万葉集に詠まれた飛鳥川を遡る!「奥飛鳥」に見る日本の原風景

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万葉集に詠まれた飛鳥川を遡る!「奥飛鳥」に見る日本の原風景

万葉集に詠まれた飛鳥川を遡る!「奥飛鳥」に見る日本の原風景

更新日:2017/06/06 14:16

木村 岳人のプロフィール写真 木村 岳人 フリーライター

飛鳥時代に大和朝廷の都が置かれていた奈良県明日香村には、その名もズバリ「飛鳥川」という川が存在します。かの『万葉集』にも数多くの歌が詠まれるなど、古代より人々によって親しまれてきた悠久の川です。

そんな飛鳥川の上流一帯は「奥飛鳥」と称され、山々に囲まれた狭い土地を有効活用した集落や田畑が広がっており、今もなお日本の原風景というべき農山村風景を目にすることができるのです。

奥飛鳥の入口に広がる「稲渕棚田」

奥飛鳥の入口に広がる「稲渕棚田」

写真:木村 岳人

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奥飛鳥へのアクセスは、明日香村のシンボル的な存在である「石舞台古墳」から。剥き出しになった巨大な石室を横目に県道を南へ進んでいくと、程なくして奥飛鳥の入口にあたる稲渕(いなぶち)地区に差し掛かります。

飛鳥川が作り出した稲渕地区の谷間には無数の水田が雛壇状に連なっており、「稲渕(いなぶち)の棚田」として日本の棚田百選にも選ばれています。春には菜の花、秋になると真っ赤なヒガンバナが咲き乱れ、黄金色の稲穂と共に織りなすコントラストは見事の一言。傾斜地の多い日本には全国に数多くの棚田が存在しますが、その多くが近世から近代にかけて築かれたものなのに対し、稲渕棚田の歴史は中世にまで遡るというから驚きです。

これらの棚田に使用する水はもちろん飛鳥川から取水しています。上流に堰を作り、井手と呼ばれる水路によって水田に導水しているのです。井手の数は数十本にもおよび、中でも「八幡だぶ」と呼ばれる淵から取水する「大井手」は全長3.8kmにも及んでいます。これらの井手が築かれたのは15世紀と伝わっており、今もなお地域の人々によって大切に維持管理がなされています。

「稲渕集落」に残る伝統ある祭事と飛び石

「稲渕集落」に残る伝統ある祭事と飛び石

写真:木村 岳人

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棚田を通り過ぎると、すぐに稲渕の集落に到達します。集落内を流れる飛鳥川には橋替わりの飛び石が置かれているのですが、『万葉集』にも「飛鳥川 明日も渡らむ 石橋の 遠き心は 思ほえぬかも」という歌が詠まれており、飛鳥時代からこのような飛び石が存在したと考えられています。

「稲渕集落」に残る伝統ある祭事と飛び石

写真:木村 岳人

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また集落入口の飛鳥川には男性のシンボルを象った「男綱(おづな)」と呼ばれる綱が掛けられており、毎年1月には飛鳥坐神社の神主が御祓いを行っています。これは子孫繁栄と五穀豊穣を祈ると共に、悪いものが飛鳥川を通って集落に侵入するのを食い止める為の神事です。

一方で稲渕集落の先にある栢森(かやのもり)集落の入口には女性のシンボルを象った「女綱(めづな)」が掛けられており、こちらでは竜福寺の僧侶によって祈祷が行われています。隣り合った集落同士、対になっている網掛け神事なのにも関わらず、一方は神式で、もう一方は仏式で祭事が執り行われるとは、なんとも興味深いですね。

高く積まれた石垣に伝統家屋が連なる「栢森集落」

高く積まれた石垣に伝統家屋が連なる「栢森集落」

写真:木村 岳人

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より上流に位置する栢森集落は、稲渕集落よりも飛鳥川に近い位置に集落が存在するのが特徴的です。増水による水害を避けるため飛鳥川に沿って石を高く積み、そうして築かれたわずかな平地に漆喰と立板張りの伝統家屋が連なります。中には急傾斜の茅葺屋根と緩やかな勾配の茅葺屋根を組み合わせた、この地方特有の「大和棟」を持つ家もあり、石積みと共に非常にユニークな集落景観を作り出しています。

高く積まれた石垣に伝統家屋が連なる「栢森集落」

写真:木村 岳人

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また栢森集落には川岸に下りるための石段が設けられている箇所もあり、かつては洗い場として利用されていました。このような川の利用といい、飛鳥川を通じて行われる祭事といい、古来より奥飛鳥の人々は飛鳥川と密接に結びついた生活を営んできたことが分かります。

興極天皇の雨乞い伝説が残る「女淵」と「男淵」

興極天皇の雨乞い伝説が残る「女淵」と「男淵」

写真:木村 岳人

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栢森集落より上流の飛鳥川は、行者川、寺谷川、細谷川の三つの流れに分かれます。そのうち細谷川には「女淵(めぶち)」および「男淵(おぶち)」という二つの滝淵があり、それぞれ女と男の竜神が棲んでいると伝えられています。

そのうち「女淵」には高さ6mの滝が落ちているのですが、その滝壺は極めて深く、長さ6mの竹竿を入れても底に達しなかったといいます。「男淵」は女淵の約1.5km上流の位置しており、高さ9mにもおよぶ滝が存在します。

いずれも雨乞いに霊験あらたとのことで、奈良時代に編纂された歴史書である『日本書紀』にも、持統天皇の祖母にあたる興極天皇がこの地で雨ごいをしたところ、直ちに雷が轟いて大雨が降ったと記されています。古代より飛鳥の地を潤し続けてきた飛鳥川は、まさに命の川だといえるでしょう。

奥飛鳥の最奥「入谷集落」の大仁保神社から眺める山々

奥飛鳥の最奥「入谷集落」の大仁保神社から眺める山々

写真:木村 岳人

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栢森集落からさらに山を登ったところにある「入谷(にゅうだに)集落」は、飛鳥川の源流の一つである寺谷川の水源地に位置しています。西に面した急斜面に家屋が身を寄せ合うように集まっており、それはさながら天空の集落といった様相です。

こちらの集落にも大和棟の家屋が現存しており、またお地蔵さんや石灯篭などの古い石造物が散在するなど、小さな山村集落ながら歴史ある風情を漂わせています。

特に集落の一番高い箇所に鎮座する大仁保神社からの眺めが素晴らしく、日本三大山城の一つである高取城が築かれた高取山をはじめ、晴れた日には金剛山、葛城山、二上山など、金剛山地の山々を一望することが可能です。

奥飛鳥でよりディープな明日香村観光を楽しもう

数多くの遺跡が密集し、数多くの観光客でにぎわう明日香村ですが、奥飛鳥まで足を伸ばす人はあまり多くありません。しかし奥飛鳥には古くから人々が営んできた生活の風景が今もなお色濃く残っており、2011年には国の重要文化的景観にも選定されました。

広大な棚田の稲渕集落、石積みと伝統家屋の栢森集落、眺めの良い入谷集落と、集落によってそれぞれ異なる個性があり、遺跡巡りとはまた一味違った、よりディープな明日香村観光を楽しむことができるでしょう。栢森集落の入口からは猿石を経由して高取城跡に抜けるトレッキングルートも存在しますので、高取城散策と奥飛鳥観光を組み合わせるのもアリだと思います。

明日香村観光は駅前でレンタサイクルを借りるが定番ですが、奥飛鳥へのアクセスもまたレンタサイクルが便利です。ただし山の上にある入谷集落だけはさすがに自転車だと大変ですので、自動車やバイク(道が非常に狭いので、くれぐれも運転にはご注意ください)もしくは栢森集落に自転車を停めて徒歩でいくのが良いでしょう。

掲載内容は執筆時点のものです。

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