松江美保関の見事な青石畳通りと平安時代の仏が並ぶ彿谷寺

松江美保関の見事な青石畳通りと平安時代の仏が並ぶ彿谷寺

更新日:2018/06/12 10:30

大里 康正のプロフィール写真 大里 康正 旅する光と影の写真家、タイと台湾に詳しい旅作家
松江市美保関町美保関は、恵比須神を祭神とする美保神社があり、そこから彿谷寺まで約300mの通りは青石畳通りと呼ばれ、淡い青色の石が敷き詰められています。雨に濡れると青く光る青色畳通りを歩き、その先に続く彿谷寺への道は歴史の旅そのもの。

彿谷寺には江戸の大火で有名な八百屋お七の恋人「吉三」のものと伝わる墓が。そして行基、空海に由縁とされる古い歴史も。平安時代の仏像五体は重要文化財であり必見です。

新型コロナウイルスの発生と感染拡大に伴う緊急事態宣言が解除されましたが、2020年6月18日(予定)までは一部都道県との間の移動の自粛が求められています。各種報道機関の発表、施設や各自治体のホームページなどで最新の情報をご確認ください。(LINEトラベルjp)
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美保神社前から歩く

美保神社前から歩く

写真:大里 康正

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美保神社の鳥居前が青色畳石通りの始まり。畳石だけが周囲の石とまったく違う色をしており、すぐに分かります。鳥居を正面に見て右側に進みましょう。その通りこそ、多くの歌人や文豪が訪れた大正時代からの建物がある美しい道となります。

美保神社前から歩く

写真:大里 康正

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青色の石は天然石。現在は美保神社から彿谷寺までの通りにありますが、昔はこの辺りに一面に敷き詰められていたのです。ところでこれらの石はどこから来たのでしょうか。実は海から引き揚げられたものです。

北前船の寄港地として栄えた美保関

北前船の寄港地として栄えた美保関

写真:大里 康正

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松江は江戸時代に北前船の航路となっていました。その中でも美保関は寄港地として繁栄していたのです。石畳はその頃に敷き詰められたと言われています。

北前船による繁栄は相当なものだったようで、この付近は西日本で有数の歓楽街とまで言われ、たくさんの人がこの地に集まっていたのです。そして多くの物資が運ばれたことから、その移動を少しでも便利にするために石が敷き詰められたとされます。

北前船の寄港地として栄えた美保関

写真:大里 康正

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美保関そのものは、さらに古い歴史があります。中心地にある美保神社は出雲大社と関連があり、出雲大社と美保神社の両参りはとてもご利益があると、多くの人が往来しました。

そして美保神社は天平5年(733年)の「出雲国風土記」にすでに記載されており、相当古い歴史があることが分かっているのです。

古い歴史がある付近一帯ですので、ゆっくりと楽しみながら歩いてみましょう。

路地を歩き彿谷寺へ

路地を歩き彿谷寺へ

写真:大里 康正

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美保神社からほぼ直線で歩いてきた道を左折します。その場所は角には店があり、青石が左に向かって繋がっていますので分かりやすいでしょう。

ところで昭和の頃までこの辺り一帯が青石だったそうです。時代が進むにつれて数は少なくなり、現在の形にまで減少した経緯が。そのような意味でも現存する道はとても貴重な歴史と言えるのです。

<基本情報>

住所:島根県松江市美保関町美保関581
電話:0852-73-9001(松江観光協会)
アクセス:JR松江駅より国道431号を車で約40分

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彿谷寺で八百屋お七と恋人の吉三

彿谷寺で八百屋お七と恋人の吉三

写真:大里 康正

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彿谷寺に入る前、扁額をよく見てみましょう。右側に小さな龍がいて、かわいい印象を受けるのではないでしょうか。

彿谷寺で八百屋お七と恋人の吉三

写真:大里 康正

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門をくぐりすぐ左側にあるのが吉三の墓となります。吉三とは誰か。江戸の大火で処刑された八百屋お七の恋人とされる人なのです。では、八百屋お七とは誰なのでしょう?史実として詳しいことは分からない部分が多いのですが、史実としては放火をした罪により品川の鈴ヶ森で処刑されています。

放火の理由についてですが、お七の自宅が火事になり一時避難していたお寺にいたのが吉三。やがて家は再建されて戻ったのですが、お七は吉三に会いたい。もう一度火事になれば会えるのではと思い、自宅に放火したというのです。

吉三はその後「西運」という名で江戸から西に向かいます。目的はお七の供養のため。そしてこの地で70歳の生涯を終えたと伝わっています。全国には「お七」、そして「吉三」の墓と言われる場所はありますが、ここは古くから吉三の墓と伝えられているので、足を止めてみる価値があるのではないでしょうか。

彿谷寺の歴史と平安時代の仏

彿谷寺の歴史と平安時代の仏

写真:大里 康正

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彿谷寺の歴史は行基菩薩が仏像を刻んだことからと伝えられています。後に空海が七堂伽藍を建立した歴史もあると伝えられていますが、本堂がある場所は後鳥羽上皇、後醍醐天皇行在所跡。後鳥羽上皇は隠岐への巡幸の際ということで「吾妻鑑」に、後醍醐天皇は「太平記」に記載が残されているのです。

彿谷寺の歴史と平安時代の仏

写真:大里 康正

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国の重要文化財である五体の御仏は出雲様式の一本造りであり、平安時代に彫られた山陰最古の仏像です。左から聖観音菩薩、虚空蔵菩薩、中心の坐像が薬師如来、日光菩薩、月光菩薩と並んでいます。

彿谷寺の歴史と平安時代の仏

写真:大里 康正

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穏やかなご尊顔から多くの人たちが手を合わせ、心の安らぎを得てきたであろうことが想像できるのではないでしょうか。

<基本情報>

住所:島根県松江市美保関町美保関530
電話:0852-73-0712
アクセス:JR松江駅より国道431号を車で約50分

美保関で散策する青石畳通りから彿谷寺の仏たち

青石畳通りの石は海から引き上げられ加工された青石。これらは雨が当たると青く光ります。通常の観光は雨が降らない方が良いのですが、美保関に限っては雨もまた良し、なのかも知れません。

美しい石畳を歩いて雰囲気を楽しみ、歴史ある彿谷寺でありがたい仏像に手を合わせ、旅を満喫してみてはいかがでしょうか。

2018年6月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

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掲載内容は執筆時点のものです。 2017/09/03 訪問

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