お花見発祥の地・京都「神泉苑」と「羅城門」をつなぐ空海伝説をめぐる旅

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お花見発祥の地・京都「神泉苑」と「羅城門」をつなぐ空海伝説をめぐる旅

お花見発祥の地・京都「神泉苑」と「羅城門」をつなぐ空海伝説をめぐる旅

更新日:2018/04/03 11:42

澁澤 りべかのプロフィール写真 澁澤 りべか 西洋史ブロガー

日本人が大好きなお花見。その起源をご存知ですか?
諸説ありますが、京都で花見発祥の地とされているのが「神泉苑」。現在でも毎年、美しい桜を見られます。
ここは弘法大師空海が雨ごいの儀式を行った地で、真言宗のお寺であり同時に、空海が呼び寄せた龍の神さまも祀っています。
今回はこの超人的な法力をもった空海と、鬼が出るという羅城門をめぐる旅をご紹介します。さて、この二つに一体どんなつながりが・・・?

花見発祥の地「神泉苑」で、期間限定御朱印を!

花見発祥の地「神泉苑」で、期間限定御朱印を!

写真:澁澤 りべか

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二条城のすぐ南にある神泉苑は、無料でお庭を楽しむことができる平安京最古の史跡です。平安京が造営されたときに、大内裏に隣接して設けられた天皇のための庭園でした。

太古から湧き出る泉によってつくられた大きな池と、その中州の島や周囲の林が美しい景観を築いています。
桓武天皇以来、歴代の天皇がここで詩を詠み、宴を開き、舟遊びに興じたりと、あらゆる行事が催されました。平安中期以降、干ばつのさいにはここで雨ごいの儀式が行われることが常でした。

花見発祥の地「神泉苑」で、期間限定御朱印を!

写真:澁澤 りべか

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弘仁二年(812年)に嵯峨天皇が、神泉苑で桜の花を観賞されました。それまで平安貴族にとって花見といえば梅でした。しかしこれが起源となって「花宴の節」が始まり、桜の花見が普及していったのです。
現在でも池の東側に桜の木があり、毎年美しく咲き誇っています。

写真左の塔は弘法大師空海の850回忌(1684年)を記念する宝篋印塔。右は矢剱大明神。

花見発祥の地「神泉苑」で、期間限定御朱印を!

写真:澁澤 りべか

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神泉苑では、桜の時期に「桜花宴」の文字が入った期間限定(4月下旬まで)の御朱印をいただけます。また他にもさまざまな御朱印があります。

(2)の聖観音菩薩は本堂にまつられているご本尊。現在ここは、東寺が管轄する真言宗のお寺なのです。
(7)は、全国でもここにしかない恵方神をまつる祠(ほこら)があるため。その年の恵方にあわせて毎年祠の向きが変わります。

(8)(9)は、ここで静御前が雨ごいの舞を舞い、その姿を義経が見初めたから。
ちなみに、それまで百人の僧が祈祷し99人の白拍子が舞っても雨が降らなかったのに、静が舞うとにわかに雨が降りだし三日間降り続けたとか。毎年5月の神泉苑祭ではその静の舞が再現され奉納されます。

また御朱印はありませんが、小野小町も神泉苑に雨ごいの歌を奉納しました。
では、(1)の善女龍王とは?

空海VS守敏の雨ごい対決

空海VS守敏の雨ごい対決

写真:澁澤 りべか

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天長元年(824年)、都は大干ばつに苦しんでいました。ときの帝、淳和天皇は西寺(現存しない)の僧、守敏僧都に雨ごいの修法を行うよう命じます。しかし雨は少ししか降りませんでした。そこで次に勅命が下ったのが東寺の空海でした。
空海は修法によって北天竺から「善女龍王」という龍神を神泉苑に招き、三日三晩にわたって雨を降らせました。
その善女龍王をまつるための神社が池の中に建てられたのです。(写真)

空海VS守敏の雨ごい対決

写真:澁澤 りべか

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お社の左側には朱色の「法成橋」があります。橋をわたるさいに1つの願いごとを心に念じながらゆっくり歩いてお社に近づいていくと、龍王が願いを叶えてくださるそうです。

またお社の屋根の左の方にサギがとまっているのがわかるでしょうか。このサギは醍醐天皇から五位のくらいを賜ったことからゴイサギと呼ばれていて、謡曲(能)の「鷺」の元になっています。
さらには祇園祭の起源も、この神泉苑で疫病の根源である怨霊たちを鎮める儀式を行ったことにあるというから驚きです。

<神泉苑の基本情報>
住所:京都市中京区御池通神泉苑町東入門前町166
電話番号:075−821−1466
アクセス:地下鉄東西線「二条城前駅」下車、徒歩2分。または市バス「神泉苑前」下車すぐ

後日談の舞台「羅城門」

後日談の舞台「羅城門」

写真:澁澤 りべか

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空海・守敏の雨ごい対決には、後日談があります。
雨ごい対決に負けた守敏は空海をねたみ、羅城門のそばで空海を待ち伏せて矢を射かけました。すると突然、黒衣の僧が現れ空海をかばってその身に矢を受けたのです。
実はその正体は地蔵菩薩でした。

近鉄「東寺」駅を降りて右手、ひたすら西へ。まずは東寺を目指して歩き、東寺を通り過ぎてさらに進むと、右手にお地蔵さまが現れます。
これこそ、空海を救った地蔵菩薩をまつる「矢取(やとり)地蔵尊」です。右手に錫杖と矢を持っていて、右肩には矢傷があります。かつては矢負(やおい)地蔵とも呼ばれていました。

後日談の舞台「羅城門」

写真:澁澤 りべか

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矢取地蔵尊の右脇には「羅城門」の文字が。その脇道を入ると児童公園になっていて、羅城門遺址と刻まれた石碑がぽつんとあります。
羅城門は平安京の目抜き通りである朱雀大路の南の端にあった門。かつてはここが洛中と洛外の境界だったのです。
公園を抜けて右手を仰ぐと、東寺の五重塔が見えます。

特にその名残りがあるわけでも、復元されているわけでもないのは残念ですが、実はこの羅城門、10分の1スケールで再現されたものが京都駅に展示されています。

京都駅でその模型を見てから、この跡地を訪れてみると、ここにあれがあったのか、とイメージできますよ。
芥川龍之介の小説「羅生門」や、その元となった「今昔物語」を読んでおくのもいいでしょう。

<矢取地蔵尊と羅城門遺址の基本情報>
住所:京都市南区唐橋羅城門町54(花園児童公園内)
アクセス:近鉄「東寺」下車、徒歩8分

エピソードだらけの神泉苑と羅城門

花見の起源というだけでなく、歴史上の有名人にまつわるエピソードが満載の神泉苑。そして平安京の玄関口、羅城門。いかがでしたか?
今回は特に空海に注目してこの2つの史跡を紹介してきました。
神泉苑は毎月行事があり、御朱印もたくさんの種類があるので、何度行っても楽しめます。
羅城門の跡地も、東寺を訪問するさいにはぜひ一緒に行ってみてください。

2018年4月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

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掲載内容は執筆時点のものです。 2018/03/27 訪問

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