勇壮絢爛!源平船合戦から花魁行列まで「下関海峡まつり」

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勇壮絢爛!源平船合戦から花魁行列まで「下関海峡まつり」

勇壮絢爛!源平船合戦から花魁行列まで「下関海峡まつり」

更新日:2017/04/13 12:24

春野 公比呂のプロフィール写真 春野 公比呂 学芸員資格

下関市中心街が一年で最も賑わう日があります。それは三日間開催される「しものせき海峡まつり」の中日、5月3日です。この日は朝から、源平それぞれの武者行列が行われると共に、高級遊女らの参拝行列「上臈道中(じょうろうどうちゅう)」の練り歩きも行われます。更に80隻以上の大船団からなる「源平船合戦」も見もの。平家の御霊による(主催者発表)超常現象が話題になった、平家物語歌劇にも注目です。

まつりを見て楽しむか、参加して楽しむか

まつりを見て楽しむか、参加して楽しむか

写真:春野 公比呂

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5月3日は朝から、安徳帝御陵のある赤間神宮の行事「先帝祭」と、「源平まつり」が同時進行的に行われます(年によって時間帯は変動あり)。前者は安徳帝の供養祭で、後鳥羽天皇が開始され、現在まで綿々と続いている伝統行事。武者行列と並行して行われる上臈道中はこの祭りの一環で、上臈(花魁と同義)一行が神宮に参拝します。上臈は女郎の意味でもありますが、壇之浦の戦いで死にきれなかった官女たちが身をやつした姿で、遊郭は下関が発祥(諸説あり)と言われているのです。

武者行列は源氏軍、平家軍に分かれ、別々の方向から練り歩き、時折立ち止まって鬨(とき)の声を上げ、しものせき水族館「海響館」付近で合流します。弁慶が先頭の列では、法師らしく、法螺貝の修験者が先導します。

まつりを見て楽しむか、参加して楽しむか

写真:春野 公比呂

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武者行列の中で一番人気は静御前(写真左側)。まつりのアイドル的存在です。行列の参加者は毎年1月から4月中旬まで公募されていますが、静御前役の参加料は25,000円。

まつりを見て楽しむか、参加して楽しむか

写真:春野 公比呂

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武者行列(年によって行列ルートは若干変わる)は午前の部が9:35〜10:10で、10:20〜11:10は「源平弓合戦」が下関港の特設ステージで行われます。源氏と平氏の組に分かれ、遠くの的に当てる「戦い」です。壇之浦の戦いは、睨み合った船上での矢合戦から始まったのです。

絢爛!上臈参拝

絢爛!上臈参拝

写真:春野 公比呂

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先帝祭時、赤間神宮の水天門から外拝殿にかけて、背丈を超える高さの天橋が架けられます。そこを市街地での練り歩きを終えた五組の上臈一行が歩きます。稚児二人、警固一人、官女一人、禿(かむろ)二人を従えての、豪華絢爛な参詣です。尚、先帝祭は元々、安徳帝入水の3月24日に執り行われていました。

因みに、上臈参拝行事を始めたのは下関最大の遊郭「大坂屋」なのですが、この遊郭には高杉晋作を始めとした長州の志士や坂本龍馬も通っていました。

絢爛!上臈参拝

写真:春野 公比呂

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見物客の多くは上臈に注目しますが、禿や稚児の可愛さはそれ以上。

絢爛!上臈参拝

写真:春野 公比呂

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上臈は市街地の道中や天橋上で時々、外八文字を踏みながら進みますが、これが見ものの一つです。

坂本龍馬や高杉晋作との関係

坂本龍馬や高杉晋作との関係

写真:春野 公比呂

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赤間神宮は耳なし芳一も有名で、境内の一角に昭和32年、芳一堂が建立されました。

坂本龍馬や高杉晋作との関係

写真:春野 公比呂

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文献によっては、芳一が夜な夜な、平家の霊に呼ばれて琵琶を弾きに行った所は、芳一堂奥にある「平家一門之墓(七盛塚)」前であると記されています。が、これらの墓は、背後の紅石山周辺に散在していたのを後世、ここに纏めたものであるため、芳一が通っていたのは、紅石山山中のどこかの平地でしょう。

坂本龍馬や高杉晋作との関係

写真:春野 公比呂

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赤間神宮は坂本龍馬や高杉晋作と関りがあります。神宮の前身、阿弥陀寺は奇兵隊本陣だった時期がありました。更に明治10〜13年、神宮の宮司は白石正一郎でした。正一郎邸は奇兵隊結成地兼、龍馬の脱藩の道終点です。

宝物殿北の紅石山登山道を上がって行った先に、正一郎の拝み墓(供養碑のようなもの)がありますが、その横には平家の末裔で、龍馬を兄のように慕っていた志士・真木菊四郎の墓も建っています。

全速力で走る源平船

全速力で走る源平船

写真:春野 公比呂

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「源平船合戦」とは、源氏と平家軍に分かれた80隻以上の兵船に見立てた漁船団が、唐戸沖から赤間神宮沖を楕円形に周回パレードするもの。2017年は12:30〜13:25になっているので、上臈参拝見物後に向かいましょう。

全速力で走る源平船

写真:春野 公比呂

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源氏の船団が関門橋下を通過していきます。相当なスピードが出ています。

全速力で走る源平船

写真:春野 公比呂

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二位ノ尼と安徳帝。船団の船には武者行列参加者が分かれて乗り込んでおり、岸辺の見物客やカメラマンに向かって手を振っています。

海底の平家の御霊に祗園精舎の鐘の声は届いているのか

海底の平家の御霊に祗園精舎の鐘の声は届いているのか

写真:春野 公比呂

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寿永4年(1185)3月24日正午頃に口火を切った壇之浦の戦いは、午後4時頃には勝敗が明らかになります。平知盛は御座船に移り、二位ノ尼にそのことを伝えます。安徳帝は二位ノ尼に促され、伊勢神宮のある東に向かって手を合わせ、次に西の西方浄土を仰ぎ、念仏を唱えます。やがて二位ノ尼は「浪の下にも都のさぶらふぞ」と帝を抱きかかえ、壇之浦の千尋の底へと入り給います。

まつりのクライマックスは、平家物語の歌劇風の劇「源平ドラマページェント」。主役は写真左端の若い二位ノ尼。官女らと入水しようとするところ。

海底の平家の御霊に祗園精舎の鐘の声は届いているのか

写真:春野 公比呂

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入水せぇへんのかーい!

海底の平家の御霊に祗園精舎の鐘の声は届いているのか

写真:春野 公比呂

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琵琶法師が語る「平家の最期」を認めたくない平家武者の霊たち。しかしやがて泣き崩れることに。

実は2010年、この劇の練習中に「怪現象」が起きたといわれています。ある日の練習中、突然ステージを映していた巨大スクリーンが真っ赤に染まり、フリーズしてしばらく操作不能になったというのです。これは機械の構造上、あり得ないこと。主催者側はまつり当日の閉会式で、「これは壇之浦の海底に眠る平家の御霊の仕業ではないか」と発表しました。

祗園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり
おごれる人も久しからず 唯春の夜の夢のごとし

みんなが一つになるから感動もひとしお

この祭りの特徴は、観客とまつり参加者との一体感。観客は武者行列や上臈道中では列に付き従い、弓合戦では固唾を飲んで見守り、的に当たると拍手をおくり、船合戦では船上の演者と手を振り合い、ドラマページェントの最後には拍手喝采をいつまでもおくる、観光客と地域が一つになった祭りと言えるでしょう。

まつりでは歴史イベントだけではなく、フグ(下関では「フク」という)鍋・グルメ屋台村、餅投げ、各種踊り等もあり、一日中楽しめます。

尚、この日、下関中心街の主要道路は終日渋滞するため、車での移動は避けるべき。宿泊施設から徒歩で向かう方がいいでしょう。
余談ですが、海峡まつりの前身「下関港まつり」では、市出身の松田優作が三歳頃、稚児の一人として参加していました。

また、本文では紙幅の都合上、割愛しましたが、赤間神宮周辺には龍馬の史跡・伝承地もあります。神宮南東のフグ料理店「ふよう亭」は、龍馬も滞在したことのある船宿・旧伊勢屋跡で、ここを高杉晋作が訪ね、龍馬に幕長戦争への参戦を要請しています。旧伊勢屋は宮本武蔵が巌流島での決闘時、滞在した宿でもあります。神宮西方には、龍馬がお龍と暮らした伊藤邸跡もあります。どちらも標柱あり。

源平歴史絵巻と龍馬・晋作に出会える旅は、まさに「春の夜の夢のごとし」たる感動となることでしょう。

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掲載内容は執筆時点のものです。 2010/04/29−2010/05/05 訪問

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