江戸の粋を伝える「浅草寺」徳川家寄贈の文化財も見逃せない!

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江戸の粋を伝える「浅草寺」徳川家寄贈の文化財も見逃せない!

江戸の粋を伝える「浅草寺」徳川家寄贈の文化財も見逃せない!

更新日:2018/04/10 15:20

Isao Noguchiのプロフィール写真 Isao Noguchi 著述業、観光検定教材製作者、ブロガー

浅草の代名詞といえば「浅草寺」。東京最古の寺院であり、毎年3000万人以上の参拝客が訪れる大人気スポットです。グルメやおみやげの宝庫「仲見世」は勿論のこと、周辺には国宝・重要文化財がズラリ。江戸の粋を今に伝える風情は地元のみならず、世界中の観光客を虜にしています。雷門などインパクトあるイメージが先行しますが、境内の提灯や彫刻など繊細な美しさも見逃せません!活気溢れる参道を進めば、自然と心躍ります。
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浅草寺の暗黙のルール?意外と知らない参拝時のマナーとは

浅草寺の暗黙のルール?意外と知らない参拝時のマナーとは

写真:Isao Noguchi

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浅草のシンボルと言えば浅草寺の「雷門」ではないでしょうか?東京メトロをはじめ、各線の浅草駅を出るとまず目に飛び込んでくるのが、正式名称「宝蔵門」です。

1649年、徳川家光の寄進によって本堂、五重塔などが建立されました。戦時下の1945年の空襲により焼失し、現在は鉄筋コンクリート造の建物です。以前は仁王像が安置されていたことから「仁王門」と呼ばれていましたが、再建後は収蔵室が設けられ「宝蔵門」と呼ばれるようになりました。

浅草寺の暗黙のルール?意外と知らない参拝時のマナーとは

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約260mにわたる賑やかな参道を彩るのが「仲見世」です。早朝時など誰もいない時間帯を歩けば3分ほどの距離です。しかし日中になると、魅力的なグルメやおみやげ屋さんに目移ろいしてなかなか前へ進めません。

「仲見世」では食べ歩きが禁止されているため、基本的にはお店の前で食べるか、持ち帰りになります。たくさんの参拝客でにぎわう中、食べ歩きはトラブルのもとになるので、買ったらすぐに店舗の前で味わうことをお薦めします。

浅草寺の暗黙のルール?意外と知らない参拝時のマナーとは

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本堂の参拝時には、自分の「名前」と「住所」を仏様に伝えてから祈願すると成就するそうです。敬意を持って参拝することで、心身共に御仏のご加護を受けられます。また、参道を歩く際は端を歩くよう心がけて下さい。真ん中は神様や仏様の通り道で、邪魔にならないようにする為なのだそうです。

正月の初詣など、年間の参拝客数は常に全国トップ10に名を連ねています。また、「浅草七福神」の番所として「大黒天」が境内の影向堂に祀られています。

浅草寺を彩る匠の技!刻々と変化する「五重塔」の建築美

浅草寺を彩る匠の技!刻々と変化する「五重塔」の建築美

写真:Isao Noguchi

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本堂の西南に位置する「五重塔」は、本堂と双璧を成す境内のシンボル的な存在です。945年に平公雅によって建立され、その後、焼失と再建を繰り返しました。五重塔はお釈迦様の遺骨を納める墓所であり、「仏舎利塔」とも呼ばれています。

夜間のライトアップでは写真愛好家や海外観光客がこぞってシャッターを切り、その優雅な姿を収めています。時間の移ろいによって、陰影が五重塔の魅力を変えていくのも見処のひとつといえるでしょう。

浅草寺を彩る匠の技!刻々と変化する「五重塔」の建築美

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この「大わらじ」は、山形県村山市の奉讃会によって奉納されたものです。延べ人員800人、約一ヵ月間を要して制作されました。藁2500kgという途方もない量を編み上げ、まさに信仰心の賜物といえるでしょう。1941年の奉納を皮切りに、宝蔵門再建後は約10年に一度納められています。

全長4.5mのわらじは仁王様の神気を表しています。「こんな大きなわらじを履く者がこの寺にいるのか!」と驚いて、邪気が去って行くと伝えられています。また、足の健康を祈ってこのわらじに触れていく参拝客も多いそうです。

浅草寺を彩る匠の技!刻々と変化する「五重塔」の建築美

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正式名称は沙竭羅竜王像(さからりゅうおうぞう) といいます。八角形錆御影石造りの手水鉢の上に、かつて本堂裏の噴水にあった高村光雲作の龍神像が安置されました。

浅草寺の起源ともなった「秘仏の観音様が川から流れてきた」という逸話からか、水が湧き出る龍の多さが象徴的です。手水舎の広さは十数人が一度にが手水できるくらいのスペースです。「手水の作法」が看板に書いてあるので、それにならって身を清めましょう。

今も残る江戸っ子気質の象徴!「伝法院通」で触れる文化と歴史

今も残る江戸っ子気質の象徴!「伝法院通」で触れる文化と歴史

写真:Isao Noguchi

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「仲見世」と交わるように続く「伝法院通」にも、名所や見処がたくさんあります。職人たちの熟練した「技」に驚き、江戸時代から続く伝統建築に感嘆させられます。

そのひとつが「地口行灯」(じぐちあんどん)です。地口とは江戸時代に流行した「洒落ことば」です。ことわざや芝居の台詞などをもじったもので、それを行灯に書いて祭礼などに競って飾るというのが江戸の風習のひとつでした。

伝法院通りでは鎮護堂の縁日に飾られていたのが始まりで、現在では12本の街路灯(24面)に年間を通してこの行灯を飾るようになりました。

今も残る江戸っ子気質の象徴!「伝法院通」で触れる文化と歴史

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門の奥には江戸中期に建てられた浅草寺の本坊である「伝法院」があります。客殿・玄関などは安永年間の建築で、客殿は「山内二十四ヶ寺」の修行道場です。また、写経の会などもここで催されています。(注)門内は一般非公開となっております。

伝法院にちなんで、「伝法肌」という言葉が今でも残っています。その由来は、かつてここの門番が住職「法親王様」の威光をかざして好き勝手をしたことから、「粗暴な振る舞いをする者」という悪い意味でした。しかし、その後転じて男気のある気風のいい者を指して「伝法肌」と言うようになりました。

今も残る江戸っ子気質の象徴!「伝法院通」で触れる文化と歴史

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浅草寺の歴史は飛鳥時代・推古天皇の時代まで遡ります。628年に現在の隅田川で漁をしていた兄弟の網に仏像がかかりました。兄弟の主人である土師中知(はじのなかとも)がこの仏像を拝んで出家したことから、浅草寺の歴史は始まったそうです。

その後、源頼朝や足利尊氏、徳川幕府の祈祷所として繁栄を重ねてきました。特に徳川政権下では、江戸の町人に愛され、今でも多くの人々が浅草寺へ参拝に訪れます。特に最近は海外旅行者が多く訪れ、東京の名所として人気のスポットに挙げられています。

<基本情報>
住所:〒111-0032 東京都台東区浅草2丁目3−1
電話番号:03-3842-0181
アクセス: 東京メトロ/都営地下鉄浅草線浅草駅から徒歩7分
祈祷受付:6:00〜17:00

2018年3月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

「浅草神社」の一大イベントと言えば三社祭!浅草が熱狂する1日

「浅草神社」の一大イベントと言えば三社祭!浅草が熱狂する1日

写真:Isao Noguchi

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浅草寺の脇に佇む「浅草神社」は、周辺の喧騒から少し外れた所にあります。日頃は閑静で、ゆっくりと参拝できる場所です。そして、神社が一年で一番盛り上がる日が「三社祭」です。

その「三社様」を祀る本殿は徳川家光によって創建された都内でも屈指の由緒ある建築物です。隣接する浅草寺とは縁が深く、三社権現として浅草寺とともに信仰されてきましたが、明治の神仏分離によって「三社明神社」と名を変え、さらに1872年に「浅草神社」となりました。

「浅草神社」の一大イベントと言えば三社祭!浅草が熱狂する1日

写真:Isao Noguchi

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浅草神社の社殿は、本殿・幣殿・拝殿から構成されています。幣殿と拝殿が渡り廊下で繋がれている「権現造り」と呼ばれる建築様式で、日光東照宮などがこれにあたります。その他にも境内には「神楽殿」・「神輿庫」などがあります。

日光東照宮と聞いて、ピンと来る方もいらっしゃるかもしれませんが、江戸初期に徳川家が寄進した社殿などは「デザイン」が似ており、特に金色の使い方が目を惹きます。東京都内には徳川家寄進の寺社が複数ありますので、是非、見比べてみてはいかがでしょうか?

「浅草神社」の一大イベントと言えば三社祭!浅草が熱狂する1日

写真:Isao Noguchi

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江戸の華「三社祭」はこの神社の例大祭です。社殿横にある「神輿蔵」には3基のお神輿が納められています。祭礼時においてこの神輿は、一之宮には「土師真中知命」・二之宮には「桧前浜成命」・三之宮には「桧前竹成命」の御神霊を移し、神輿が町中を練り歩きます。見物客は3日間で毎年約150万人の人出が見込まれています。

戦前にあった神輿は徳川家光により1637年に寄進され、約300年の長い間担ぎ継がれてきました。しかし1947年、文化財の指定を受けたことから、現在は保存されています。

<基本情報>
住所:〒111-0032 東京都台東区浅草2丁目3−1
電話番号:03-3844-1575
アクセス: 東京メトロ/都営地下鉄浅草線浅草駅から徒歩7分

2018年3月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

東京屈指の観光スポット「浅草寺」に粋を感じる理由はなぜ?

江戸の「粋」とは何なのか?それを現代において表現するならコミュニケーションの気持ち良さだと思います。買い物をすれば、間髪入れずに反応が返ってくる。そんな人々のやり取りが今の私たちには新鮮に映るのです。

海外旅行者にウケがいいのも、見るもの全てが派手で思わず手を伸ばしたくなるものばかりだからです。浅草寺にはそんな好奇心をそそる仕掛けが随所に散りばめられているのではないでしょうか?

言葉が通じなくても、コミュニケーションが成立してしまうところに「粋」の真髄があり、その場に足を踏み混んだ瞬間、高揚感に包まれる空気が浅草寺にはあります。江戸から守り続けてきた庶民の文化は、現代においてエンターテイメントの要素も併せ持つようになったのです。

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掲載内容は執筆時点のものです。 2018/03/22 訪問

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