千曲川畔の寺の町・信州飯山“雪国の小京都”の風情をたどる

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千曲川畔の寺の町・信州飯山“雪国の小京都”の風情をたどる

千曲川畔の寺の町・信州飯山“雪国の小京都”の風情をたどる

更新日:2017/11/05 13:20

和山 光一のプロフィール写真 和山 光一 ブロガー

日本有数の豪雪でも知られる信州飯山。上杉謙信が築城した飯山城を中心に城下町として栄え、22の自社が立ち並ぶ寺の町です。文豪・島崎藤村は、この寺の多い雪国の町を“雪国の小京都”と謳いました。奥信濃の里山にある各寺社をつなげる「寺めぐり遊歩道」は、ところどころに古い社、数々の文学碑をはさみながらめぐる石畳風の小路です。ひっそりと佇む寺社群、雁木の町並み、風情ゆかしい寺の散策を楽しんでみてください。

飯山の寺まちの代表格。真田家ゆかりの「正受庵」

飯山の寺まちの代表格。真田家ゆかりの「正受庵」

写真:和山 光一

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小高い丘の上にひっそりと佇む「正受庵」は、臨済宗の再興者・名僧正受老人(恵端禅師)が終生、座禅三昧の厳しい修行を積んだ場所。寛文6年(1666)に建立された茅葺きの禅堂です。鳥の声や虫の音に包まれた静かな本堂は、手入れの行き届いた白砂の庭と木々の緑に美しく調和しています。映画『阿弥陀堂だより(2002年)』で主人公の恩師の居宅として使われ、庵から眺める景色に心癒されるワンシーンが登場していますよ。

江戸の志道庵、犬山の輝東庵と共に天下の三庵として古来より知られ、全国古寺名刹百選にも選ばれている、寺の町飯山を代表する歴史ある風景です。

飯山の寺まちの代表格。真田家ゆかりの「正受庵」

写真:和山 光一

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恵端は松代藩主・真田信之の庶子で、縁あって飯山城で生まれ育ち、江戸修行や諸国行脚を経てこの地に庵を結んだといわれます。そのため賽銭箱には真田の六文銭が描かれ、庭には飯山藩主・松平忠倶から拝領した写真左端に映る軒端の水石や数珠の老栂が今も残っています。

飯山の寺まちの代表格。真田家ゆかりの「正受庵」

写真:和山 光一

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正受庵への登り口である参道は、別名「白隠蹴落し坂」と呼ばれ、臨済宗中興の祖・白隠が宝永5年(1708)来庵した際、「こんな小庵の和尚如き・・・」と含んだ高慢な態度を戒めるために白隠を蹴落したと伝えられるいわくつきの参道です。

参道を下ったところから寺めぐりコースが始まり、先ずは1km先の「明昌寺」「忠恩寺」を目指します。

臨済宗 妙心寺派 正受庵の基本情報
住所:長野県飯山市飯山1871
電話番号:0269-62-3495
境内拝観自由

静寂の寺をめぐり、七福神に出会う小京都「信州飯山」

静寂の寺をめぐり、七福神に出会う小京都「信州飯山」

写真:和山 光一

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島崎藤村が『破戒』や『千曲川のスケッチ』の中で描き、謳った“雪国の小京都”飯山は、今も昔も寺の町です。現在市内には全部で22の寺社が点在し、寺から寺へと結ぶ遊歩道「寺めぐり遊歩道」が整備されていて、しっとりとした寺町めぐりを楽しむ人の格好のコースとなっています。

「明昌寺」は、大聖寺の末寺で飯山城主松平遠江守により建立され俳句の寺として有名です。「延命長寿」の寿老人を祀っています。

坂を少し下ると江戸時代、飯山藩主の松平氏、本多氏の菩提寺である「忠恩寺」があります。本堂は享保18年(1733)に再建されたもので、外陣天井には見事な「龍の天井絵」も。また護国殿には、本多廣孝が徳川家康から拝領した黒本尊阿弥陀如来像が安置され、毎年8月15日のみ公開される寺宝として知られています。「清廉度量」の布袋尊のお寺になっています。

<忠恩寺の基本情報>
住所:長野県飯山市大字飯山奈良沢2029

静寂の寺をめぐり、七福神に出会う小京都「信州飯山」

写真:和山 光一

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雪国の小京都・飯山のなかでも指折りの古刹が「称念寺」。忠恩寺から石垣づたいに歩いたところにあり、秋には石段から山門の紅葉が見事なお寺です。苔寺とも呼ばれ、紅葉の時期にはカエデの見事な赤と小さいながらも手入れも行き届いた苔の緑の絨毯との対比が鮮やかで、市内でも最たる美しさです。

<称念寺の基本情報>
住所:長野県飯山市大字飯山奈良沢2028

静寂の寺をめぐり、七福神に出会う小京都「信州飯山」

写真:和山 光一

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1607年、飯山城主掘丹後守直寄の時に現在地に移転したのが「妙専寺」です。スキー伝来の際、越後高田でレルヒ少佐から一本杖スキーを習い、飯山地方に普及させた第17世住職市川達譲の像があります。この参道は、達譲が長野県で初めて一本杖スキーでシュプールを描いた場所なのです。

<妙専寺の基本情報>
住所:長野県飯山市大字飯山愛宕町2020

雁木通りと並行するように、点在する寺社をつなぐ「寺めぐり遊歩道」

雁木通りと並行するように、点在する寺社をつなぐ「寺めぐり遊歩道」

写真:和山 光一

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江戸時代に一世を風靡した画僧・武田雲室の出身寺、武田氏の末裔が建立した「光蓮寺」から、一度「愛宕町雁木通り」に出ます。雁木とは雪よけの屋根のことで、冬を快適に過ごすための雪国ならではの知恵です。寺院が保護されるとともに、仏壇作りも盛んになっていき、愛宕町は別名仏壇町とも言われ、今も約40軒の家が仏壇作りを生業としています。約300mにわたって雁木が再現された通りには全国的にも珍しく、仏壇店が軒を連ねていることから別名「仏壇通り」とも呼ばれています。

雁木通りと並行するように、点在する寺社をつなぐ「寺めぐり遊歩道」

写真:和山 光一

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天正19年(1591)當白和尚が開基した「常福寺」は、飯山藩主、佐久間備前守が城下町経営のために市内小堺から寺領を与えて移転したといわれています。座禅道場を併設し、希望者は座禅を体験することができます。「有福蓄財」の大黒天が、座禅道場の入口に鎮座し、参禅者の幸福を見守っていますよ。

隣にある「西念寺」は親鸞聖人の高弟成然坊の開山。松平遠江守が飯山藩主となった際に遠州掛川から移転してきたことから、墓地には松平氏家臣の墓が多いとのことです。

<常福寺の基本情報>
住所:長野県飯山市大字飯山愛宕町3210

雁木通りと並行するように、点在する寺社をつなぐ「寺めぐり遊歩道」

写真:和山 光一

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「本光寺」は岩井備中守信能が飯山城を築いた時、居城山口城にあった七面大明神をこの地にまつったのが開基とされます。松平遠江守忠倶により大阪から招かれ、数々の用水を開設、現在の飯山水田を作った野田喜左衛門の墓があります。

「芸道富裕」の弁財天が、同じ女神である本尊と共に七面堂に祀られています。

<本光寺の基本情報>
住所:長野県飯山市大字飯山神明町3188

飯山を訪れた文人墨客の足跡を偲ぶ小旅行「寺めぐり遊歩道」

飯山を訪れた文人墨客の足跡を偲ぶ小旅行「寺めぐり遊歩道」

写真:和山 光一

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江戸時代初期の飯山城主・掘、佐久間両氏の菩提寺である「大聖寺」は、木曽義仲の臣、今井兼平の子孫の今井内記が、父親の菩提を弔うために創立しました。明治初年、山岡鉄舟が正受庵再興のために訪れ滞在した時の雄渾な筆跡の襖絵が残っています。ここでは永平寺で修行された若住職によって作られる精進料理が予約制でいただけますよ。「勇気受福」の毘沙門天のお寺です。

愛宕町にある「寺めぐり遊歩道」は、称念寺から写真の大聖寺までの1.1km、50分の行程です。

<大聖寺の基本情報>
住所:長野県飯山市大字飯山神明町3177

飯山を訪れた文人墨客の足跡を偲ぶ小旅行「寺めぐり遊歩道」

写真:和山 光一

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「人望福徳」福禄寿の「英岩寺」には5分程で着きます。本堂には、幸福と封禄、長寿を兼ね備える神、福禄寿がでんと構えていて、さすが年齢千年の仙人、長寿を象徴する鶴と亀を従えています。

飯山で最古の寺であり、初代飯山城主泉重信の菩提寺です。境内には川中島合戦で名を馳せた謙信の直臣で「鬼」と呼ばれた槍の名人、鬼小島弥太郎の墓もあります。

<英岩寺の基本情報>
住所:長野県飯山市飯山市ノ口3399

飯山を訪れた文人墨客の足跡を偲ぶ小旅行「寺めぐり遊歩道」

写真:和山 光一

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英岩寺と飯笠山神社を結ぶ「寺めぐり遊歩道」は間近に民家や畑がある水路脇を歩いていきます。飯笠山神社は急な階段を上がると境内があり、商売繁盛・家内安全の神、「愛敬富財」恵比寿天の彫像が、本堂右手に木漏れ日を浴びてたっています。謙信ゆかりの神社は「飯山」という地名の由来と考えられ、歴代城主の祈願所、飯山の氏神として篤く尊崇されています。

寺めぐり遊歩道からはずれる飯山駅近くの名刹

寺めぐり遊歩道からはずれる飯山駅近くの名刹

写真:和山 光一

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飯山の寺めぐりの終着点というべき「西敬寺」は、親鸞聖人ゆかりの寺です。飯山線の線路脇にあって茅葺の門が、紅葉したカエデの木々に囲まれ印象的です。太子堂に安置されている聖徳太子像は、開基の釈善功が親鸞聖人の弟子になった記念に刻んでもらった聖人手彫りの像で、武田信玄の身代わりに傷を受けたと伝えられています。

<西敬寺の基本情報>
住所:飯山市大字飯山奈良沢2125
電話番号:0269-62-2149
アクセス:飯山駅より徒歩8分

寺めぐり遊歩道からはずれる飯山駅近くの名刹

写真:和山 光一

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「真宗寺」は、島崎藤村の代表作『破戒』に出てくる蓮華寺のモデルとなったお寺で、境内に第一章を刻んだ文学碑があります。

<真宗寺の基本情報>
住所:長野県飯山市南町22−17

寺めぐり遊歩道からはずれる飯山駅近くの名刹

写真:和山 光一

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飯山花見小唄にも「寺は三十六、鐘なら愛宕」とも謳われ、奥信濃飯山の静寂な美しさを残し、島崎藤村が『雪国の小京都』と呼んだ飯山・寺の町を代表するのが鐘楼です。昭和60年(1985)に「一駅一名物」として旧飯山駅ホームに作られたものを北陸新幹線開業に伴い移設されました。

商売繁盛、人望福徳、結婚安産、勤労勉学、延命長寿、勇気受福、愛敬富財の七つの願いが込められた「七福の鐘」は、一度訪れるたびに一つの願いがかない、七度で七つの願いが叶うといわれています。

<七福の雪隠堂 基本情報>
住所:長野県飯山市飯山747-8

信州飯山の旅の記念に「寺めぐりスタンプ」や「七福神めぐり」を

「寺めぐりスタンプオリエンテーリング」は、22ある市街地の寺社等に切絵作家・柳沢京子デザインのオリジナルスタンプが設置され、専用台紙(一冊200円)に10箇所以上のスタンプを集めるとオリエンテーリング達成記念品として「極楽浄土ハッピーパスポート」を贈呈してもらえるというものです。

また古来より福徳の神として信仰される七福神が市内の七つの寺社に祀られた「いいやま七福神めぐり」もあります。一周約3時間の御利益旅コースが設定されていて専用台紙(色紙600円)のご朱印(各寺社100円)を集めれば旅の記念品の完成です。

どちらも信越自然郷飯山駅観光案内所や伝統産業会館等で購入できますよ。

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掲載内容は執筆時点のものです。 2016/11/12−2017/10/24 訪問

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