涙でネズミの絵を描いた「雪舟」ゆかりの岡山「井山宝福寺」で紅葉を楽しもう!

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涙でネズミの絵を描いた「雪舟」ゆかりの岡山「井山宝福寺」で紅葉を楽しもう!

涙でネズミの絵を描いた「雪舟」ゆかりの岡山「井山宝福寺」で紅葉を楽しもう!

更新日:2017/09/29 17:32

モノホシ ダンのプロフィール写真 モノホシ ダン 総合旅行業務取扱管理者、総合旅程管理主任者

岡山県総社市にある「井山宝福寺」は画聖と呼ばれた「雪舟」ゆかりの禅寺です。雪舟が修行をおろそかに絵ばかり描いて柱に縛り付けられ、足の指を使って涙で描いたネズミのエピソードはあまりに有名です。また宝福寺は岡山県きっての紅葉の名所としても知られています。画聖「雪舟」の面影と燃えるような紅葉を鑑賞しに宝福寺へ行ってみませんか?

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宝福寺ゆかりの「雪舟」とネズミの話

宝福寺ゆかりの「雪舟」とネズミの話

写真:モノホシ ダン

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「雪舟」は今から約600年前の室町時代の水墨画家・禅僧です。いまの岡山県赤浜の出身で幼年に僧を志して「井山宝福寺」に入りました。有名な「涙で描いたネズミ」のエピソードはこの頃の出来事で、小僧の雪舟は修行もそこそこに絵ばかり好んで描いていました。そこで見かねた和尚が懲らしめのため雪舟を柱に縛りつけてしばらくして様子を伺いに行くと1匹のネズミが雪舟の足元に。

すぐに追い払おうとしたところそれは雪舟が自身の涙で描いたネズミでした。あまりの才能に感心した和尚は以後、雪舟に自由に絵を描くことを許可したというものです。後世の創作という説もありますが、いずれにせよのちに「画聖」と謳われた雪舟らしい話ですね。写真は宝福寺の山門前にある雪舟とネズミの銅像です。

宝福寺ゆかりの「雪舟」とネズミの話

写真:モノホシ ダン

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境内では他にも雪舟の像があります。写真は方丈前にある雪舟の石像で雪舟が小僧時代に柱に縛られて涙でネズミの絵を描いたという伝説はこの「方丈」の堂内での出来事です。方丈は1575年(天正3年)に備中の戦乱の際に焼失し、雪舟が縛られたという柱は現存していません。

ちなみに雪舟はその後、京都の相国寺で修行し、47歳のときに遣明使の一員として中国の明に渡航、約2年間に渡って中国の有名画家たちに会い水墨画の世界を探求しました。中国の雄大な自然の風景は雪舟の画風に深い影響を与え、帰国後は現在の国宝にも指定されている見事な水墨画を多数残しました。雪舟は長命し、亡くなったのは87歳と言われています。

宝福寺ゆかりの「雪舟」とネズミの話

写真:モノホシ ダン

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宝福寺の仏殿内には雪舟と涙で描いたネズミの伝説の絵画が。この絵は岡山県出身の肖像画家「秋山清水」氏の作品で、秋山氏は有名実業家や大物政治家などの数多くの肖像画を手がけたことで有名な人物でもあります。

「井山宝福寺」とは

「井山宝福寺」とは

写真:モノホシ ダン

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雪舟ゆかりの「井山宝福寺」は創建年代は不明ですが、もとは天台宗の古刹であったものを鎌倉時代に当時の住職であった鈍庵(どんあん)和尚が臨済宗東福寺派に改宗しました。京都の東福寺も同じく紅葉の名所として有名なので、なにか因縁めいたものを感じますね。

宝福寺は最盛期には塔頭55、末寺約300寺の大寺院となり隆盛をきわめましたが、戦国時代に備中戦乱が起こり三重塔を残してことごとく灰燼に帰しました。写真は明治時代に復元された山門です。江戸時代には仏殿・方丈・庫裡などの七堂伽藍が復興され近世禅宗寺院として現在に至っています。

「井山宝福寺」とは

写真:モノホシ ダン

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本堂にあたる「仏殿」は1735年(享保20年)に再建されたもので、秋には美しい紅葉に包まれます。

「井山宝福寺」とは

写真:モノホシ ダン

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仏殿の天井には直径6メートルの龍の画が。約250年前に描かれたもので、俗に「水吞みの龍」といいます。これは夜ごとに出ては白蓮池の水を吞み、里人がこれを恐れたので、龍の目に釘を打ちこれを封じたのでそう呼ばれています。

宝福寺の由来の「千尺井」

宝福寺の由来の「千尺井」

写真:モノホシ ダン

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雪舟が縛られた柱があったといわれる「方丈」です。前述のように戦国時代に焼失し、その後、二度にわたって復興したのが現在の方丈です。

宝福寺の由来の「千尺井」

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宝福寺の山号は「井山」といいますが、写真はその元になった井戸です。およそ700年前の開山の祖である鈍庵和尚の頃、時の四条天皇が客星の祟りを受けて病臥しました。その際に鈍庵は勅命を受けてここに段を設け、7日間祈祷すると突如、客星が大音響とともに落下。天皇の病気はたちまち平癒し、宝福寺は以後、国家鎮護祈る勅願寺となりました。この時の落星の地に井戸を掘り「千尺井」と名付け、井山という山号はこれに因んだものです。

宝福寺の由来の「千尺井」

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戦国時代の戦乱で宝福寺の伽藍のほとんどが失われたときに唯一残ったのが写真の「三重塔」です。塔高約18メートルで、今より約650年前の南北朝時代の建築物です。岡山県下では2番目に古い三重塔で、国の重要文化財に指定されています。

紅葉のライトアップもおすすめ

紅葉のライトアップもおすすめ

写真:モノホシ ダン

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宝福寺では紅葉の時期にはライトアップも行われています。2017年のライトアップは11月10日(金)〜12日(日)までの3日間の予定です。紅葉に包まれた境内の幻想的なライトアップもおすすめです。宝福寺ゆかりの僧「雪舟」は同じく室町時代に活躍した僧「一休」と並ぶ有名人です。雪舟の面影と燃えるような紅葉を鑑賞しに宝福寺へと行ってみませんか?

井山宝福寺の基本情報

住所:岡山県総社市井尻野1968
電話番号:0866-92-0024
アクセス:JR総社駅から車で8分。岡山自動車道・岡山総社ICから車で10分。JR総社駅からレンタサイクルで15分。

2017月9月現在の情報となります。変更となる場合がありますので、公式サイトなどで最新情報を必ずご確認ください。

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掲載内容は執筆時点のものです。 2013/11/23 訪問

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