茨城のパワースポット・鹿島神宮の七不思議と剣聖・塚原卜伝の墓

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茨城のパワースポット・鹿島神宮の七不思議と剣聖・塚原卜伝の墓

茨城のパワースポット・鹿島神宮の七不思議と剣聖・塚原卜伝の墓

更新日:2018/06/25 16:58

大里 康正のプロフィール写真 大里 康正 旅する写真家、タイと台湾に詳しい旅作家

鹿島神宮は茨城県鹿嶋市宮中にあり、関東、東北を中心として全国に約600ある鹿島神宮の本社。

宮中で1月1日に行われる四方拝の一カ所が鹿島神宮であり、古来より重要視されています。ぜひこちらのパワースポットに参拝し、武道守、常陸帯守(安産)等を拝受しては?そして古くから伝わる七不思議も訪ねましょう。

近くには戦国時代の剣聖・塚原卜伝の墓もあるので、参拝の後は足を延ばしてみてはいかがでしょうか。

鹿島神宮への道

鹿島神宮への道

写真:大里 康正

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鹿島神宮駅下車、あるいは付近の無料を含む駐車場に駐車し、鹿島神宮に向かう道の途中にあるのが「龗神社(りゅうじんじゃ)」です。

龍の上に雨がついた珍しい漢字が使われていますが、これは水に関係するからであり、祀られている高龗神(たかおかみのかみ)と闇龗神(やみおかみのかみ)はどちらも龍神。龍は水辺に住む神であり、鹿島神宮を火災から守っているのです。

鹿島神宮への道

写真:大里 康正

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そこから大町通りを抜けるとすぐに大鳥居があり、鹿島神宮に到着となります。

鹿島神宮の歴史と見どころ

鹿島神宮の歴史と見どころ

写真:大里 康正

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鹿島神宮の創建は紀元前660年とも言われ、これは日本の初代天皇である「神武天皇」の即位の年。これだけ古くなれば文献は一切ありませんので本当の創建は不明となりますが、奈良時代初期の「常陸国風土記」には鹿島として名前があり、東国随一の古社として伝わっています。

祭神は(たけみかつちのおおかみ/たけみかづちのおおかみ)で、古事記には「建御雷神」、日本書紀では「武甕槌神」と書かれていますが、通常は武甕槌大神が使われています。

鹿島神宮の歴史と見どころ

写真:大里 康正

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本殿の手前にある重要文化財の楼門。日本三大楼門の一つであり高さは13m。寛永11年(1634年)に水戸徳川初代藩主の頼房により奉納されました。見事な作りとその美しい色をぜひともお楽しみ下さい。

鹿島神宮の歴史と見どころ

写真:大里 康正

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楼門を入り、右手に拝殿、本殿があります。社殿そのものは本殿・石の間・幣殿・拝殿の4棟からなっているのですが、徳川家康の三男である徳川秀忠(2代)が元和5年(1619年)、に寄進。こちらは重要文化財に指定されています。心を静め、パワースポットで祈願をしましょう

奥宮と七不思議

奥宮と七不思議

写真:大里 康正

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本殿から巨木を両側に見ながら奥に向かって歩くこと約300mで「奥宮」となります。ここはもともと徳川家康が寄進し本殿となっていましたが、その後に徳川秀忠の本殿寄進があり奥宮と位置付けられました。静けさの中にも迫力がある巨木の奥参道を通ってからなので、ますます厳かな感じが伝わってくることでしょう。

奥宮と七不思議

写真:大里 康正

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鹿島神宮には七不思議があると伝えられています。まずは要石。この石がどこまで埋まっているのか、ご老侯で有名な徳川光圀が掘らせたものの7日7晩続けても底が見えません。それどころか怪我人が多く出たということで作業を中止したと記録が残っています。

見た目はご覧の通り小さな石ですので、まさに不思議な話ではないでしょうか。

奥宮と七不思議

写真:大里 康正

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七不思議の二つ目は御手洗池です。1日で40万リットルの水量を誇る場所で、年に一度の神事の禊に使われている場所です。神秘的な雰囲気のこちらの不思議はその深さ。大人が入っても子供が入って水は胸のあたりになると伝えられます。

七不思議の一つですが神聖な場所。許可なく入らないようして下さい。

その他の七不思議と神園

その他の七不思議と神園

写真:大里 康正

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その他の七不思議は以下の通り。直接神社で体験出来ないものが多くありますが、ご紹介します。

末無川は 境外の高天原で湧出した水で行方を辿れない。
境内三笠山の藤の花は 藤の多く咲く年は豊作、少ない年は凶作。
鹿島灘の海鳴は奥宮付近で波の音が北の方に聞こえる時は晴れ、南に響く時は雨。
根上りの松は幾度伐っても芽が出て枯れない。
松の箸は神宮の松で作った箸からは脂が出ない。

その他の七不思議と神園

写真:大里 康正

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では、神園の鹿のお話です。鹿島神宮からの御祭神を御霊分けし、奈良の春日大社を創建する際に多くの鹿が運び手を担ったとされます。奈良の鹿は鹿島神宮が発祥という伝承もありますが、それ以来、神園で鹿は神鹿として大切にされており長い歴史があるということです。

約30頭のかわいい鹿を間近で眺めお楽しみ下さい。

<基本情報>
住所:茨城県鹿嶋市宮中2306-1
電話番号:0299-82-1209
アクセス:JR東日本鹿島線 鹿島神宮駅 (徒歩10分)

市指定史跡「剣聖・塚原卜伝の墓」

市指定史跡「剣聖・塚原卜伝の墓」

写真:大里 康正

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塚原卜伝(延徳元年(1489年)−元亀2年(1571年))は鹿島新当流の始祖。戦国時代の将軍の足利義輝の指南役であり、剣士にして兵法家、後に「剣聖」と呼ばれました。

真剣の試合十九度、戦場に三十七度出て一度も負けていないと伝えられます。その強さから後に宮本武蔵と結び付けられ一つの伝説が生まれますが、残念ながら時代が合わずそちらは創作です。

市指定史跡「剣聖・塚原卜伝の墓」

写真:大里 康正

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また、塚原卜伝は鹿島神宮の神職大掾氏の一族で鹿島氏の四家老の一人、卜部覚賢の次男として鹿嶋市宮中に生まれており、鹿島神宮に縁があるのです。後に塚原城の城主である塚原土佐守安幹の養子になり塚原となりました。その塚原卜伝が鹿島神宮に参拝していないと考える方が不自然です。

塚原卜伝の墓は鹿島神宮駅から約3kmという近い場所。今でも多くの人の墓参りが絶えず、映画、ドラマ、劇等で何度も取りあげられてきた「剣聖」ですので、鹿島神宮の参拝の際にはぜひとも足を運んでみて下さい。

周囲に咲き誇るも物言わぬ草花を眺め、より一層の静けさを感じてみましょう。

<基本情報>
住所:鹿嶋市大字須賀503番地(梅香寺跡)
アクセス:JR東日本鹿島線 鹿島神宮駅から車で約5分

パワースポットの鹿島神宮と塚原卜伝の墓に参拝しよう

神聖な鹿島神宮と、近場にある剣聖・塚原卜伝の墓はいかがでしたか?歴史があり不思議な話が残る鹿島神宮はパワースポット。そして無敗伝説が残る塚原卜伝の墓ですので、ぜひともこの機会に足を運んでみて下さい。

2018年6月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

掲載内容は執筆時点のものです。 2017/09/10 訪問

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