナブリを通る鉄道は、タイ〜ミャンマー間を運行していた事から“泰麺鉄道”と呼ばれています。この鉄道は、第二次世界大戦中の1942年に、日本軍がビルマへの軍事ルートを確保する為に、数多くの連合軍捕虜や現地の人々の手で敷設されました。

当時の日本軍が戦略上の都合から完成を急いだ為、本来なら5年かかる工事をわずか着工から1年3か月で完成させました。全長約415キロもある鉄道をこんな短期間で造らせたのです。

カンチャナブリを通る泰麺鉄道の歴史

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鉄道は以前はミャンマーまで続いていましたが、戦後部分的に撤去され、現在は観光路線としてカンチャナブリから80キロメートル先のナムトック駅まで運行しています。

鉄道の敷設にあたり、連合軍捕虜やタイ、マレーシア、ビルマなどの現地人が過酷な労働を虐げられ、栄養失調や伝染病等で多く方が犠牲となりました。その数は連合軍捕虜15000人、現地労働者30000人にも及びます。時は流れ、現在は風化されつつある戦争の歴史ですが、多くの犠牲者のもとに鉄道が完成したことを忘れてはなりません。

名作「戦場にかける橋」の舞台になったクウェー川鉄橋

名作「戦場にかける橋」の舞台になったクウェー川鉄橋

写真:モン ガラ

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1943年、鉄道の敷設に伴い全長250メートルの大きな橋がクウェー川に建設されました。これが映画「戦場にかける橋」によって有名になったクウェー川鉄橋です。2月に連合軍捕虜と現地の人々によって、まず資材運搬用の木製の橋が建設され、同年4月にクウェー川を横断する鉄製の橋が建設されました。施工期間わずか3カ月で2つの橋が完成したのです。しかし、完成後間もなく連合軍の攻撃を受け、1944年2月〜6月にかけての爆撃で大きく破壊されました。

現在見れるクウェー川鉄橋は、終戦から5年後の1950年に、戦後賠償として日本の手で修復されたものです。修復された箇所は台形の形をしているので一目で分かります。丸いアーチの部分はオリジナルで当時の面影がそのまま残っています。

名作「戦場にかける橋」の舞台になったクウェー川鉄橋

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クウェー川鉄橋は、昔はメークローン川に架かっていましたが、映画「戦場にかける橋」が大ヒットしクウェー川が著名となった為、タイ政府は橋が架かる上流部を改名しました。線路内は自由に立ち入る事ができるので歩いてみましょう。途中で列車が来たら、待機スペースで通過を待ちます。目の前スレスレを電車が通り過ぎる様子は迫力満点です。

名作「戦場にかける橋」の舞台になったクウェー川鉄橋

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どこまでも続く線路を歩いてみると長閑な風景が広がります。鉄道はこの先サバンナのような地帯に進み、険しい山岳地帯を越えなければなりません。タイの暑い日差しの中、延々と続く線路を敷く為に多くの労働者の命が失われたと思うと、遠い歴史に思いを馳せずにはいられません。

鉄橋観光はボートが穴場!

鉄橋観光はボートが穴場!

写真:モン ガラ

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クウェー川鉄橋はボートから見るのが穴場です。乗船時間は10分程度と短いですが、スピードボートは橋を真正面に見ながら突き進みます。ベストポジションで橋を見れる事は間違いないでしょう。ボートの個人手配が難しいようであれば、予めボート乗船付きのツアーを選択するのも一つの手段です。

鉄橋観光はボートが穴場!

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スピードボートはクウェー川鉄橋の下を通過します。有名な橋を下から眺めるのは、なかなか味わえない貴重な体験になるでしょう。橋の造りを隅々まで見る事ができます。

カオスなアートギャラリー・第二次世界大戦博物館

カオスなアートギャラリー・第二次世界大戦博物館

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クウェー川鉄橋から徒歩数分の所に第二次世界大戦博物館があります。この建物は1993年に個人の手によってアートギャラリーとして建てられました。オーナーが中国系タイ人の為、外観が中国風です。

館内には、第二次世界大戦で使用された武器などが展示されています。旧日本軍が連合軍捕虜に強制労働させていた様子を不気味なマネキンを使って表現していたり、様々な展示が入り混じったカオスな空間です。しかし中には、クウェー川鉄橋に当初架けられた木製の橋の一部など貴重な物も含まれます。

カオスなアートギャラリー・第二次世界大戦博物館

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博物館の屋上は、カンチャナブリの街並みを見渡せるスポットです。絶景…にしては低いですが、クウェー川鉄橋を上から丸ごと見れるので、隠れたフォトスポットと言えるでしょう。記念写真を撮るのにピッタリの場所ですね。

泰麺鉄道に乗車!スリル満点のタム・クラセー桟道橋

泰麺鉄道に乗車!スリル満点のタム・クラセー桟道橋

写真:モン ガラ

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泰麺鉄道に乗車してみましょう。終点まで乗る方はほとんどおらず、多くの観光客はカンチャナブリから約50キロ先のタム・クラセー駅を目指します。乗車時間は1時間強。車窓からは乾燥した田舎の景色が広がります。同じような景色がしばらく続くので、途中飽きて見所をスルーしないように注意が必要です。

見所は後半、山がちで緑の多い渓谷へと入ってからです。タム・クラセー駅の手前で、岩壁スレスレに建設された木製の高架橋“タム・クラセー桟道橋(旧アルヒル桟道橋)”を列車が通過します。300メートル続くこの桟道橋は、鉄道工事の中で最も困難を極めた場所で、事故が多発し作業隊員の多くが犠牲になりました。列車から降りて実際に歩いてみると、想像以上の高さに足がすくむ事でしょう。

泰麺鉄道に乗車!スリル満点のタム・クラセー桟道橋

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桟道橋の下には、クウェー・ノーイ川がゆったり流れています。川の奥には緑の林が生い茂り、さらにその奥には山が続いています。近年は自然が楽しめる場所として観光客で賑わっています。そこにはかつて多くの人間が犠牲になり、死の鉄道とまで呼ばれていたのが嘘のような、平和で穏やかな空気が流れています。

泰麺鉄道に乗車!スリル満点のタム・クラセー桟道橋

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タム・クラセー桟道橋を歩いて行くと、岩肌に洞窟があります。洞窟内は涼しく、強烈な日差しを避けるのに絶好な休憩スポットです。中には小さな仏像がありますので、亡くなった多くの方々の冥福をお祈りしましょう。

豊かな自然が楽しめるタイ・カンチャナブリで歴史を知る鉄道の旅

カンチャナブリを通る泰麺鉄道は、敷設の際に多くの犠牲者を出した悲しい背景があります。しかし現在は、そんな戦争の悲惨さを微塵も感じさせないほど、豊かな自然が楽しめる観光地として賑わっています。線路をバックにピースサインをして記念撮影する人や観光客の笑い声を聞くと、所々で時代の流れを感じ取る事ができます。是非鉄道の歴史に思いを巡らせてみてください。日本人としては複雑な心境になりますが、そうやって歴史を思い出すことが今の日本人の私たちに出来る唯一の事なのです。

掲載内容は執筆時点のものです。 2015/02/22 訪問

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