今蘇る土佐の高知の「よさこい物語」〜伝承を追って高知から愛媛へ〜

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今蘇る土佐の高知の「よさこい物語」〜伝承を追って高知から愛媛へ〜

今蘇る土佐の高知の「よさこい物語」〜伝承を追って高知から愛媛へ〜

更新日:2017/07/31 14:27

春野 公比呂のプロフィール写真 春野 公比呂 学芸員資格

今や全国は元より海外でも開催されているよさこい祭り。ここで歌われているのは、幕末にあった二人の僧と少女との恋愛スキャンダル。しかし各地に残る伝承を見て行くと各人共、意外な人物像が浮かび上がってきます。少女一家が夜逃げしたことやかんざしを買った僧が別人だったこと、少女と脱藩した僧の曽孫が経営する食堂が現存すること等々、物語は今に生き続けています。高知、香川、愛媛へと、その舞台を巡ってみましょう。

それぞれの出生

それぞれの出生

写真:春野 公比呂

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物語の主要登場人物は三人。最年長は高知市の五台山竹林寺の脇坊の一つ、南ノ坊住職だった純信。文政2年(1819)10月10日、土佐市市野々の江渕要作の二男として誕生、幼名を要(かなめ)と言いました。江渕家はかつて家老・深尾氏家臣の使用人でした。
生家跡については諸説あり、定かではありませんが、昭和35年、純信の甥が純信の遺品を地元に寄贈して市野々に純信堂が建立されました。

それぞれの出生

写真:春野 公比呂

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純信の恋敵が純信に弟子入りして修行していた僧・慶全(慶禅)で天保2年(1831)、大月町柏島の護念寺13世住職の四男として生まれました。美男だったと言います。現在、寺の前に墓があります。

それぞれの出生

写真:春野 公比呂

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物語のヒロイン「お馬」こと大野馬は一般には天保10年(1839)12月27日、五台山麓の村に生まれたとされていますが、これは明治5年の戸籍を根拠にしたもの。しかしお馬一家には本籍を隠蔽しなければならない理由があったのです。葉山村(現、津野町)史には、子供の頃、お馬と一緒に遊んだという複数の老婆の証言が掲載されており、本当の生家は津野町永野本村だとされています。が、具体的な跡地は定かではないため、その付近の北方に「お馬誕生の地」碑、南方に拝み墓(写真)が建立されています。

夜逃げ屋お馬

夜逃げ屋お馬

写真:春野 公比呂

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純信は若年時より仏門に入り、土佐市や須崎市の寺で修行していましたが、南ノ坊住職になる数年前、弟の松蔵が寺男として勤めていた香美市土佐山田町楠目の吉祥寺(写真は跡地)の住職になっていました。

夜逃げ屋お馬

写真:春野 公比呂

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南ノ坊跡は県立牧野植物園内にあり、井戸の一つが保存されています。

夜逃げ屋お馬

写真:春野 公比呂

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お馬の父・新平は鋳掛屋を始めるため、一家は人通りの多い津野山街道(龍馬脱藩の道)沿いに移る(写真は家跡)のですが、新平の仕事は軌道に乗らず、借金を重ね、遂には客から預かった道具等も勝手に売り飛ばす始末。そしてとうとう一家は夜逃げして親戚を頼り、五台山麓に引っ越します。これが本籍隠蔽の理由です。

別れ話の相談相手と恋に落ちる

別れ話の相談相手と恋に落ちる

写真:春野 公比呂

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お馬一家は当初、五台山南麓の鳴谷に居住していたのですが、新平が藩の参政だった小倉家墓所の墓守に抜擢され、五台山東麓の長江に転居します。ここの住居跡に現在あるのが「お馬生家の井戸」碑の建つ井戸(復元)なのです。
お馬は城下の小倉家に女中奉公に出るのですが、その愛らしさ故「五台山小町」と呼ばれるようになります。

別れ話の相談相手と恋に落ちる

写真:春野 公比呂

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お馬は女中奉公期間が終わると、純信と同年の母・久万と共に五台山の各寺院を回り、法衣等衣類の洗濯をするようになります。
そんなある日、慶全が夜、檀家の法事を終えて南ノ坊へ帰る途中、道を踏み外して田圃に落ちてしまいます。たまたま近くにお馬宅があったため、袈裟を洗濯して貰ったのですが、この時、お馬と慶全は惹かれ合うことになります。
お馬と久万が五台山へ通っていた道を後世、「お馬路(みち)」と呼ぶようになり、現在でもお馬邸跡から牧野植物園まで道が残っています。

別れ話の相談相手と恋に落ちる

写真:春野 公比呂

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禁断の恋を続けていたお馬と慶全でしたが、慶全は他にも複数の後家と関係を持っていたことから、お馬の恋は醒め、別れ話を純信に相談するようになります。が、今度は純信とお馬が恋仲になってしまいます。二人は小倉家墓所の上にある「お馬岩」(写真)前でよく待ち合わせ、逢瀬を重ねていました。

追放後の二人

追放後の二人

写真:春野 公比呂

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慶全はお馬の心を取り戻そうと、はりまや橋南袂にあった橘屋でかんざしを買い求めましたが、お馬の心が変わることはありませんでした。そこで慶全は、はりまや橋でかんざしを買ったのは純信であると言いふらします。この噂は広まり、遂に安政2年(1855)5月19日夜、純信とお馬は脱藩します。途中、吉祥寺に寄り、道案内人を雇い、その者の案内で香美市物部町の笹番所を抜けて阿波の祖谷に下り、更に讃岐へと逃亡します。純信37歳、お馬17歳の時でした。

しかしそれから何日か後、二人は讃岐金毘羅の表参道一の坂にあった旅籠・高知屋(写真は跡地)に潜んでいた所を藩の追手に見つかり、土佐へと護送されます。

追放後の二人

写真:春野 公比呂

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二人は高知城下の三ヶ所の番所前で面縛刑(晒し刑)に処された後、純信は伊予へ、お馬は安芸川以東へ追放されました。お馬は追放後、安田町の四国霊場27番札所・神峯寺の参道口にあった旅籠、坂本屋(写真は跡地)で働き始めます。

追放後の二人

写真:春野 公比呂

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純信は追放された道の土佐北街道を終点の愛媛県四国中央市川之江町まで下り、侠客・川村亀吉の世話でその地に於いて寺子屋を開きます。
昭和35年、純信の寺子屋跡上方に市野々同様、純信堂が建てられました。

純信の曽孫と対面!

純信の曽孫と対面!

写真:春野 公比呂

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子弟の教育にあたっていた純信ですが、お馬への想いを断ち切ることができず、安政3年3月、行商人に変装して入国し、坂本屋を訪れ、お馬を連れ出そうとします。しかし心変わりしていたお馬は純信に従わなかったため、口論となり、再び二人は捕縛されてしまいます。純信はまたもや国外追放、お馬は名護坂以西に追放されました。

お馬は当初、須崎市池ノ内の世話役・土居家に預けられていましたが、そこで9歳年上の大工、寺崎米之助と出会い、二人は結婚します。米之助は土居家の親戚筋にあたる森家の南下に自ら新居(写真は跡地)を建設し、新婚生活を始めます。
二人は四人の子宝に恵まれました。その後、須崎の中心部に転居しましたが、一家は明治18年、東京に移りました。そして明治35年、お馬は波乱の生涯を閉じました。

純信の曽孫と対面!

写真:春野 公比呂

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純信は安政3年12月29日に亀吉が亡くなると川之江を後にします。しばらく消息を絶っていましたが、明治に入ると一旦土佐に戻った後、結婚して愛媛県久万高原町東川に移り住みます。そこでは「中田与吉」と名乗り、妻との間に一男一女をもうけました。娘のサダヨは明治21年1月15日に亡くなっていますが、与吉もその年の9月29日、恋に人生を翻弄された69年の生涯を閉じました。

純信の曽孫と対面!

写真:春野 公比呂

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中田姓はサダヨの弟が継ぎましたが、家を継いだのはサダヨで、婿養子を取って岡本サダヨとなりました。サダヨの孫の一人、与吉の曽孫にあたる方(写真)が久万高原町東川東古味で「しずか食堂」を経営されています。その方は父親から与吉のことを少し聞いていたそうですが、面長で背が高く、スラッとしていたそうです。

食堂ではアマゴ等の川魚や山菜等が食べられます。物語の伝承地巡りの締めくくりに、曽孫の方と会話しながら舌鼓を打たれては如何でしょうか。駐車場も完備しています。
尚、曽孫の方いわく、大人数で来店されると対応しきれないということなので、来店時は配慮を。

ストーリーツーリズムの醍醐味

よさこい節の歌詞「土佐の高知のはりまや橋で 坊さん かんざし 買うを見た」は元々、慶全にかんざしを売った橘屋の使用人、通称「助さん」が言った「おかしなことよな はりまや橋で 坊さん かんざし買いよった」を変えて歌ったものだと言われています。橘屋ははりまや橋地下道の壁面に描かれている藩政期のタイル絵でも確認できます。橘屋は終戦後、焼け野原で酒店を始め、現在の「国吉酒店」へと至っています。

本文では割愛しましたが、純信とお馬は龍馬と関わった人物とも会っています。純信は安政3年8月、龍馬に影響を与えた河田小龍に会い、お馬への恋文を託しましたが、既にお馬は結婚していたため、小龍はその恋文をお馬に渡すことはありませんでした。
お馬の方は須崎の土居家に預けられる前、龍馬が脱藩後、下関で会おうとしていた土佐勤王四天王の一人、吉村虎太郎と対面しています。当時、虎太郎は須崎の民政のトップ、庄屋だったのです。また、お馬はその前に龍馬も宿泊したことのある須崎の旅籠・富山屋前でも面縛されています。

これまで「よさこい物語」を伝説の類だと思っていた方も多いのではないかと思いますが、それが史実ということが分かり、各登場人物の人間臭さに触れると親近感が湧き、より「よさこい祭り」に興味を覚える方が出てくるのではないでしょうか。
物語の伝承地を訪ね歩くと、あなたはもう「よさこい物語」の登場人物。過去から現在へと続くネバーエンディング・ヨサコイ・ストーリーの旅へいざ。

掲載内容は執筆時点のものです。 2007/10/13−2017/07/16 訪問

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