写真:乾口 達司
地図を見る氷室神社は奈良公園に隣接する地に鎮座しています。創建は奈良時代。 その名のとおり、真冬に作られた氷を備蓄するために建てられた「氷室」にちなんでいます。
毎年9月30日から10月1日にかけてとりおこなわれる氷室神社の例祭は、平安時代後期の鳥羽天皇の時代、疫病をはじめとするわざわいを鎮めるためにはじめられました。「夕座舞楽」はその例祭のなかの一環として、毎年10月1日の夜5時頃からとりおこなわれます。
写真は「夕座舞楽」のとりおこなわれる夜の門前を写した一枚。近年は社名にちなんで氷の献灯もおこなわれており、ご覧のように、参道の両側に置かれた氷の明かりが参道の道明かりとなっています。雰囲気が出ていると思いませんか?
写真:乾口 達司
地図を見る例祭の夜は境内に明かりがともされ、本殿も暗闇のなかから浮かびあがります。舞楽鑑賞の前にまずは本殿にお参りしましょう。
写真:乾口 達司
地図を見る肝心の舞楽は本殿前の舞殿でおこなわれます。舞殿のまわりには椅子も並べられているので、腰掛けてゆっくり鑑賞したい人には有り難い配慮。拝観料も必要ありません。
なんて贅沢なのでしょう。そう思う方も多いのではないでしょうか。
写真:乾口 達司
地図を見る氷室神社の例祭では、江戸時代の終わりまで、2日間にわたって38曲も舞楽が演じられていたとのこと。現在ではさすがにそこまでの数が上演されることはありませんが、それでも10曲近い数の舞楽が演じられます。
写真は最初の「振鉾(えんぶ)」。その名のとおり、鉾を持って舞う舞で、これから舞楽をはじめるにあたり、舞台上の邪気を払い、清める目的で舞われます。
写真:乾口 達司
地図を見る写真は「萬歳楽(まんざいらく)」。瑞鳥とされる鳳凰の姿を模しており、隋あるいは唐代に皇帝の命によって作られた演目とされています。したがって、慶賀の際には必ず舞われる舞ですが、赤い装束をまとった舞人がいずれも女性であるという点も、気品にあふれた印象を見るものに与えてくれます。
写真:乾口 達司
地図を見る写真は「延喜楽(えんぎらく)」。その名は平安時代の延喜年間(901年〜923年)に作られた演目であることに由来します。
舞楽というと、古代に大陸から伝来した舞であるようなイメージを持たれがちですが、「延喜楽」のように日本で作られたものもあるのです。ご存知でした?
写真:乾口 達司
地図を見る「賀殿(かてん)」は先ほどの「萬歳楽」と同じく赤系統の装束を身にまとっています。それぞれの装束や舞い方がどう違うのか、ご自身の目でお確かめください。
写真:乾口 達司
地図を見るときには、小さなお子さまたちが舞人として登場することもあります。彼らの日頃の訓練の成果もあたたかい目で見守ってあげましょう。
写真:乾口 達司
地図を見る舞楽といえば「蘭陵王(らんりょうおう)」といわれるくらい、「蘭陵王」はもっともよく知られた演目です。北斉の王族で絶世の美男子といわれた高長恭を主人公にした演目で、自軍の士気を高めるため、あえて恐ろしい龍の面をつけて戦い、勝利をおさめたエピソードにちなんでいます。
写真:乾口 達司
地図を見る「納曽利(なそり)」は龍が昇天する様子を表したとされる舞で、面は龍をかたどっています。「蘭陵王」とはつがいになる舞とされ、「蘭陵王」の後に演じられます。
「納曽利」が演じられると、夕座舞楽もそろそろ終盤です。
写真:乾口 達司
地図を見る「蘭陵王」や「納曽利」が演じられる頃には、あたりもすっかり暗くなっています。その光景に幻想的なイメージを抱く方もきっと多いことでしょう。最後までご堪能ください。
写真:乾口 達司
地図を見る舞楽といえば、雅楽の演奏によって演じられる舞。したがって、舞楽だけを拝見しているだけでは不充分であり、舞楽の世界を盛り上げる雅楽の音色も楽しみましょう。夜空に響く雅楽の音色、非日常的で必ずや旅の良い思い出となるでしょう。
もちろん、氷室神社の夕座舞楽で奏でられる雅楽は、たくさんの奏者の合奏による生演奏!客席の後方に奏者たちの座る部屋があり、彼らはそこから舞殿で演じられる舞楽を見て演奏しています。したがって、演奏中は奏者たちの前に立つことは御法度ですが、支障のない範囲で彼らの珍しい演奏風景もご覧ください。
いかがでしたか?古代以来の数々の芸能を伝える古都・奈良といえども、数々の舞楽を間近で見られるのは、氷室神社のほか、いくつかの社寺に限られており、きわめて貴重です。秋の夜長、氷室神社で華麗な「夕座舞楽」をお楽しみください。
※…演目は毎年変わります。
2024年9月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。
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(2024/9/10更新)
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