まるで糸!超細長い淡路の天橋立「成ヶ島」は花と砲台の島

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まるで糸!超細長い淡路の天橋立「成ヶ島」は花と砲台の島

まるで糸!超細長い淡路の天橋立「成ヶ島」は花と砲台の島

更新日:2017/05/30 19:00

春野 公比呂のプロフィール写真 春野 公比呂 学芸員資格

淡路島洲本市の由良港から定期船で2分の無人島・成ヶ島は、南北約3kmにわたる細長い島。その幅は本家の天橋立より狭く、遠景では糸のように見えます。故に「淡路橋立」と呼ばれてきました。島には約300種の海岸植物、約50種の広葉樹が自生し、約500種の貝類が生息するほか、幕末と明治の砲台跡がそれぞれ複数あります。自然と歴史、潮干狩りを楽しめるアウトドアレジャーアイランドとしておすすめです。

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天橋立を凌ぐ絶景と由良要塞

天橋立を凌ぐ絶景と由良要塞

写真:春野 公比呂

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成ヶ島は渡船場から泳いで渡れるほどの近距離にあります。かつて島に国民宿舎があった頃ならいざ知らず、現在でも渡船はほぼ一時間に一本出ています。しかも帰りは後続の客がいなければ、電話するとすぐ迎えに来てくれることもあります。
由良港での駐車は係員の指示した場所に。もちろん無料。

天橋立を凌ぐ絶景と由良要塞

写真:春野 公比呂

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島側の船着場付近には、島を巡る詳しいコース案内図板が建てられています。まずは背後の島の最高峰・成山(52m)にある展望台に登りましょう。展望台からは島の淡路橋立部の全景を見渡せます。その姿は、まるで細長いシラスウナギが蛇行しながら泳いでいるかのよう。本家の天橋立に勝るとも劣らない絶景です。

天橋立を凌ぐ絶景と由良要塞

写真:春野 公比呂

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展望台後ろには円形の竪穴が開いたコンクリートの構造物があります。島の砲台跡には案内板が設置されていないのですが、これは明治24年9月に完成した陸軍由良要塞成山第一砲台の観測所跡。

由良要塞は紀淡海峡の海防のために造営されたもので、淡路島、成ヶ島、友ヶ島、和歌山市本土に砲台が築造されました。砲台観測所は敵艦隊の様子を視認して、大砲から発射される砲弾の距離や角度、着弾地点等を計算して報告する施設。

観測所跡背後の広大な芝生広場が国民宿舎跡で、成山第一砲台のあった所ですが、遺構の大半は国民宿舎建設時、破壊されています。広場南寄りには、砲座を囲んでいた円形の赤煉瓦壁の下部が地表に顔を出しています。

コースはここから北東、北西、南西へと進み、桟橋へ戻ってくるのですが、道沿いには成山第二砲台の複数の擂鉢型素掘り砲床が残っています。

広大なお花畑と化す「成ヶ島キャンプ場」

広大なお花畑と化す「成ヶ島キャンプ場」

写真:春野 公比呂

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船着場に戻ってきたら、いよいよ淡路橋立部に向かいましょう。碑の背後に見えているのが橋立です。

広大なお花畑と化す「成ヶ島キャンプ場」

写真:春野 公比呂

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橋立の付け根部分から各種花々を見ることができます。紫色の花はハマゴウ。

広大なお花畑と化す「成ヶ島キャンプ場」

写真:春野 公比呂

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橋立の付け根の平地は「成ヶ島キャンプ場」なのですが、目ぼしい建物等はなく、初夏はハマボウフウやハマダイコン等、白や黄色の花が咲くお花畑となっています。

徳島藩の二つの砲台跡

徳島藩の二つの砲台跡

写真:春野 公比呂

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島の幅が極端に狭まる手前には塩沼湿地帯があり、ハママツナ、ハマサジ、アイアシ等の海浜植物が自生しています。

一旦狭まった橋立の幅がやや広がろうとする地点を六本松と言い、島が陸続きだった時代、船着場がありました。写真の盛り上がった部分は安政元年(1854)に竣工した徳島藩のオランダ式台場「六本松台場跡」の土塁。台場の石垣は現在、積み直されて一直線になっていますが、元々は海峡側に鋭角的に張り出していました。

因みに明治初期に起こった徳島藩筆頭家老・稲田氏の家臣たちによる「稲田騒動」がなければ現在、淡路島と周辺の諸島は徳島県に属していました。

徳島藩の二つの砲台跡

写真:春野 公比呂

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橋立部にも各種海浜植物が花を咲かせていますが、特にハマヒルガオの群落は圧巻。

徳島藩の二つの砲台跡

写真:春野 公比呂

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橋立の南にある森は高崎と言います。ここにも徳島藩と由良要塞の砲台跡が残っています。高崎の入口にあるのが、六本松台場よりはるかに大きな徳島藩の高崎台場跡。安政2年に竣工後、安政5年に拡張工事を施しています。石垣が特に立派ですが、成山第一砲台跡にあった成山城の城壁石を転用しているのです。

GHQに破壊された砲台地下施設

GHQに破壊された砲台地下施設

写真:春野 公比呂

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高崎には由良要塞高崎砲台があり、2基8門のカノン砲が据えられていましたが、砲台施設は終戦時、GHQによって徹底的に破壊されたため、現在、ヤブの中にコンクリートや赤煉瓦の残骸を見るばかり。それでも砲床や観測所跡(灯台のある所)、井戸等はある程度残っています。写真は横穴式の砲側庫跡。

GHQに破壊された砲台地下施設

写真:春野 公比呂

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高崎からも糸のような淡路橋立を望むことができます。

GHQに破壊された砲台地下施設

写真:春野 公比呂

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淡路島側の由良要塞の砲台施設が一番多く残っているのは、生石(おいし)公園のある生石山の尾根。「旧淡路島ヴィラ」跡の砲台跡からは、淡路橋立と高崎を見渡すことができます。

貴重な自然と歴史の島で非日常体験を

成ヶ島ほど貴重な植物(レッドデータブック等の)や貝類が豊富で、且つ、アクセスが良い無人島は全国的に見ても稀。春から秋にかけて様々な花が咲くため、探訪時期を選びません。

由良要塞巡りということであれば、和歌山市本土と友ヶ島の砲台跡を巡った後、淡路島に渡り、成ヶ島や淡路島各所に残る砲台跡を巡るといいでしょう。ただ、淡路島の砲台については、由良要塞より昭和期の海軍の砲台が見応えあります。それは映画『硫黄島からの手紙』に出てくるような、掩蔽壕(えんぺいごう)格納型砲台だからです。

潮干狩りについては貝毒が発生することがあるため、事前に自治体にご確認下さい。
希少な海浜植物群と幕末・明治の戦争遺跡、橋立の絶景をお楽しみ下さい。

掲載内容は執筆時点のものです。 2008/05/03 訪問

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