奈良市屈指の美しい仏像と随一の神聖地〜奈良町と御蓋山界隈〜

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奈良市屈指の美しい仏像と随一の神聖地〜奈良町と御蓋山界隈〜

奈良市屈指の美しい仏像と随一の神聖地〜奈良町と御蓋山界隈〜

更新日:2017/04/17 10:43

春野 公比呂のプロフィール写真 春野 公比呂 歴史研究家、郷土文筆家、郷土登山家

奈良市で1番美しい仏像は阿修羅像ですが、2番目に推奨したいのが、元興寺の鎌倉期の如意輪観音像。しなやかな女性らしさが特徴的。一方、春日大社の神体山、御蓋山は一般人が立ち入ることが許されない市随一の神聖地兼「裏パワースポット」。前者は歴史的町並みが残る「奈良町」にありますが、他にも「巨大仏教ピラミッド」も残り、御蓋山麓にはこけし型石仏も佇んでいます。この神仏混交の異空間を是非ご体感下さい。

仏像の宝庫「元興寺極楽坊」

仏像の宝庫「元興寺極楽坊」

写真:春野 公比呂

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有名な猿沢池東側から南下して行くと、元興寺(がんこうじ)極楽坊がある。元は飛鳥の法興寺を平城京に移したもので、東大寺に次ぐ寺格を誇った。しかし平安時代以降衰退し、寺域も縮小されていった。極楽坊は奈良時代の高僧・智光の住坊跡で、現在は本堂となっている。
本堂南に法輪館(収蔵庫)があり、中には数々の仏像が安置されている。中でも阿弥陀如来像は、そのポーズが浸透していることから親しみやすい。一木から彫り出し、部分的に塑土(そど)を塗って金箔を押している。像高約160cm、平安期の作。

仏像の宝庫「元興寺極楽坊」

写真:春野 公比呂

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同じ館に安置されているのが、仏像ファンに絶対お勧めの鎌倉時代作の如意輪観音像。頬杖のつき方や片膝の立て方、虚ろな眼差し等、しなやかでしとやか。尚、寺のホームページを始め、WEB上で多く見られる写真はやや斜め上から撮ったものが多いが、鑑賞するには真正面から見るのが一番。

仏像の宝庫「元興寺極楽坊」

写真:春野 公比呂

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境内には浮図田(ふとでん)なる石仏・石塔群もある。これはよく各地の寺院境内に見られるような、ピラミッド型に積み上げた石塔群「千塔塚」を1991年、解体・移設し、更に周辺に散在していた石仏等も合わせ、「田圃」のように整然と並べたもの。鎌倉時代後期から藩政時代中期のものまで約2,500基ある。近在の人々が極楽往生を願い、滅罪積徳作善をせんと造立した供養塔群。

寺の各種拝観を終え、北側の道路に出ると、西方の交差点南東角に奈良町の観光案内所「奈良町情報館」があり、そこから南下する。突き当たりの三差路周辺には各種資料館があるが、かつてはその南西の筋に時間や時計に関する「時の資料館」があった。三差路東方には室町時代の様式を伝える書院造の「今在家書院」、その一つ南の通りの東方には歴史のある雨宝山十輪院があり、墓地にはフォークシンガー・河島英五の墓がある。

奈良時代の巨大仏教ピラミッド「頭塔」

奈良時代の巨大仏教ピラミッド「頭塔」

写真:春野 公比呂

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再び北の通りに戻り、東進を再開すると、異様なモノが目に飛び込んでくる。それは高さ約12m、底辺32mの階段状ピラミッド型仏塔「頭塔(ずとう)」。神護景雲元年(767)、良弁僧正の命により、実忠和尚が造立した土塔(どとう)で、2050立方メートルの土を盛り、表面を七段の石積みで固めている。同様のものは大阪、岡山、群馬等を始め、シルクロード沿いの各国にも存在することから、朝鮮半島から伝わったものと考えられている。’94年時は修復工事中で覆屋が掛けられていた。

奈良時代の巨大仏教ピラミッド「頭塔」

写真:春野 公比呂

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頭塔の各面には合計44の仏龕(ぶつがん=仏像を安置するための厨子や小室)が設けられ、石仏が安置されていたが、その内、十三基の石仏が残っている。

一般人は立ち入ることができない神秘の「浮雲峯」

一般人は立ち入ることができない神秘の「浮雲峯」

写真:春野 公比呂

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東の県道80号に出ると、北東方向の春日大社を目指す。
市内の保育園や学校の「遠足の山」として親しまれている若草山に登ったことがある方なら、谷を挟んだ南方に円錐形の山を見たことがあるはず。それが春日大社背後の神体山「御蓋山(みかさやま)」(297m)。この山は大社の主祭神・武甕槌命が降臨した地で、山頂には「春日大社の元の宮」ということを意味する「本宮神社」が鎮座する。この社は延喜式内社「大和日向神社」に比定されており、小社にもかかわらず社格は高い。

一般人は立ち入ることができない神秘の「浮雲峯」

写真:春野 公比呂

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御蓋山の山頂部は「浮雲峯」、本宮神社(写真)は「浮雲宮」と呼ばれて神聖視されており、関係者以外は特別な期間を除き、登頂は許されない。社殿前の西側に一辺約7.5mの祭場があり、例祭時はここで巫女神楽が舞われる。昭和15年には社殿側から経塚遺跡が発掘された。

一般人は立ち入ることができない神秘の「浮雲峯」

写真:春野 公比呂

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山頂に山名碑があるということは、近代以前、大神神社の三輪山のように、届け出制で登山できる時期があったのかも知れない。その頃は展望が優れていたことだろう。

人力車道とこけし石仏「仏頭石」

人力車道とこけし石仏「仏頭石」

写真:春野 公比呂

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春日大社から南東の若宮神社に続く御間道の途中に本宮神社遥拝所がある。遥拝所で浮雲峯を遥拝すると、大社北西の桂昌殿北から北東に延びる小径を歩かれたい。この御手洗川沿いを遡る道は、明治期に造成された俥道(くるまみち)ではないかと思われる。それは、この道が吉城川(水谷川)沿いの月日亭に直通しているため。

現在の月日亭は料亭旅館だが、元々は明治36年、奈良県知事の迎賓館として建設されたもの。政財界の要人を乗せた人力車がこの道を行き来していたかも知れない。
尚、現在の地形図では、この道は車道として記載されているが、見ての通り、車が通れる状態ではない。

人力車道とこけし石仏「仏頭石」

写真:春野 公比呂

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吉城川沿いの道路(春日山遊歩道)に出ると、下流に向けて下る。途中、道沿いに、御蓋山山頂の北西下方の七本杉方向を示す道しるべが残っている。しかしその道も、そこより上流部にある御蓋山登山道も既に昭和期に廃道化している。

更に下って行き、北側斜面を注視していると、奇妙な石仏群「洞(ほら)の石仏」がある。中でも目を引くのが、高さ109cmの六角柱のこけし型石仏「仏頭石」。永正17年(1520)の銘があり、仏頭下の各面には十一面や如意輪等、各種観音像が彫られている。

人力車道とこけし石仏「仏頭石」

写真:春野 公比呂

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石仏群の中にもう一つ特徴的なものがある。安山岩の板碑状の石に薄肉彫りされたもので「洞の地蔵」という。建長6年(1254)の銘がある。

宗教と自然のディープな奈良をぜひ

元興寺の門前町として発展してきた奈良町は古い寺社がたくさんあり、幕末から明治に建築された旧家も多く残され、その景観と歴史を活かした資料館や店も随所にあります。一方、御蓋山山麓、春日山遊歩道沿いは特別天然記念物である春日山原始林に覆われ、心地よい森林浴を楽しめます。
歴史的町並みで仏教美術を堪能し、神聖なる神奈備山を遥拝してパワー(ご利益)を貰い、緑溢れる道を歩いて心身をリフレッシュし、ディープでコアな「知らない奈良」をご体験下さい。

掲載内容は執筆時点のものです。 1994/02/27 訪問

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