ドラマ「西郷どん」でも登場!四ツ谷駅すぐ、歴史的舞台ともなった東京・紀尾井坂めぐり

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ドラマ「西郷どん」でも登場!四ツ谷駅すぐ、歴史的舞台ともなった東京・紀尾井坂めぐり

ドラマ「西郷どん」でも登場!四ツ谷駅すぐ、歴史的舞台ともなった東京・紀尾井坂めぐり

更新日:2018/04/30 16:08

雲本 らてのプロフィール写真 雲本 らて ブロガー、坂道探検家

JR四ツ谷駅からすぐの場所にはこの地に江戸藩邸が多くあった面影を今に伝える紀尾井町という地名の場所があります。有名ホテルが立ち並ぶエリアでもありますが、実は坂名が町名の由来になったといわれ、明治維新後に起こった歴史的事件の舞台にもなり、最近では「西郷どん」でも取り上げられた紀尾井坂も江戸時代からこの地にひっそりと存在しています。今回はそんな紀尾井町界隈にある坂道をいくつか紹介してみたいと思います。

紀尾井坂とは?

紀尾井坂とは?

写真:雲本 らて

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「紀尾井坂」は、JR四ツ谷駅からもすぐの場所にあり、ホテルニューオータニに隣接していることでも有名な坂道です。坂名については、江戸時代にこの坂道沿いに、紀伊徳川家の上屋敷、尾張徳川家の中屋敷、彦根藩井伊家の中屋敷という幕府の有力な三家の屋敷が並んでいたため、紀伊徳川家の「紀」、尾張徳川家の「尾」、井伊家の「井」のそれぞれ一文字ずつを取って紀尾井坂と呼ばれるようになりました。坂道自体は、道幅の広い急勾配の坂道で、道の両側にはイチョウが植えられ、秋にはイチョウ並木がきれいな通りとしても有名です。

またこの坂のあるあたりが紀尾井町と呼ばれているのは、このような歴史的背景も加味されて坂名が町名になったという説が有力です。

紀尾井坂とは?

写真:雲本 らて

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紀尾井坂の坂上は坂自体の道幅に加えて、ホテルニューオータニの駐車場や車寄せなどがある平地が隣接しており、この界隈でもめずらしく広々とした空間が広がっています。
そんな一角に平成元年に東京ガスが開業25周年の記念として寄贈されたガス灯が存在します。9灯式のガス灯は日本全国を探してもかなりレアな存在のものですので、紀尾井坂を歩いた時はぜひ一見することをおすすめします。

「紀尾井坂の変」の舞台としての紀尾井坂

「紀尾井坂の変」の舞台としての紀尾井坂

写真:雲本 らて

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紀尾井町の紀尾井坂といえば、明治になって間もない頃、明治維新の立役者の1人でもある大久保利通が当時の赤坂御所へ出仕する途中に6人の士族らに襲撃を受け命を落としたという「紀尾井坂の変」と呼ばれる歴史的事件が坂の途中で発生した場所としても有名です。

ただ、「紀尾井坂の変」が起こった場所については諸説あります。現在の紀尾井坂の途中に昭和51年に設置された坂名の由来などを記した坂の碑には、襲撃された現場は正確にはこの坂ではなく、坂下にあった清水谷(現在の清水谷公園あたり)で起きていたと書かれてあります。

「紀尾井坂の変」の舞台としての紀尾井坂

写真:雲本 らて

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ちなみに、紀尾井坂は、NHKの大河ドラマ「西郷どん」でも登場しています。ドラマ(第9話)では、島津斉彬の使いでやってきた西郷吉之助の前で、『紀尾井坂は本来、紀伊徳川家の「紀」、尾張徳川家の「尾」、水戸徳川家の「水」という徳川御三家の一文字をそれぞれ取って「紀尾水坂」にすべきだったのでは』と慶喜が皮肉も交えて語るシーンで大きく取り上げられています。

また、ドラマ(第9話)最後のゆかりの地紹介コーナーでも紀尾井坂は取り上げられていますが、「紀尾井坂の変」については諸説あるためか、事件のことについては取り上げられていませんでした。とにかく、これらの史実やドラマでの取り上げられ方を比較しながら坂道に思いをはせるのも楽しみ方のひとつだと思います。

喰違見附跡もあわせて歩いてみよう

喰違見附跡もあわせて歩いてみよう

写真:雲本 らて

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紀尾井坂の坂上には「喰違見附跡」があります。江戸城外郭門のひとつで甲州流兵学者の小幡景憲によって構築されたと伝えられています。現在は、一部土塁がなくなっているところはあるものの、形状自体は保存され、往時の様子も確認でき、案内看板も設置されています。

また、明治初期に「赤坂喰違の変」が起こった場所としてもこの地は有名です。

喰違見附跡もあわせて歩いてみよう

写真:雲本 らて

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さらに紀尾井坂の坂上からJR四ツ谷駅方向に向かう土手沿いは、桜の名所としても有名です。紀尾井町の料亭福田屋の主人が、昭和39年に100本の桜の苗木を寄贈したことが始まりだということです。土手には記念の石碑もあります。

また土手の東側の上智大学のあるあたりは、かつて尾張徳川家の中屋敷がありました。現在はその面影はありませんが、土手下の道路沿いにそのことを伝える案内板が設置され、ひっそりと当時の様子を今に伝えています。

「紀尾井坂の変」の舞台はここかも?

「紀尾井坂の変」の舞台はここかも?

写真:雲本 らて

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紀尾井坂の坂下から南に向かう通り沿いには清水谷(現在の清水谷公園あたり)があります。江戸時代から存在し、南北に走る道筋で、周囲から清水が湧き出ていたことからそう呼ばわるようになりました。

紀尾井坂の坂の碑(案内板)には、このあたりで大久保利通が襲撃を受け命を落としたと書かれていた場所です。そのためか、かつての清水谷があったと言われる現在の清水谷公園内には、大久保利通哀悼碑が建てられています。哀悼碑の大きさはかなりのもので、この事件の衝撃の大きさ、そして大久保利通の存在感の大きさがわかると思います。

<基本情報>
紀尾井坂
所在地:東京都千代田区紀尾井町
アクセス:JR四ツ谷駅より徒歩6分

清水谷坂も一緒に歩いてみよう

清水谷坂も一緒に歩いてみよう

写真:雲本 らて

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紀尾井坂を歩いたならぜひ「清水谷坂」も一緒に訪れてみるといいでしょう。紀尾井坂の坂下から北東へと上る坂道です。ここも江戸時代から存在する坂道で、坂名は坂下に隣接する清水谷に由来しています。

緩やかにカーブしながら上る坂道で、途中には参議院宿舎や文藝春秋ビル、そして村野藤吾設計による紀尾井町パークビル(旧・紀尾井町南部ビル)などが隣接しており、歩くだけでも楽しい坂道です。

<基本情報>
清水谷坂
所在地:東京都千代田区紀尾井町と麹町4丁目および5丁目の間
アクセス:JR四ツ谷駅より徒歩7分

春や秋に行くと桜並木やイチョウ並木もさらに楽しめます。

今回は、JR四ツ谷駅からもすぐの紀尾井坂と清水谷坂を取り上げてみました。このあたりは歴史的な惨劇が起こった暗い過去のある場所でもありますが、紀尾井坂にはきれいなイチョウ並木があり、土手沿いや清水谷のある通り沿いには桜が植えられ、春に訪れればたいへん気持のいい場所でもあります。ぜひとも豪華なホテルの隣にひっそりと佇むこれらの場所にも目を向けて、四季折々の風景を楽しんでみてください。

掲載内容は執筆時点のものです。

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