真田ゆかりの地・信州上田城跡公園の古城と桜の競演が絶景!

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真田ゆかりの地・信州上田城跡公園の古城と桜の競演が絶景!

真田ゆかりの地・信州上田城跡公園の古城と桜の競演が絶景!

更新日:2018/03/16 10:44

和山 光一のプロフィール写真 和山 光一 ブロガー

信州上田といえば真田氏ゆかりの地として広く知られ、天正11年(1583)、名将真田昌幸が築城した上田城跡を中心とした公園には、ソメイヨシノやシダレザクラ、ウコンザクラなど約1000本の桜が名城を埋め尽くすように咲きます。桜は園内いたるところで見られますが、とりわけお堀から続く桜並木が見事です。乱世を生き抜いた歴史舞台にふさわしい見事な城と桜が織り成す景色を、ゆっくりと味わいましょう。

情感あふれる上田城掘端にそよぐ桜並木

情感あふれる上田城掘端にそよぐ桜並木

写真:和山 光一

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上田城は天正11年(1583)、知将真田昌幸によって、徳川家康の支配のもと、上杉謙信への備えてとして、南に千曲川が流れ、緩やかで深みのある天然の堀となる「尼ヶ淵」に築城された上田盆地の中央に位置する平城です。そのため「尼ヶ淵城」とも呼ばれていました。第一次、二次上田合戦で徳川の大軍を撃退した実践経験のある城は全国にも他に例はありません。

桜の時期には樹齢100年に近い古木から3年の若木まで、およそ1000本の桜が咲き競います。とりわけ、公園入口にあたる二の丸掘跡のケヤキ並木遊歩道に沿って植えられた桜並木と掘の周囲にめぐらされた桜の艶やかさは、歩いているだけで全身が桜色に染まりそうですよ。

情感あふれる上田城掘端にそよぐ桜並木

写真:和山 光一

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上田城の堀は素掘りで、掘りあげた土をその内側へ堤状に積み上げて土塁としています。お城の堀をめぐるようにソメイヨシノの桜並木が続き、桜の花が水面に映る姿が美しい。また散った花びらがお堀の水面に向かいハラリと優雅に舞い落ちる姿や、花の透き間にけむる櫓の風情も素敵です。。

写真は二の丸橋あたりから櫓門を撮影したもので撮影スポットになっています。櫓門に近い桜はエドヒガンザクラです。本州・四国・九州に分布する野生種で、花期が早く、関東地方で彼岸のころに咲くことからこの名前がつきました。

戦乱の舞台に咲き乱れる桜の競演

戦乱の舞台に咲き乱れる桜の競演

写真:和山 光一

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上田城のシンボルは東虎口櫓門とその南北に建つ櫓です。かつて本丸には櫓門2基、隅櫓7基がありましたが、現在は隅櫓3基と櫓門1基を見ることができます。日本百名城のひとつに選ばれていますよ。

昭和24年(1949)に南櫓と北櫓が移築復元し、平成6年(1994)には、明治12年(1879)に解体されたという櫓門を撮影された古写真をもとに建物の寸法を割り出して約110年ぶりに城門が復元され、かつての東虎口櫓門の姿が甦りました。内部は火縄銃や真田氏をはじめ歴代上田城主の資料が展示されています。

戦乱の舞台に咲き乱れる桜の競演

写真:和山 光一

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虎口とは、城の出入口のことで、どっしりとした風格ある佇まいと脇に立つシダレザクラは必見です。記念写真のベストポジションでもありますよ。

運がよければ「信州上田おもてなし武将隊 真田幸村と十勇士」の面々が旅の思い出づくりをお手伝いしてくれます。毎日2回、上田城跡公園に出陣する他、土日には上田城本丸跡で演舞を披露しています。城内のガイドや記念写真の撮影にも気軽に応じてくれます。撮影の合言葉は、「さなだっ、じゅうゆうしっ!」です。

戦乱の舞台に咲き乱れる桜の競演

写真:和山 光一

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櫓門の石垣にはめ込まれた巨大な石が「真田石」です。真田信之が松代移封の際に父の形見として持ち去ろうとしたが、不動であったとされる伝説の直径3mの大石です。自分の背と比べてみて下さい。

城内の石垣に使われた石材の大部分は、市街地北方にそびえる太郎山から産出される緑色凝灰岩を使用しています。

戦国ロマンと真田魂が眠る上田城本丸跡

戦国ロマンと真田魂が眠る上田城本丸跡

写真:和山 光一

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門をくぐってすぐ城内には、真田昌幸と長男信之を主神として、仙石氏三代・松平氏七代に至る両家の歴代上田城主を祀る「真田神社」があります。徳川の大軍を撃退した「不落城」にあやかり落ちない神社として受験生に人気ですよ。

戦国ロマンと真田魂が眠る上田城本丸跡

写真:和山 光一

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真田神社の裏手には、戦国ロマンをかきたててくれる「真田井戸」と呼ばれる八角形の古井戸があります。本丸唯一の井戸で、直径2m、深さは16.5mに達するこの井戸には抜け穴があり、城北の太郎山麓の隠し砦や上田藩主居館に通じていて、敵に包囲されても容易に出入りできたという伝説があります。

戦国ロマンと真田魂が眠る上田城本丸跡

写真:和山 光一

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土塁で囲まれた本丸跡には石碑が建ち、ヒガンザクラが植えられています。花期が早く、春の彼岸の頃咲くのでこの名前が付きました。

千曲川右岸にあたる河岸段丘への築城を今に伝える尼ヶ淵

千曲川右岸にあたる河岸段丘への築城を今に伝える尼ヶ淵

写真:和山 光一

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かつて城の南には千曲川が流れ、「尼ヶ淵」と呼ばれる緩やかで深みのある流れが天然の堀となっていました。断崖絶壁となっていたため、上田城のなかで最も防御が強固な部分でした。昔の尼ヶ淵はいまは駐車場と芝生公園になり、このあたりに咲く桜はヤマザクラでソメイヨシノの登場前は、サクラといえばヤマザクラのことを指していました。

上田城にはためく幟に描かれているのは、真田氏の家紋「六文銭」(六連銭)です。六文銭は三途の川の渡し賃として棺桶にいれる六道銭のことです。ほかにも必ず帰ってくるという願いを込めた「結び雁金」や氏神・白鳥神社の社紋でもある「洲浜」があしらわれています。

尼ヶ淵の駐車場、東の端にある公園管理事務所付近は、一度に3つの櫓を見上げることができる絶好の撮影スポットになっていますよ。

千曲川右岸にあたる河岸段丘への築城を今に伝える尼ヶ淵

写真:和山 光一

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尼ヶ淵の河岸段丘上に築かれた本丸隅櫓(西櫓)の外壁は板張り(下見板)とし、その上から軒の部分までを塗籠(ぬりごめ)としています。これは寒冷地の城に多くみられる初期城郭様式ともいわれています。江戸時代に真田氏にかわって上田藩主となった仙石忠政が上田城の復興工事をした際に建てたものと考えられています。

西櫓から二の丸西虎口に向かう堀沿いには上田城跡公園内で最も多くみられるソメイヨシノが植えられています。江戸時代に染井村(現在の東京都豊島区)で生まれたと考えられる日本産の園芸品種です。

上田城・城下町散策の出発地点もお忘れなく

上田城・城下町散策の出発地点もお忘れなく

写真:和山 光一

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JR上田駅お城口前の広場に建つのが若き日の「真田幸村公騎馬像」です。築城400年を記念して建立されたもので、幸村が上田城にいたのは青年期であったため像は若武者の姿をしています。

上田城跡公園の基本情報

住所:上田市二の丸
営業:入園自由・入園無料
アクセス:JR上田駅より徒歩12分:上信越自動車道・上田菅平ICから10分
見頃:例年4月上旬から中旬(上田城千本桜まつり開催期間中)

2018年3月現在の情報となります。変更となる場合がありますので、公式サイトなどで最新情報を必ずご確認ください。


掲載内容は執筆時点のものです。 2017/04/12 訪問

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