淡路島の日本誕生地から絶景スポットへ〜絵島からちひろ高原を回遊〜

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淡路島の日本誕生地から絶景スポットへ〜絵島からちひろ高原を回遊〜

淡路島の日本誕生地から絶景スポットへ〜絵島からちひろ高原を回遊〜

更新日:2017/04/20 12:42

春野 公比呂のプロフィール写真 春野 公比呂 学芸員資格

イザナギとイザナミ命が日本を創造した地として有名な、全島奇岩とも言える淡路市の絵島。この付近には他にも「神霊の島」やイザナギ命の洞穴等があります。この西方の高速淡路SAから徒歩でも行ける「淡路島公園」一帯は「ちひろ高原」と呼ばれるパノラマ展望地で、明石海峡から大阪湾、播磨灘を一望できます。高原から北の江崎灯台へと下って回遊する、自然と絶景、そして伝説に彩られたコースを是非お楽しみ下さい。

伝説と神霊の島・絵島と大絵島

伝説と神霊の島・絵島と大絵島

写真:春野 公比呂

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兵庫県本土から公共交通機関を利用して淡路島の絵島へ行くには、JR山陽本線や山陽電鉄本線の明石駅から南へ歩き、「淡路ジェノバライン」の岩屋行きの高速船に乗船すると便利。岩屋港の高速船発着所の向かいに、架橋された奇怪な島影の絵島がそそり立っています。標高20m、周囲400mの小島で、日本は最初にこの島からできたとされていますが、ここは約二千万年前の岩屋累層の砂岩が露出した所。

頂上に建つ宝篋印塔は、仁安元年(1166)、平清盛が大輪田泊(港)の築造時、人柱となった小姓・松王丸の慰霊のため、清盛が建立したもの。絵島大明神とも呼ばれていますが、現在、登頂は禁止されています。

伝説と神霊の島・絵島と大絵島

写真:春野 公比呂

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絵島の岩屋漁港を挟んだ南東には、絵島より一回り大きな陸続きの「大和島」があります。「大絵島」とも呼ばれ、昔は「神霊の島」として恐れられ、近づく者はいませんでした。

伝説と神霊の島・絵島と大絵島

写真:春野 公比呂

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大和島は県の天然記念物、イブキの群落に覆われ、頂上近くには大山積神の祠が祀られています。

渡哲也氏が育った風光明媚な地

渡哲也氏が育った風光明媚な地

写真:春野 公比呂

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大和島周辺の海は澄んでおり、海底の白砂が鮮やか。

渡哲也氏が育った風光明媚な地

写真:春野 公比呂

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大和島の南には、白砂が広がる「岩屋県民サンビーチ(岩屋海水浴場)」がありますが、前述の箇所同様、このビーチの遠浅の海も透明度が高く、きれい。明石海峡大橋や六甲山系も見渡せます。

渡哲也氏が育った風光明媚な地

写真:春野 公比呂

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サンビーチの西には、延喜式内小社・石屋(いわや)神社が鎮座しています。元は北の三対山(城山)にありましたが、中世、岩屋城築城の際、現在地へ移されました。この神社にある全長50mにも及ぶ長屋式門守殿は淡路島唯一の造り。
歴史のある社格が高い神社だけに、沢山の石灯籠が奉納されていますが、その中には、小学生時代をこの地で過ごした渡哲也氏奉納のものもあります。

淡路島屈指の絶景

淡路島屈指の絶景

写真:春野 公比呂

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石屋神社南から南西に上がる道路を進んで行った先に、134.8haの広大な県立淡路島公園が現れますが、当初は僅か32.8ha分しか開園されていませんでした。「花と緑と海の楽園」をコンセプトとして、ちひろ池(昭和池) を中心に整備されており、桜やスイセン、アジサイ等、四季折々の花を楽しめるほか、全長66mのローラースライダー等の各種大型遊具もあります。

池の東寄りには県内最古、大正7年(1918)、洲本川に架けられた鋼鉄製橋の塩屋橋が移設されています。

淡路島屈指の絶景

写真:春野 公比呂

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池の中ほどの北側には独特の景観を醸す「石の遊び場」があります。かなり大きな石も多く、古墳の石室型になっている箇所もあり、大人でも童心に返って遊べそう。

淡路島屈指の絶景

写真:春野 公比呂

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ちひろ池の東方、園内最高所である標高218mの地は淡路島屈指の展望を誇る「展望広場」で、明石海峡大橋を望む随一のスポットでもあります。’94年時は、無料の観光双眼鏡で明石海峡大橋の工事現場を見ることができました。

思わず食べたくなる岩とイザナギ命の洞窟

思わず食べたくなる岩とイザナギ命の洞窟

写真:春野 公比呂

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展望広場からは西に延びる道路を進み、陸橋を越えた先の三差路を左折すると、この道路の終点にもう一つの展望スポット「八畳岩」があります。いくつもの大岩群からなる地で、中には岡山県総社市の鬼ノ城近くにある「鬼の餅つき岩」に似た、餅のようなやわらかそうに見える岩もあります。因みに「鬼の餅つき岩」付近にも同名の八畳岩があります。

思わず食べたくなる岩とイザナギ命の洞窟

写真:春野 公比呂

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八畳岩下方斜面にも大岩・大石群は続いています。
眺望を楽しむと三差路まで引き返し、北西の「ちひろ梅林」から更に北方の開鏡山観音寺を目指します。ここは「淡路西国三十三ヶ所観音霊場」の打ち納め札所で、本尊は奈良時代作の聖観音菩薩像。境内には源平の宇治川の戦いで活躍した名馬「生月(いけづき)」の記念碑も建立されています。

思わず食べたくなる岩とイザナギ命の洞窟

写真:春野 公比呂

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観音寺からは北西の汐鳴山直下を北上し、桃林寺を経て県道31号に下ります。ここまで全て車道。そこからは県道を岩屋へ向けて進みますが、途中にある江崎灯台は明治4年(1821)、日本で8番目に建設された洋式灯台なので、立ち寄る価値はあります。

岩屋港交差点手前には恵比寿神社の鳥居がありますが、この社は昭和後期に創建されたもの。岩屋に於いて、イザナギとイザナミ命の間に最初に生まれたのが、恵比寿の祭神・蛭子命(ひるこのみこと)ですが、この神は身体が不完全な状態で生まれてしまったため、葦舟にのせられて流されてしまいます。命は神戸に流れ着いた後、西宮の西宮神社の神として祭られるようになったことから、この岩屋にも恵比寿社が建てられたものと思われます。

恵比寿神社の奥には、地名である「岩屋」の起源となった岩窟があります。ここは三対山北麓にあたり、洞内には岩樟(いわくす)神社の祠が祀られていますが、イザナギ命の永眠地とされているのです。古事記ではイザナギ命は日本国や主要な神を生むと、近江の多賀に鎮まられた旨、記述されていますが、日本書紀では淡路に幽宮(かくりのみや)を設け、隠れ住まったことになっているのです。その幽宮こそ、この洞窟であるとされていますが、入口は女陰の相をなしています。

現在、この洞窟の規模は高さ1.6m、幅1.1m、奥行3mですが、三対山が開発で削り取られるまでは、奥行が52mありました。この洞窟の左側にも複数の洞窟が開口していますが、これらは人工のもので、戦時中は防空壕として利用されていました。

伝説の風と潮の香りを感じるウォーキング

今回ご紹介したコースの殆どは車道のため、車で巡ることもできますが、それでは歴史の「風」や潮の香りを感じることはできません。各所の絶景や史跡は歩いて巡ると、車で探訪する際の数倍の感動を得ることができます。これは言葉で言い表すことはできません。体験して初めて味わうことです。

みなさんも是非、神々の伝説に彩られた岩屋地区でその「風」を感じ、ちひろ高原から汐鳴山で爽やかな潮風に吹かれながら絶景を堪能し、心ゆくまでウォーキングをお楽しみ下さい。

掲載内容は執筆時点のものです。 1994/02/18 訪問

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