大阪「南宗寺」にも家康の墓が!パワースポット「家康が絶命前に座っていた石」

大阪「南宗寺」にも家康の墓が!パワースポット「家康が絶命前に座っていた石」

更新日:2025/07/14 13:07

阪堺電気軌道阪堺線「御陵前」駅から徒歩約2分ほどで着く南宗寺。堺を支配していた戦国武将・三好長慶によって建立された由緒正しきお寺です。

そして、ここには徳川家康の墓が建てられています。しかし、家康の墓といえば日光東照宮にあるのが有名。死因についても、普段言われている鯛の天麩羅による食中毒や、胃がんなどと違い、南宗寺にある墓は別の仮説を示しているのです。そんなミステリアスな堺の南宗寺をご紹介します。

家康、大阪夏の陣で討ち死説!?

家康、大阪夏の陣で討ち死説!?
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豊臣家を滅亡に追い込んだ、ご存じ大阪夏の陣。その茶臼山の戦いにおいて、家康は敵から逃げる際に乗っていた駕籠(かご)ごと後藤又兵衛の槍に突かれて重傷を負い、南宗寺に運ばれて絶命したという伝説が残っています。堺にある南宗寺には、その伝説に沿うように、なんと家康の墓が境内にあるのです。

この墓は、太平洋戦争時に焼失した東照宮跡に、水戸徳川家家老の末裔・三木啓次郎氏によって東照宮跡碑として建立されたもの。墓の裏にある賛同者名の中には、松下電器産業(現パナソニック)創業者の松下幸之助氏の名前も記されています。

また、徳川秀忠、家光の両将軍が相次いで同寺を参拝している記録があることからも、ここが徳川家にとって特別な場所であることが推測できます。

家康が絶命する前に座っていた石!?

家康が絶命する前に座っていた石!?
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別の場所には、家康が絶命する前に座っていたといわれる石があります。写真、左のイスのような形の石がそれです。
この石に座るとご利益が得られる、とパワースポットとして密かな人気を呼んでいます。
死の直前に座っていた石のご利益って一体…?という疑惑が湧いたらぜひお試しを!

さらに、家康の亡骸が一時埋葬されたといわれる場所も!その後、密かに日光東照宮へ改葬されたと言い伝えられています。

千利休一門の供養塔

千利休一門の供養塔
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堺生まれの茶聖・千利休も、ここ南宗寺にゆかりのある人物。堺で茶の湯を大成させた千家一門の供養塔があります。真ん中にある一番大きな塔が利休、右半分は表千家、左半分は裏千家の塔が並んでいるのです。

またその隣には利休の師である武野紹鴎の墓が存在。そこで湯の沸く音が聞こえたら、その人には茶心があるんだとか。

自分と対話する庭、国指定の名勝「枯山水の庭」

自分と対話する庭、国指定の名勝「枯山水の庭」
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一滴の水も使わず、石と砂で山河を表現した「枯山水の庭」は、精神世界も表しており、その庭を眺めて自分と対話する場所でもあるといいます。

家康や利休も、この庭を目にして自分と対話したのでしょうか…?そんなことに思いを馳せながら、少しの間この庭の前に座り、自分自身の心を語り合ってみる時間を持ってみてはいかがでしょうか。

南宗寺のほど近くにある「千利休屋敷跡」

南宗寺のほど近くにある「千利休屋敷跡」
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ビルや住宅に囲まれるようにして残されている一角に、千利休屋敷跡はあります。

そこには椿の井戸と、利休ゆかりの大徳寺山門の古い部材を使って建てられた井戸屋型が残されています。意外なほど質素な屋敷跡に、時の流れを感じます。

家康の伝説が眠る南宗寺

いかがでしょうか、家康・討ち死説。もちろん伝説の域を出ませんが、大阪夏の陣で命を落とし、その後1年余りは影武者がその役を担っていたとも考えられます。

一度、堺「南宗寺」へ足を運んで、実際に家康の墓を見てみれば、その謎を解明できるかもしれません。また、新たな謎と出会うかもしれませんが…。

<南宗寺の基本情報>
住所:大阪府堺市堺区南旅篭町東3丁目1-2
電話番号:072-232-1654
拝観時間:9:00〜16:00
拝観料:大人400円、中人300円、小人200円
駐車場:30台(無料)

※2025年7月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください

掲載内容は執筆時点のものです。

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