燃え盛る不動尊パワーゲット!東京・豊島・目白不動尊

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燃え盛る不動尊パワーゲット!東京・豊島・目白不動尊

燃え盛る不動尊パワーゲット!東京・豊島・目白不動尊

更新日:2018/07/10 14:07

井伊 たびをのプロフィール写真 井伊 たびを 社寺ナビゲーター、狛犬愛好家

三代将軍・家光は、江戸城を中心に五方角から「五色不動」を選び、江戸の平定にあたらせた。今回ご紹介する「目白不動」はそのひとつ。都電荒川線の「学習院下駅」より歩けば“たった2分”とアクセス抜群ではあるが、今回は「宿坂」を下りつつ訪れてみよう!

「目白不動」は、「金乗院」の境内にある

「目白不動」は、「金乗院」の境内にある

写真:井伊 たびを

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「目白不動(めじろふどう)」は、東京メトロ副都心線「雑司が谷駅」を利用すると便利。出入り口3番を出れば「目白通り」である。その通りを東へ真っ直ぐ、100mほど歩いた交差点「高田一丁目」を右折すれば、なだらかな下り坂を見つける。それが「宿坂(しゅくさか)」である。この坂を下り終えるあたりに「金乗院(こんじょういん)」があり、目指す「目白不動」は、その境内にひっそりとある。

「目白不動」は、「金乗院」の境内にある

写真:井伊 たびを

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出迎えてくれる山門には、「神霊山」と書かれた扁額が掲げられている。「目白不動」を目指して訪れる多くの人が、「アレッ!」と戸惑う瞬間だ!この山門は200余年の風雪に耐えた「金乗院」のもの。「目白不動」は、いわば「金乗院」の“間借り人”といった存在である。

「目白不動」は、「金乗院」の境内にある

写真:井伊 たびを

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山門の傍らにある「目白不動」の石像を見つけなければ、背を向けて帰りかけてしまうかもしれない。安心してこちらの山門をくぐり抜けてみよう!

「目白不動」は、江戸時代、三代将軍・家光によって「五色不動」のひとつに選ばれた。ところで、「五色不動」とは、江戸の鎮護と天下泰平のため、江戸城を中心にした周囲五つの方角から、「目黒不動」など主な不動尊を選んで決められたものである。

「目白不動堂」は、もともと文京区にあったが・・・

「目白不動堂」は、もともと文京区にあったが・・・

写真:井伊 たびを

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「目白不動堂」は、山門をくぐり抜けてすぐ右手の階段を、上り切ったところにある。正式には“東豊山 浄滝院 新長谷寺(ひがしぶざん じょうりゅういん しんはせでら)”と称し、もともと早稲田を見下ろす文京区関口駒井町の高台にあったが、1945年(昭和20年)の戦火により焼失したため、こちらに合併されたのである。

「目白不動堂」は、もともと文京区にあったが・・・

写真:井伊 たびを

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“目白不動尊”は今でも秘仏として扱われている。ご本尊の開帳は、その昔50年に一度だった。近年では1、5、9月の28日の3日間だけ開帳されている。

「目白不動」の歴史は、弘法大師・空海が奥州の羽黒山に籠ったときから始まっている。遣唐使から戻った空海の前に、不動明王に姿を変えた「大日如来」が現れ、持っていた剣で自分の肘を切ると、その肘から浄火が燃え上り、おごそかな仏の形になった。

空海はそれを二体の像に刻み、その一体が時を経て、武蔵国・関口に渡り着き、その不動明王像を祀るお堂が建立された。それが「目白不動」の始まりだとされているが、その年代は不明のままで、現在にいたっている。

ご利益は、家内安全、病気平癒だが、特に自分の身体を切ってまで人々にご利益を与える「目白不動尊」は、霊験あらたかなお寺として、江戸の人々から熱い信仰を集めていた。現在、その規模は小さくなってはいるが、“人生100年”ともいわれる“煩悩”多き現代人にとっても、霊験あらたかなる「目白不動尊」の存在意義は大きい。

「目白不動」の大家さん!?「金乗院」

「目白不動」の大家さん!?「金乗院」

写真:井伊 たびを

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「金乗院」は、「神霊山 金乗院 慈眼寺」と称し、真言宗豊山派の寺院である。開山永順(かいざんえいじゅん)が天正年間(1573年〜1592年)に、本尊“聖観世音菩薩”を、勧請して観音堂を建立したのが、当寺の始まりとされている。

「倶梨伽羅不動庚申塔」は必見!

「倶梨伽羅不動庚申塔」は必見!

写真:井伊 たびを

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「金乗院」の本堂脇にある「倶梨伽羅不動(くりからふどう)庚申塔」は、特に見逃さないようにしたい!倶梨伽羅不動は、人間を罪過から守る“青面金剛”の化身と言われ、竜が剣に巻きつき先端を、まさに飲み込もうとしている。下部にある“三猿(見ざる聞かざる言わざる)は、天の神に人間の犯す罪過を伝えない様子を現している。1666年(寛文6年)の建立だとされている。

「倶梨伽羅不動庚申塔」は必見!

写真:井伊 たびを

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目白通りから「目白不動」へ下る緩やかで長い坂道が「宿坂」である。300年程前には、“タヌキやキツネ”が通行人を化かす!と言い伝えられていたほど、樹木が生い茂り暗闇の坂道あったとか。

また、練馬方面から江戸に行くには、ここで1泊しなければならなかったため、「宿坂」という名がついともいわれている。別名「くらやみ坂」とも言われていた。現在の様子からは、とても想像できない風景である。

「目白不動」の基本情報

住所:東京都豊島区高田2-12-39
電話番号:03-3971-1654
アクセス:東京さくらトラム(都電荒川線)の「学習院下駅」より歩いて2分。
東京メトロ副都心線「雑司が谷駅」より歩いて3分。

2018年1月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

掲載内容は執筆時点のものです。 2018/01/02 訪問

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