鳴門・大塚国際美術館でたっぷり「モネ」の世界 鑑賞ガイド

鳴門・大塚国際美術館でたっぷり「モネ」の世界 鑑賞ガイド

更新日:2017/10/06 15:38

万葉 りえのプロフィール写真 万葉 りえ アマチュア写真家
世界中の名画約千点が陶板で再現され、その迫力ある展示に訪れる人が絶えないのが、徳島県鳴門市の大塚国際美術館です。フェルメール等、人気画家の作品が見逃せません。
その中で「日本人が最も好きな画家」といわれているクロード・モネ。この印象派の画家の作品を目当てに来訪する方も少なくないのです。大型の屋外展示と近代フロアに分かれて作品が展示されているので、モネの世界をたっぷりと楽しめるようご案内しましょう。
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ジャポニスムの流行

ジャポニスムの流行

提供元:大塚国際美術館

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1850年代、銅版画家のブラックモンは、パリの友人宅で日本からの荷物の中に包装に使われていた紙を見つけます。その紙に描かれていたのが葛飾北斎の「北斎漫画」の一部でした。その二年後にブラックモンは憧れていた「北斎漫画」を書物としてようやく手に入れ、彼は日本文化流行の立役者となっていきます。

さらに1867年のパリ万博。日本からの品々がパリに輸出され、ヨーロッパの芸術家たちはこれまで見たことがなかった日本文化に触れ、大きな影響を受けます。シーボルトが日本から持ち帰った荷物の中にも北斎の絵画がありオランダで展示されていたのですが、この頃からフランスの芸術界で「ジャポニスム(日本趣味)」という新しい風が強く吹くようになったのです。モネは、そのジャポニスムの影響を受けた中でも最たる画家でしょう。

大塚国際美術館内でまず初めに出会うモネの絵画が、最晩年に描いた「大睡蓮」です。モネの考えに従って楕円形に展示されているオランジュリー美術館と同じ世界が、大空の下に待っています。

大塚国際美術館の屋外展示

大塚国際美術館の屋外展示

写真:万葉 りえ

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1840年にパリで生まれたモネ。画家を目指してからは長い間大変貧しい生活が続きます。少しずつ認められノルマンディー地方のジヴェルニーにようやく土地を購入したのは1890年、50代になってからでした。そして1893年に川の水を引いて睡蓮の咲く池をもうけ、日本風の庭を造り始めたのです。そこには日本の植物も植えられ、その後沢山の作品に描かれるようになっていったのです。

大塚国際美術館の屋外展示

写真:万葉 りえ

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睡蓮を描き始めた頃は、太鼓橋を中心に睡蓮の池や柳が光の変化の中に描かれました。それが1900年代になっていくと太鼓橋が消え、池の水面が大きく描かれていくようになります。その後個展を終えてモネが考えたのが、一室を睡蓮で飾るという計画でした。しかし家族を亡くし、親しく助けてくれた印象派の同志たちも次々に世を去っていきます。またモネ自身も白内障で色がわからなくなるという状態に陥ったのでした。

そんなモネを、友人であり当時の首相であったクレマンソーがオランジュリー美術館のホールに作品を収めるように説得し力づけます。そして白内障の手術を受けてまで残りの生涯をかけて没頭したのが「大睡蓮」でした。

大塚国際美術館にもジヴェルニーに造られたのと同じような日本風の太鼓橋があり、その橋を渡ると先ほど紹介した「大睡蓮」が展示されています。まるで庭の中心で見ているように展示されたモネの世界。しばしモネが感じた風景の中に浸ってみてくださいね。

大塚国際美術館にあるモネの作品

大塚国際美術館にあるモネの作品

写真:万葉 りえ

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それではさらに時代を巻き戻していきましょう。モネの作品が13点も展示されているのがB1階の近代フロアです。モネと親しくしていた画家マネの世話により、モネは1870年代にセーヌ川に面した町アルジャントゥイユに住み始めます。この展示室には6年余りを過ごしたアルジャントゥイユの地名が入った作品も揃っています。

大塚国際美術館にはありませんが、マネは「庭のモネ一家」という作品を残しており、ルノワールはモネとともにキャンバスを並べて描く時もあったそうです。また、ドガなどの絵画もこのモネの展示室近くにあります。新しい絵画を生み出そうと苦労していた印象派の画家たちの作品もあわせて鑑賞しましょう。

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カミーユ…愛らしさは永遠に

カミーユ…愛らしさは永遠に

写真:万葉 りえ

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さらに時代を戻しましょう。「サロン・ド・パリ」に初出品して入選したもののその後は続けて落選し、サロンへの出品をやめていたモネ。親からは最愛の女性カミーユとの結婚を反対されているだけでなく、暖房も電気もない厳しい生活をしていたといいます。そんなモネが、ルノワールやドガらとともにサロンとは違う展覧会を開くという計画を立てます。それが第1回印象派展です。

今でこそこの展覧会は高い評価を得ていますが、当時の評価は散々。さらに債務が残ってしまうという結果で終わったのでした。そして数年後に開かれた第2回印象派展に出品したのが、「ラ・ジャポネーズ」です。着物の文様に入っているいかつい顔と愛らしいカミーユとの対比。美しく描かれたモデルのカミーユですが、この後、二児を残して、貧しい中で32歳で亡くなったそうです。また、菱川師宣の「見返り美人」を思わせるようなポーズ。背景にちりばめられたうちわとともに、モネが憧れたジャポニスムの世界をじっくりと堪能できます。

「ラ・ジャポネーズ」と同じ並びには、ルノワールの有名な「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」やマネの「オランピア」なども展示されています。

光と色を追いかけて

光と色を追いかけて

写真:万葉 りえ

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モネが晩年を過ごしたフランス・ジヴェルニーの邸宅内には、葛飾北斎や喜多川歌麿などの浮世絵が壁を埋め尽くすほど所蔵されていました。特に好んだのが歌川広重の名所絵だったそうで、自宅の庭のつくりにも大きな影響を与えたようです。「モネの庭に似ている!」と無名だった場所が日本人の間で話題になるのは、知らず知らずモネの絵画の中に日本的なものを感じ取っているからなのかもしれませんね。

そのジヴェルニーの庭も、それ自体がモネの芸術作品と言われています。作庭にあたっては、拡張を続けるだけでなく、自ら庭師に日本の植物を植えるように指示を出していたというほど熱心でした。その庭を情熱を傾けて描き、一生を終えたのが1926年の12月。そして、「大睡蓮」がオランジュリー美術館に収められ序幕式が行われたのが翌年の1927年でした。

40年以上モネが暮らしたジヴェルニーの名前を付けたカフェが、館内の「大睡蓮」の池に隣接されています。

光と色を追いかけて

提供元:大塚国際美術館

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5月には藤が咲き、6月〜9月末までは色とりどりの睡蓮も見られ、野鳥や蝶が訪れることも。遠くフランスで活躍したモネが描いた絵画に思いを馳せ、鑑賞の合間に一息ついてはいかがでしょうか。おすすめはケーキセット。数種のケーキが選べます。

大塚国際美術館 基本情報

光と色の微妙な変化を生涯をかけて描いてきたモネ。時間とともに移り変わる様をとらえた作品「大睡蓮」の世界を、大塚国際美術館でぜひ味わってください。

注1)モネの「大睡蓮」と「ラ・ジャポネーズ」は音声ガイドもあります。下記関連MEMOにある記事に音声ガイドや他の見所も紹介しています。参考にしてください。

注2)モネの「大睡蓮」は2017年11月28日(火)〜12月24日(日)まで更新工事が行われます。

<大塚国際美術館で鑑賞できるモネの作品>
B2階 
「モネの大睡蓮」オランジュリー美術館(フランス)
B1階
「ラ・ジャポネーズ」ボストン美術館(アメリカ)
「アルジャントゥイユの橋」ナショナル・ギャラリー(アメリカ)
「キャピシーヌ大通り」ネルソン・アトキンズ美術館(アメリカ)
「サン・ラザール駅」オルセー美術館(フランス)
「日傘の女」オルセー美術館(フランス)
「睡蓮・緑のハーモニー」オルセー美術館(フランス)
他、全14点 美術館のホームページからもご確認いただけます。

<基本情報>
住所:徳島県鳴門市鳴門町鳴門公園内
電話番号:088−687−3737
開館時間:9:30〜17:00(入館券の販売は16:00まで)

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掲載内容は執筆時点のものです。

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