横浜・神奈川区に伝わる「浦島伝説」!? 日本昔話ゆかりの地を巡る

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横浜・神奈川区に伝わる「浦島伝説」!? 日本昔話ゆかりの地を巡る

横浜・神奈川区に伝わる「浦島伝説」!? 日本昔話ゆかりの地を巡る

更新日:2017/08/23 12:09

咸月 潤のプロフィール写真 咸月 潤

日本昔話の中でも有名な『浦島太郎』は、日本全国に150か所以上もゆかりの地があるとされています。横浜市の神奈川区周辺もその一つ。古くから浦島伝説が伝わり、物語を思わせる数々の場所が残るこの地を訪れて、しばし古の時代へのタイムスリップを味わってみてはいかがでしょうか?

神奈川新町駅〜浦島伝説を思わせる数々の地名

神奈川新町駅〜浦島伝説を思わせる数々の地名

写真:咸月 潤

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神奈川区の『浦島太郎』伝説を巡る小さな旅は、京急本線の神奈川新町駅からスタートするのが便利です。駅の中央口を出ると、早くも伝説を思わせるものを発見できます。駅のすぐ前を通る道端にある車止めが、何とも可愛らしい亀の甲羅の形に!

神奈川新町駅〜浦島伝説を思わせる数々の地名

写真:咸月 潤

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この付近は海に近いため、駅から出て少し歩くと、すぐにこの写真のような運河を目にすることができます。昔ながらの面影を残す船着き場や木造家屋の風景が続き、散策すると非常に楽しい場所です。「浦島太郎の時代には、このあたりにどんな風景が広がっていたのか?」と想像しながら歩くのも一興です。

神奈川新町駅〜浦島伝説を思わせる数々の地名

写真:咸月 潤

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神奈川新町駅から南側に広がる一帯は、その名も「浦島町」。『浦島太郎』の伝説が、地名にも色濃く反映されています。他にも「浦島丘」、「亀住町」、「七島町」、「宝町」などの地名があり、目にするたびに驚きを感じることと思います。

住宅地に残る「足洗いの井戸」と「足洗い川」

住宅地に残る「足洗いの井戸」と「足洗い川」

写真:咸月 潤

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運河に沿って北東の方向に進んでいくと、「子安通」という地名の場所にたどり着きます。この地名も、どことなく浦島伝説を連想させます。
この子安通の一丁目に残されているのが、浦島太郎が浜から上がった後に足を洗ったとされる、「足洗いの井戸」です。現在では飲用水として利用することはできませんが、地元の方たちには長く親しまれてきた井戸であるとのことです。
この井戸は住宅がかなり密集した場所にあるため、見つけるのはなかなか至難の業です。また、訪れる際は付近の方々に迷惑にならないような配慮も必要です。

住宅地に残る「足洗いの井戸」と「足洗い川」

写真:咸月 潤

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「足洗いの井戸」から子安駅の反対側に抜け、大口通りの片隅には、同じく浦島太郎が足を洗ったとされる「足洗い川」の碑が建っています。川自体は今では暗渠となり、昔の面影を見ることはできません。

浦島父子の供養塔が残る蓮法寺

浦島父子の供養塔が残る蓮法寺

写真:咸月 潤

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大口通りからほど近い七島町には、浦島太郎のゆかりの品を残す、蓮法寺というお寺があります。長い階段を上った丘の上にある蓮法寺は、厳かな雰囲気が漂う魅力的なお寺です。

浦島父子の供養塔が残る蓮法寺

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この蓮法寺は、もともと浦島太郎のゆかりの品々を祀っていた「観福寿寺」というお寺が明治初期に火災でなくなったため、その一部を引き継いだという歴史があります。そのゆかりの品の一つが、浦島太郎と父親の供養塔です。
ちなみに、火災で焼失したものの中には、浦島太郎が持ち帰ったとされる玉手箱や釣り竿もあったとのこと。今となってはそれらがどのような姿だったのか、知る由もありません。

「浦島地蔵」は何を語る?

「浦島地蔵」は何を語る?

写真:咸月 潤

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蓮法寺から第二京浜に沿って神奈川新町駅方面に戻る途中、その名も「亀住町」という地名のエリアがあります。その公民館の横にひっそりと佇んでいるのが、浦島太郎ゆかりの品の一つ、「浦島地蔵」です。
この地蔵も、もとは先述した「観福寿寺」に祀られていて、火事の後に別の寺に移されるはずだったもの。ところが、移動の途中に運搬役の牛がこの場所で突然動かなくなり、仕方なくこの亀住町に安置されたという逸話が残されています。果たして、浦島地蔵は何を語ろうとしていたのでしょうか?

浦島太郎を祀る「慶運寺」と「成仏寺」

浦島太郎を祀る「慶運寺」と「成仏寺」

写真:咸月 潤

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次に訪れるのは、JR東神奈川駅の南に位置し、別名「浦島寺」とも呼ばれる「慶運寺」。浦島太郎にまつわる記念物が多く祀られています。また、江戸時代末期の横浜開港の際、フランス領事館として使用されていたことでも知られるお寺です。
入り口の石碑にはやはり亀を思わせる動物の像が見えますが、実はこれは「贔屓(ひいき)」という龍の子ども。ことわざの「贔屓の引き倒し」の語源にもなった、想像上の生き物であるとのことです。

浦島太郎を祀る「慶運寺」と「成仏寺」

写真:咸月 潤

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このお寺の境内には「浦島観世音堂」というお堂があり、ここには太郎が竜宮城へ行った際に乙姫からもらったとされる、観音菩薩などが安置されています。同寺のHPによると、観音菩薩はとても柔和な面立ちで、亀の背上に立っているとのこと。12年に一度、子年にしか開帳されません。

浦島太郎を祀る「慶運寺」と「成仏寺」

写真:咸月 潤

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慶運寺からほど近い場所にある「成仏寺」は、開港当初アメリカ人宣教師の宿舎に使われていて、ヘボン(ヘボン式ローマ字の創始者)が住んでいたことでも知られています。
その成仏寺の境内に、「涙石」と呼ばれる不思議な形の石があります。これは、竜宮城から帰ってきた浦島太郎が腰を下ろし、過ぎし日を偲んで涙を流したという伝説が残る石です。不思議なことに、潮が満ちてくると湿気を含み、表面が濡れてくるとのことです。もしかしたら石の表面の無数の筋は、浦島太郎が今でも流し続ける涙の跡なのかもしれません。

町に眠る物語を訪ねて―

神奈川区に残る浦島伝説ゆかりの地、いかがでしょうか?
写真をご覧になって分かるように、これらの場所はともすると素通りされてしまうような町の片隅に、ひっそりとあります。それでも訪れてみると、今はもう失われた古の時の風景や、昔の人々の様々な感情を想像できることと思います。
そんな、何気なく広がる町の風景がまったく違ったものに見えてくる感覚を、是非味わってみてください。

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掲載内容は執筆時点のものです。 2016/07/10 訪問

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