呪術神降臨す!奈良「白庭台」に謎の天孫降臨の神、「饒速日命」を追う

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呪術神降臨す!奈良「白庭台」に謎の天孫降臨の神、「饒速日命」を追う

呪術神降臨す!奈良「白庭台」に謎の天孫降臨の神、「饒速日命」を追う

更新日:2018/03/15 16:51

花月 文乃のプロフィール写真 花月 文乃 地域文化・民俗文化リサーチャー、グラフィックデザイナー、旅行ライター

神武天皇が九州地方から東征し大和国(奈良)へ入る前、大和国には、既に神の世界から人間界へ天孫降臨した者がいたといいます。今回は、十種の神宝を携え天磐船(あまのいわふね)に乗り、神武天皇の祖神・邇邇芸命(ににぎのみこと)に先立ち降臨した謎の呪術の神、饒速日命の軌跡を奈良・白庭台とその周辺に追います。

虚空見つ大和の国

虚空見つ大和の国

提供元:写真AC

https://www.photo-ac.com

饒速日命(にぎはやのみこと)は、天照大御神の御孫神にあたり、天照大御神の詔により人間界へ降臨した神として、また、呪術の神様としても知られています。饒速日命は、十種の神宝を携え天磐船(あまのいわふね)に乗り込み、大虚空(おおぞら)を駆け巡り、日本の国土をみつけて天より舞い降りたといいます。

「大空からみて、よい国だと見定めた日本の国」ということから、「虚空見つ大和の国」という言葉が生まれました。饒速日命の携えた十種の神宝は、死者をも蘇らせることができるパワーを持ったとされます。

虚空見つ大和の国

写真:花月 文乃

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饒速日命はその後、大和国(奈良)鳥見白庭山に遷り、地元の豪族、長髄彦(ながすねひこ)の妹を妻とし、一族の主君となりました。

夫婦塚は、饒速日命の妻、登美夜須毘売(とみやびめ)のお墓といわれています。あたりは田んぼになっていて、あぜ道を歩いていくと夫婦塚が現れます。

登美夜須毘売は、饒速日命との間に宇摩志麻治命(うましまじのみこと)をもうけます。宇摩志麻治命は、物部氏の祖先とされます。

もう一つの天孫降臨と神武天皇

もう一つの天孫降臨と神武天皇

提供元:写真AC

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饒速日命の天孫降臨の後、今度は、邇邇芸命(ににぎのみこと)が祖父の天照大神の詔を受けて、葦原の中つ国(日本の国)をおさめるため、天界から舞い降ります。

邇邇芸命の子孫にあたるのが、神武天皇です。ある日、国の統治に適した場所を探していた神武天皇に、塩土老翁(しおつちのおじ)がこう言います。

「東の方角に四方を山に囲まれた美しい土地があり、既に天磐船に乗り天から舞降りたものがいます。」

大和国の状況を聞いた神武天皇は、東征を決意します。

「その土地は、国の統治の中心にふさわしい場所に違いない。天から舞降りた者とは、饒速日命のことであろうか。」

もう一つの天孫降臨と神武天皇

写真:花月 文乃

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饒速日命が天孫降臨の後、妻をめとり、安住の地とした大和国鳥見白庭山と思われる地域には鳥見白庭山の碑があります。

もう一つの天孫降臨と神武天皇

写真:花月 文乃

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大和国を統治しようとする神武天皇の前に立ちはだかった最大の宿敵が、長髄彦です。長髄彦本拠地の碑は、鳥見白庭山の碑から歩いてわずか5分ほどのところにあります。

長髄彦は、神武天皇に使いを遣わし、こう問いかけます。

「昔、饒速日命という天神の子が、天より舞降りて、私の妹の登美夜須毘売をめとり、宇摩志麻治命という子が生まれました。私は、饒速日命を君として仕えています。いったい、天神の子は2人いるのでしょうか?あなたは、天神の子の名を語り、人の土地をだまし取ろうとしているのではありませんか?」

神武天皇はこう答えます。

「天神の子は、多い。あなたの君主が天神の子なら、必ず、それを証明するものを持っているはずだ。それをまず示してみよ。」

長髄彦は、饒速日命の天羽羽矢(あまのははや)と歩靫(かちゆき)を、神武天皇に差し出します。

「嘘ではないようだ。」

そういうと、神武天皇は、今度は自分の天羽羽矢と歩靫を見せました。長髄彦は、恐れ入りかしこまりますが、改心する気はありませんでした。

神武天皇聖蹟鵄邑顕彰碑

神武天皇聖蹟鵄邑顕彰碑

写真:花月 文乃

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神武天皇は長髄彦の軍と戦いを強いられ、苦戦します。その時、突如、どこからともなくあらわれた金鵄(きんし)が、神武天皇の弓矢の先にとまり、その光り輝く姿に幻惑された長髄彦の軍勢は目がくらみ、神武天皇は勝利しました。

神武天皇と長髄彦は富雄川を挟んで対峙したとされ、かつてこの一帯であった神武天皇と長髄彦の戦いと、金鵄が舞い降りた聖地を示す神武天皇聖蹟鵄邑顕彰碑が、富雄川沿いの道から入った場所にあります。

神武天皇聖蹟鵄邑顕彰碑

写真:花月 文乃

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神武天皇聖蹟鵄邑顕彰碑から、さらに山手に進んだ奥まった場所に、天忍穂耳(あめのおしほみみ)神社があります。神社には、天忍穂耳尊(あめのおしおみみのみこと)が祀られています。

天忍穂耳尊は、別々に天孫降臨した饒速日命と 邇邇芸命 の父神にあたります。ともに同じ神を祖神とする神武天皇と饒速日命が、大和の国で出会い、金鵄が奇跡をもたらした長髄彦との戦いの地に天忍穂耳尊が祀られているのは興味深いですね。

引き継がれる十種神宝のパワーと饒速日命の墳墓

引き継がれる十種神宝のパワーと饒速日命の墳墓

写真:花月 文乃

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饒速日命は、長髄彦を殺し神武天皇に忠誠を誓ったといわれ、神武天皇も長髄彦が天から舞降りてきたことを信じ、重用しました。

饒速日命の子、宇摩志麻治命は神武天皇の即位後、饒速日命の残した十種の神宝を献上し、その霊力を使い天皇と皇后の魂を鎮める呪術をおこないました。これが、鎮魂祭のルーツと言われ、子孫の物部氏は、祭祀を司りました。

饒速日命が亡くなると、妻の 登美夜須毘売は天の天羽羽矢と天羽羽弓、神衣(かんみそ)、帯、手貫(てまき)とともに埋葬したといいます。

饒速日命の墳墓と伝わる場所は、白庭台にあります。鉄塔が目印で、そのすぐ下あたりに位置します。

新興住宅地に古代神話の世界を歩く

白庭台は、新興住宅地でありながら、その地名は、饒速日命の鳥見白庭山に由来します。点在する石碑は、古代神話の世界を紐といていくと、その位置関係の意味や、この地がかつて、天界から十種の神宝を携えて舞降りた、饒速日命が暮らした場所であり、塩土老翁が神武天皇に話した美しき土地であることに気づきます。

呪術の神としても知られる饒速日命が、天の天羽羽矢とともに眠る神秘の白庭台。あなたもぜひ、その軌跡を古代神話と共に歩いてみませんか?

掲載内容は執筆時点のものです。 2018/02/20 訪問

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