真冬の夜に炎が駆ける!熊野大神降臨の地・和歌山「神倉神社」のお燈祭

| 和歌山県

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やた 香歩里のプロフィール写真 やた 香歩里 鈍足の旅人、地域の魅力発掘人、花火鑑賞士

和歌山県の熊野三山は熊野速玉大社・熊野本宮大社・熊野那智大社の総称ですが、この三山にお祀りされる以前のお社のない時代、熊野の神々が初めて降臨されたと伝わる聖なる磐座があります。それは和歌山県新宮市の神倉山の「ゴトビキ岩」。

現在は熊野速玉大社の摂社「神倉神社」として世界遺産にも登録されています。神倉神社には日本最古の火祭り「お燈祭」が伝わり、原始の自然信仰を色濃く残す神秘に満ちたお社です。

熊野の神々が最初に降り立った聖地

熊野の神々が最初に降り立った聖地

写真:やた 香歩里

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和歌山県新宮市の神社といえば、まず熊野速玉大社を思い浮かべる方が多いでしょう。この地が“新宮”と呼ばれているのには理由があります。お社のない太古より神倉山(かみくらやま)のゴトビキ岩を信仰の中心として崇められていた熊野の神々を、第十二代景行天皇の御代に現在の熊野速玉大社の地に真新しい神殿を建て、お社に初めてお祀りしたことが、そのまま町の名の由来になっています。つまり原始信仰から神社神道への移り変わりを残している町なのです。

熊野の神々が最初に降り立った聖地

写真:やた 香歩里

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神倉山は現在の熊野速玉大社から約1キロ南にあり、神倉神社はその神倉山の中腹、ゴトビキ岩のすぐ傍に鎮座しています。神倉山の地中からは弥生中期の銅鐸も見つかっており、古代からこの地に人の暮らしが営まれていたことを物語っています。

ゴトビキ岩まで538段の険しい石段を登る

ゴトビキ岩まで538段の険しい石段を登る

写真:やた 香歩里

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ゴトビキ岩に至るには、538段の急峻な石段を登らなければなりません。神倉神社に参拝する際、まず驚かされるのがこの石段でしょう。源頼朝が1193年に寄進したと伝わる古い石段は、1段1段が大きく高く、思わず手も使って登りたくなる厳しさです。石段下からも参拝できるように、鳥居の下に遥拝所が設けられているほどです。ヒールの高い靴など、足元の不安定な靴は厳禁です。

ゴトビキ岩まで538段の険しい石段を登る

写真:やた 香歩里

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とはいえ、この石段が特に厳しいのは半分ほどまで。後半になると少し登りやすくなるので、休憩を挟みながらゆっくり登ってください。石段を登り切ると、朱い鳥居があります。ここまでくればあともう少し。この先に、御神体のゴトビキ岩が鎮座しています。

ゴトビキ岩まで538段の険しい石段を登る

写真:やた 香歩里

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なんとも絶妙なバランスでとどまっているとしか思えない、巨大なゴトビキ岩。「ゴトビキ」とはこの地方では「ヒキガエル」のこと。確かにカエルのように見えなくもないですが、とにかく圧倒的な存在感です。自然信仰の色濃い熊野三山の、まさに原点を感じることができます。

そしてこの神倉山には、1800年の歴史をもつという重要な祭があります。あの急な石段を男たちが松明(たいまつ)を手に駆け降りる「お燈祭(おとうまつり)」です。

お燈祭は夜闇を炎の龍が駆け降りる

お燈祭は夜闇を炎の龍が駆け降りる

提供元:和歌山県

http://www.pref.wakayama.lg.jp/photo/

お燈祭は毎年2月6日に行われる神倉神社の例祭で、平成28年に国の重要無形民俗文化財に指定されています。浄闇の中、松明に御神火が灯され、急勾配の石段を炎のついた松明を手に男衆が駆け降りていく、勇壮な祭。その起源を第一代神武天皇東征の際の迎え火にまで遡る説もある、日本最古の火祭りです。

この祭に参加できるのは男性のみ。「上り子(あがりこ)」と呼ばれる参加者たちは、一週間前から精進潔斎し祭に備えます。祭の当日、上り子は白いものしか口にしません。彼らは白装束を身にまとい腰に荒縄を巻いて、松明を手に熊野速玉大社へ、そして市内の阿須賀神社へ参拝したのち、神倉山に登ります。

お燈祭は夜闇を炎の龍が駆け降りる

提供元:和歌山県

http://www.pref.wakayama.lg.jp/photo/

神倉神社に集う上り子衆の数、およそ二千人。午後7時、祝詞奏上の後、まず迎え火大松明に火が灯され、そこから上り子たち各々の松明に御神火が灯されていきます。夜でもゴトビキ岩がはっきりと見えるほど、赤々としています。いったん石段上の鳥居の門が閉じられ、上り子たちは燃え盛る松明を手に門が開くのを待ちます。

お燈祭は夜闇を炎の龍が駆け降りる

提供元:公益社団法人和歌山県観光連盟

https://photo.wakayama-kanko.or.jp/

門が開かれると同時に、松明を持った上り子衆が一斉に石段を駆け降ります。二千人もの上り子の列は、まるで炎の滝。「下り龍」とも称される光景です。

神聖な火をもらい受ける儀式が終わり、上り子たちはその火を自宅に持ち帰ります。お燈祭は、松明に御神火をいただき、各々の家庭にお祀りするという、重要な神迎えの神事です。時期が旧暦の正月に近いのも関係があるのでしょう。神倉山は当日午後から女人禁制となり、残念ながら女性は炎の列を間近に見ることはできません。これは男女差別の意味ではなく、古来の“男性は御神火をいただくために山に上がり、女性は住まいを整え神棚をきれいにし、神様の到着を待つ”という役割分担を守り継いでいるゆえのものです。

新宮の町を見守り続ける神倉山

新宮の町を見守り続ける神倉山

提供元:公益社団法人和歌山県観光連盟

https://photo.wakayama-kanko.or.jp/

祭の日には熱気が迸る神倉神社ですが、普段は長い石段を登りきる人はそれほど多くはなく、静かにお参りができるところです。1時間ほどみておけば登り下りできますが、体力と脚力を考えて、時間には余裕をもってご参拝ください。

新宮の町を見守り続ける神倉山

写真:やた 香歩里

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ゴトビキ岩の前からは、新宮の町を一望できます。遠く太平洋まで見渡せ、初日の出観賞スポットともなっています。

神倉神社へは、新宮駅からも熊野速玉大社からも、徒歩15分ほど。新宮市を訪れたら、熊野速玉大社のみではなく、神倉神社にもぜひお参りしてみてください。その石段とゴトビキ岩の姿は、強烈なインパクトをもって、熊野信仰の原点を感じさせてくれるでしょう。

新宮の町を見守り続ける神倉山

写真:やた 香歩里

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新宮市では豊かな自然のもと、古くより人々の生活が盛んに営まれてきました。その海からは、かつて中国より徐福が渡来したとも伝わっています。徐福とは、紀元前3世紀の秦の始皇帝に仕え、不老不死の妙薬を求めて東に旅立ったといわれる人物。全国に徐福伝承の地はありますが、新宮市は特に有名で数多くの史跡が残っています。また新宮駅前にある徐福の墓を中心とした徐福公園は、観光スポットともなっています。

<徐福公園の基本情報>
住所:和歌山県新宮市徐福1-4-24
電話番号:0735-21-7672
アクセス:新宮駅から徒歩約1分

神倉神社の基本情報

住所:和歌山県新宮市神倉1-13-8
電話番号:0735-22-2533(熊野速玉大社)
アクセス:JR新宮駅から徒歩約15分
備考:御朱印や御神札は、熊野速玉大社の社務所でいただけます。
また、新宮市内の観光にはレンタサイクルが便利です。新宮駅前の観光案内所でレンタサイクルの貸し出しも行っています。

2018年1月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

掲載内容は執筆時点のものです。 2017/04/16 訪問

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