超巨木とパノラマ!坂口憲二初主演映画ロケ地・香川「志々島」

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超巨木とパノラマ!坂口憲二初主演映画ロケ地・香川「志々島」

超巨木とパノラマ!坂口憲二初主演映画ロケ地・香川「志々島」

更新日:2017/12/03 20:01

春野 公比呂のプロフィール写真 春野 公比呂 歴史研究家、郷土文筆家、郷土登山家

坂口憲二初主演映画「機関車先生」は、憲二演じる口がきけない教師と赴任先の島の子供らとの触れ合いと成長を描いた物語。岡山や香川の島々でロケが行われたのですが、香川県三豊市の人口約20人の志々島には、「さぬき百景」の幹周12.2mものスーパー巨木やパノラマを誇る島の最高峰、共同墓地の「死者のための家」群等があり、見所も多数。合わせて未公開ロケ地も紹介します。

戦国武将の子孫の家がロケ地に

戦国武将の子孫の家がロケ地に

写真:春野 公比呂

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伊集院静のベストセラー小説を映画化した「機関車先生」の香川県内の離島に於けるロケ地は、志々島(ししじま)よりその西隣の粟島の方が有名ですが、観光施設や車が皆無の志々島の方がある種の旅情を感じられます。粟島よりはるかに小さな周囲3.8キロの志々島は昭和前期までは漁業で栄え、最盛期には一千人を超す人口を誇っていました。

そんな島への最短航路は、三豊市荘内半島の宮の下港からの定期船で20分という近さ。しかし遠方から訪れる場合、時間帯によっては須田港から乗船することになり、55分の船旅となります。その際、粟島を経由して行くのですが、粟島港からはロケ地の一つ、「粟島海洋記念館」が見えています。映画で絵画コンクールの開催所として登場した施設です。大正9年に建築された旧粟島海員学校で、「大正モダン」が感じられます。

戦国武将の子孫の家がロケ地に

写真:春野 公比呂

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船からは志々島の全景が見渡せます。島の最高峰は「遠見の辻」(109.1m)という山ですが、船からも山頂一帯が切り開かれて整備されていることが分かります。

戦国武将の子孫の家がロケ地に

写真:春野 公比呂

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船着場の波止の付け根には島唯一の公衆トイレがあり、その北方付近の建物の壁等には機関車先生の他、同じくロケが行われた「男はつらいよ〜寅次郎の縁談〜」のロケ写真が展示されています。

トイレから北、左手に三軒目の三差路角にある空き家が主要ロケ地の一つ「いせや商店」跡。坂口演じる教師・吉岡誠吾の教え子たちが縁側に座って菓子やジュースを飲食していました。また、北沿いを上る小径に面した母屋の入口は誠吾の下宿先、阿部産婦人科の入口として使用され、倍賞美津子が女医役で出演していました。
尚、いせや商店は元、藩政期の豪商・伊勢屋で、主人の上田氏は戦国時代、県本土の雨霧城から落ちてきた城主・香川氏の家臣の子孫でした。

志々島ゆかりの小説家と俳人

志々島ゆかりの小説家と俳人

写真:春野 公比呂

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いせや商店跡の母屋北側の廃屋は、第23回香川菊池寛賞を受賞した上田勝見氏の兄で俳人の小野蒙古風が句会を開催していた「文学の家」。元は伊勢屋の網小屋でしたが、島の歴史が忘れ去られるのは憂うべきことです。

志々島ゆかりの小説家と俳人

写真:春野 公比呂

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いせや商店跡北東の船着場のような所では、誠吾と教え子たちが舟燈籠を流す感動的なシーンが撮影されました。

志々島ゆかりの小説家と俳人

写真:春野 公比呂

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そこを過ぎると道の両側には家々が建て込んできますが、この通りでは誠吾とその祖父、明石家さんまの師匠・笑福亭松之助演じるこだま兵右衛門との会話のシーンが撮影されました。このシーンで二人のわだかまりが氷解することになるのです。

おびただしい数の「死者の家」

おびただしい数の「死者の家」

写真:春野 公比呂

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通りの右手には公共の施設が建ち並んでいますが、東端から二軒目の消防屯所が「居酒屋どら」に改装され、大塚寧々が女将を演じていました。屯所が居酒屋になるとは想像もできませんが、当時の屯所は2004年の台風で損壊したため、建て直されています。

おびただしい数の「死者の家」

写真:春野 公比呂

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屯所と西隣の建物との間の通路は、誠吾が網元によって教師を辞めさせられそうになり、教え子の少女が倍賞美津子演じる女医に相談した後、ここを通って岸辺に出たシーンが撮影されました。岸壁のもやい掛け(係留綱を巻き付けるもの)の一つにはどらの女将が腰掛け、少女と会話していました。

おびただしい数の「死者の家」

写真:春野 公比呂

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右手の建物群がなくなると、左手に小さな木製の祠のようなものが沢山現れるのですが、これは「霊屋」という死者の家。志々島では両墓制を取っており、ここは埋め墓。49日の法要後、霊屋を建て、各種塔婆を納めます。参り墓はこの裏手にあります。

超無名ロケ地

超無名ロケ地

写真:春野 公比呂

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埋め墓墓地の東方から南西に突き出す波止には浮桟橋が並行していますが、ここでは誠吾の教え子の少年と、接岸した漁船上の少年の父が会話するシーンが撮影されました。

超無名ロケ地

写真:春野 公比呂

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誠吾と祖父が会話した通りの西の起点・志々島診療所の三叉路まで引き返し、北進します。すぐ左手に島唯一の商店、上田商店があります。この前では誠吾に自ら摘んだ花をプレゼントしようと走っていた教え子の少女が、鼻緒が切れて転び、通りかかったどらの女将に声をかけられるシーンが撮影されました。

商店の向かいの民家の入り口には「ゆ・サウナ薬湯」という暖簾がかけられ、銭湯という設定になっていましたが、今でも暖簾を引っ掛ける金具が残っています(写真右側)。
また、ラストシーン直前、商店前から北の道にかけては、誠吾の教え子たちが島を後にする誠吾を見送ろうと駆けて行きました。

超無名ロケ地

写真:春野 公比呂

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上田商店北の四差路から東に折れ、集落北東の尾根の鞍部を目指しますが、そこに到るまでの間に、誠吾が島の小学校に赴任してきた際、トランクを持って歩いた小径の緩いカーブがあります。映画では平野部のように映って見えました。

ラストシーンは枝が大木化した巨樹前

ラストシーンは枝が大木化した巨樹前

写真:春野 公比呂

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商店北の四差路まで引き返すと大楠の道標に従い、北に上ります。利益院を右手に過ぎて少し上った所からの港の俯瞰景色は、映画にも出て来たように思います。

この坂を「どん坂」と言い、頂上の鞍部の分岐から西の遠見の辻へと登ります。途中、所々紅葉も見られます。
遠見の辻山頂には「横尾の辻」という看板が建てられていますが、この山名は誤りで、「横尾の辻」とはこの南方中腹の地名のことです。山頂からは備後灘から瀬戸内海の多島美が広がっている他、本土の山並みまでのパノラマが展開します。

ラストシーンは枝が大木化した巨樹前

写真:春野 公比呂

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どん坂頂上まで引き返すと北の中腹にあるスーパー巨木「志々島の大楠」を目指します。大楠手前の階段では誠吾が赴任して来た際、大楠を見つけて一瞬、歩くのを止めたシーンが撮影されました。

大楠は蛸のように四方八方に枝が地を這うように伸びているのが特徴的ですが、樹齢約1200年という巨樹のため、枝自体も大木化しています。
大楠から海側には小径が延びていますが、すぐ藪に埋没しています。ロケ時、ここに藪はなく、海面を見下ろすことができ、小舟で島を去って行く誠吾を教え子たちが見送るラストシーンが撮影されました。

ラストシーンは枝が大木化した巨樹前

写真:春野 公比呂

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大楠からは西方の「楠の倉展望台」まで上がると、正面に高見島が見え、備後灘の好展望が広がり、瀬戸大橋も遠望できます。
そこからは更に小径を登り、どん坂頂上へと続く道に出て、元来た道を引き返します。

映画はロケ地域の魅力を伝えるツールであるとも言えます。映画の各シーンによって切り取られたカットは絵画のようでもあり、何気ない風景が極上の景色のように映ります。更に志々島のような寂れた島では旅情も掻き立てられます。尤も近年では粟島が瀬戸内国際芸術祭の会場の一つになった影響で、志々島を訪れる観光客も倍増しています。

志々島はロケ地以外にも四国屈指の巨木や瀬戸内海の展望が広がる展望所、史跡、迷路のような路地道等があり、映画に興味のない方でも十分楽しめます。尚、本記事のコース以外にも路地や海岸を巡る場合、数時間はかかるでしょう。

志々島の基本情報

<基本情報>
所在地:香川県三豊市詫間町志々島
問合せ先: 0875-56-5880(三豊市観光交流局)

アクセス: 宮の下港へはJR詫間駅から三豊市コミュニティバスで10分、「詫間庁舎」下車、徒歩3分。車利用時は詫間駅から5分。無料駐車場あり。
須田港へはJR詫間駅から三豊市コミュニティバスで18分、「須田」下車、徒歩5分。車利用時は詫間駅から10数分。駐車場所は船着場前の駐車場の他、「ル・ポール粟島」駐車場奥の三角地や港改修碑の建つ広場。
各港より粟島汽船で志々島へ。

掲載内容は執筆時点のものです。 2014/11/23 訪問

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