青函連絡船、空襲…、物語を感じる本州北辺の港町〜青森〜

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青函連絡船、空襲…、物語を感じる本州北辺の港町〜青森〜

青函連絡船、空襲…、物語を感じる本州北辺の港町〜青森〜

更新日:2017/07/14 10:08

小谷 結城のプロフィール写真 小谷 結城 国内旅行業務取扱管理者、京都検定2級、温泉ソムリエ、日本城郭検定2級、国内旅行地理検定2級

青森の町の歴史はさほど古くありません。弘前藩による江戸への廻船が許可されたことで港町開発の必要性が生まれ、白羽の矢が立ったのが青森でした。藩主が家臣に青森建設を指示したのは寛永3(1626)年。ここから青森は発展していきます。近代に入れば青函連絡船も登場。更なる発展をするも空襲によって街は壊滅。それでも復興を果たし、県都としての地位を保っています。今回は、そんな物語性の感じる青森のご紹介です。

青森発祥の地「善知鳥神社」

青森発祥の地「善知鳥神社」

写真:小谷 結城

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町割は東西に4本、南北に7本の街路を通して碁盤の目状にしたところを基本としていました。それ以前は善知鳥(うとう)村と堤浦と呼ばれていた地域です。南北の街路は東に流れる堤川(駒込川)の手前で終わっており、西は善知鳥沼で終点。善知鳥沼には蔵屋敷が区画され、弁財天と行人屋敷が設置されていたそうです。

この善知鳥沼の場所が現在は善知鳥神社として現在もJR青森駅から東に1キロメートル歩いたところに残っています。存在が明確に確認できるのは江戸期の青森開港後に再建されてからですが、神社の由緒では東北を遠征していた坂上田村麻呂が大同2(807)年に再建したという古社であり、由緒の古さから青森発祥の地と言われています。

しかし、社殿は鉄筋コンクリート造。明治43(1910)年に青森の中心部が灰燼に帰した大火があり、善知鳥神社も焼失。同年に本殿を造営するも、今度は昭和20(1945)年の青森空襲によって再び焼けてしまい、現在の本殿は昭和30(1955)年の再建です。ちなみに社殿形式は正面に切妻破風を配した神明造。祭神は港町・青森らしく海にゆかりの深い宗像三女神です。

青森発祥の地「善知鳥神社」

写真:小谷 結城

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参道より歩いてきて境内を見る限り、善知鳥沼が消えてしまったかと思えますが、そうではありません。社殿の背後には、善知鳥沼を利用した池庭があります。池泉には弁財天宮も。清冽と呼べるような水ではありませんが、この淀みの底に青森の歴史が封じ込められていると考えればなかなか印象深いものがあります。

青森のことと人を伝える「青森県立郷土館と棟方志功記念館」

青森のことと人を伝える「青森県立郷土館と棟方志功記念館」

写真:小谷 結城

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善知鳥神社からは青森銀行の建物を利用したという青森県立郷土館が近いです。実質的な総合博物館であり、展示内容は県立博物館のような具合です。ここで青森空襲が激烈なものだったことが知れます。

昭和20年7月14・15日に戦闘機による機銃掃射によって10隻の青函連絡船が沈没し、北海道との連絡が断ち切られました。20日頃から27日にかけて空襲を予告するビラが投下。このビラは回収され、市民は一度は避難するも、県と市によって28日までに戻らなかった者には配給停止の措置を取るという脅しで避難をさせまいとしたそうです。消火活動に当たらせるためでしたが、実際は消火活動ができるようなレベルの空襲ではありませんでした。

空襲は28日22時37分から約70分間に及びました。対象地域の周辺から中心部に向かって焼夷弾を投下する方式です。死者は731名。避難から戻った人々でした。市街の約90パーセントが焼失し、中心部ではこの郷土館である旧青森銀行を含めた直撃を免れた鉄筋コンクリート造のいくつかが辛うじて残ったのです。内部は現在も銀行建築を留めていますが、外観は写真の通り白く塗られています。これも空襲の影響と思われてなりません。

青森のことと人を伝える「青森県立郷土館と棟方志功記念館」

写真:小谷 結城

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青森県立郷土館から南東に約1.5キロメートルほどの場所には、青森出身の版画家・棟方志功の業績をたたえる棟方志功記念館もあります。日本庭園に抱かれた、校倉造を模した鉄筋コンクリート造の建物です。展示室はそれほど広くありません。「やや少なめの作品数でも一点一点をじっくり見て欲しい」という棟方の希望に従ったものです。

しかし、作品は多彩。『釈迦十大弟子』など込められた気迫がありありと伝わる板画や、『弁財天妃の柵』のようにねぶたの色彩に影響を受けた鮮やかな色調と繊細なタッチの倭絵(肉筆画)などいずれの作品も強い存在感を放って見る者を圧倒します。市街にはこんなみどころも存在します。

青森と北海道を結んだ歴史「メモリアルシップ八甲田丸」

青森と北海道を結んだ歴史「メモリアルシップ八甲田丸」

写真:小谷 結城

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JR青森駅より北の青森港、3本の線路を引き込んだ朽ちた可動橋の先に係留された八甲田丸も見逃せません。昭和39(1964)年に就航し、昭和63(1988)年に青函航路の青森発最終便となった八甲田丸が、現在は青函連絡船の歴史を伝える施設になっています。

青函連絡船の開業は明治41(1908)年。以来、連絡船の需要は増し、このような客船が毎日3〜4隻で5〜6往復していました。所要時間は4時間。貨物船は10数往復しており、青函連絡船の往来がいかに盛んだったかを展示された当時のダイヤグラムが物語っています。青森の駅前も青函連絡船の開業が契機となって今日の発展の礎が築かれたのです。

青森と北海道を結んだ歴史「メモリアルシップ八甲田丸」

写真:小谷 結城

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大正末期になると北海道の石炭や食料を早く確実に運ぶことが期待され、貨車航送船が次々と導入。これが青函連絡船のオーソドックスになります。ちなみに太平洋戦争のとき、青函連絡船が攻撃対象とされたのも石炭等の資源輸送を受け持ったためでした。八甲田丸も船の底に貨車搭載設備を備えた貨車航送船です。橋の引込線と合致しそうな3本の線路が端から延びて4本に分岐し薄暗い船内に続きます。

船内には、青色の車体をした郵便貨物車のスユニ50形、1960年代に製造され特急路線網の確立に貢献した特急形気動車の代名詞的存在というキハ82系(写真)、全国で幅広く活躍したディーゼル機関車DD16形。鉄道好きにとっても見る価値のある場所でしょう。

青森で貴重な古い建物「青森市森林博物館」

青森で貴重な古い建物「青森市森林博物館」

写真:小谷 結城

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青森で青森県立郷土館のほかに近代建築が見られる貴重な観光施設がもう1か所。JR青森駅からやや西に離れた青森市森林博物館です。青函連絡船開業と同年の明治41年に青森大林区署庁舎として建てられた木造二階建ての建物で建築様式はルネサンス様式の擬似ですが、堂々とした佇まいです。青森大火と青森空襲を経験した青森にあって、最も貴重な建築物の一つと言えるでしょう。

壁は白緑色の下見板張り、屋根はエメラルドグリーンのトタン葺きマンサード屋根。建材は大部分を県下の国有林から精選されたヒバ材を使用しており、建材から見ても貴重な建物です。青森空襲では焼失を免れ、裁判所や検事局、法廷なども置かれた歴史があります。昭和54(1979)年に庁舎としての役目を終え、昭和57(1982)年から青森市森林博物館として開館したのです。

展示テーマは、森と人とのかかわり。全国初の森林博物館です。館内では、かつて津軽半島をまたいで運行していた日本初の森林鉄道・津軽森林鉄道の建設や運行のことから、世界最高齢でエベレスト登頂を果たした青森市出身の三浦雄一郎の記念色紙やスキー板の展示、往時の雰囲気を留める旧営林局長室など見るべきものはバラエティに富んでいます。

最後は街のビュースポット「アスパム」

最後は街のビュースポット「アスパム」

写真:小谷 結城

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八甲田丸から青森港を隔てて東、JR青森駅の北東に位置するのが最後の目的地、青森県観光物産館アスパムです。物産館でありながら、青森県も理解してもらうための場として昭和61(1986)年に開館しました。「アスパム」の名称は、青森県(Aomori)、観光(Sightseeing)、物産(Products)、館(Mansion)を英語に直訳し、その頭文字「ASPM」から取ったものです。

13階の地上51メートル、360度回廊式の展望台からは復興を果たした青森市街、かつては青函連絡船が往来していた陸奥湾を一望することができます。そして、市街の向こうには八甲田山系(写真)、陸奥湾の先には下北半島や津軽半島、天気が良ければ北海道まで望める青森ならではの眺望が楽しめます。夜景も一見の価値があります。

最後は街のビュースポット「アスパム」

写真:小谷 結城

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夜景も価値がありますが、アスパムそのものもライトアップされて魅力ある夜景をつくり出します。青森ベイブリッジもブルー、グリーン、オレンジといった具合に光が灯され、対比を成した2つのを眺めるのも一興です。

今も歴史は伝わっています

青森は復興を果たしましたが、中心市街に歴史ある戦前の建物はやはり見当りません。それでも、郷土の誇りを忘れることなく、残った施設などで今も青森の歴史を守り伝えています。また、実は戦火に見舞われ灰燼に帰しても江戸期からの町割が残っており、善知鳥沼と併せて都市建設当初の面影も感じることができるのです。青森は歩くほどにじわじわと魅力が滲み出てくる、そんな街です。

掲載内容は執筆時点のものです。 2017/05/29 訪問

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