風光明媚な「紀伊国坂」は別名で赤坂。東京・赤坂との関係を探る坂と史跡めぐり

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風光明媚な「紀伊国坂」は別名で赤坂。東京・赤坂との関係を探る坂と史跡めぐり

風光明媚な「紀伊国坂」は別名で赤坂。東京・赤坂との関係を探る坂と史跡めぐり

更新日:2018/05/01 19:20

雲本 らてのプロフィール写真 雲本 らて ブロガー、坂道探検家

坂上はJR四ツ谷駅、坂下は東京メトロ赤坂見附駅に位置している「紀伊国坂」は、東京都内でも屈指の風光明媚な坂道です。坂道沿いには外濠をはじめ新旧様々な史跡も存在し、坂下には東京メトロ赤坂見附駅があるとおり赤坂という地名にも縁深い場所です。今回はそんな紀伊国坂とあわせてめぐりたい界隈の史跡スポットなどを紹介してみたいと思います。

紀伊国坂とは?

紀伊国坂とは?

写真:雲本 らて

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「紀伊国坂」は、坂上すぐにはJR四ツ谷駅、坂下は東京メトロ赤坂見附駅に接している全長約1kmほどある距離の長い坂道です。また坂道周辺は緑も多く外濠の影響もあり四季折々の自然の景色が楽しめる都内でも貴重な場所でもあります。

坂名の紀伊国坂については、坂道の南西側に隣接している赤坂御用地に、江戸時代、紀伊和歌山藩・徳川家の上屋敷があったことに由来します。

様々な史跡スポットが存在

様々な史跡スポットが存在

写真:雲本 らて

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紀伊国坂の坂上あたりはそれほど勾配はありませんが、広い道幅で坂道沿いには高い建物もないため、遠くにはホテルニューオータニの宿泊棟や赤坂見附駅界隈の高層ビルなどが見え、都内でも独特な風景が楽しめます。

様々な史跡スポットが存在

写真:雲本 らて

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また途中には風情のある赤坂迎賓館東門も隣接しています。この門はかつて紀州藩・徳川家中屋敷にあり、表門として使われていましたが明治末期に現在の場所に移築して赤坂迎賓館東門として使われています。そのため現役の門ではありますが、江戸時代の雰囲気がそのまま残っている貴重な史跡でもあります。

様々な史跡スポットが存在

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さらに坂上に行くと、坂道の西側に隣接している赤坂迎賓館の庭園を外から眺められたり、迎賓館と調和のとれるように設計されたという若葉東公園が隣接しています。なお若葉東公園の中央を南北に走っている道路から南側(赤坂迎賓館側)を見るとちょうど庭園の向こうに国宝でもある迎賓館の建物も見えます。

赤坂と紀伊国坂の関係は?

赤坂と紀伊国坂の関係は?

写真:雲本 らて

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紀伊国坂と呼ばれるようになったのは、江戸時代に紀伊和歌山藩・徳川家の上屋敷があったからです。それ以前は「赤坂」と呼ばれていました。赤坂という坂名については、紀伊和歌山藩・徳川家の上屋敷になる前はこのあたりに赤根山があり、その山へ登る坂道だったため赤坂と呼ばれるようになったという説。もうひとつは、この周辺の土地が赤土であり、坂道も赤土で覆われていたため赤坂と呼ぶようになったという二つの説があります。

ただどちらの説にしても、坂道の名前が赤坂の地名の由来になったというのは確かなようです。

小泉八雲の怪談「狢(むじな)」の舞台でもある紀伊国坂

小泉八雲の怪談「狢(むじな)」の舞台でもある紀伊国坂

写真:雲本 らて

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小泉八雲は、紀伊国坂を舞台として狢(むじな)がのっぺらぼうに変身して道行く人を怖がらせる怪談話を創作しています。当時も外濠と紀伊和歌山藩・徳川家の上屋敷に挟まれた場所という点では変わらないとはいえ、夜になれば人通りは途絶え、わざわざ紀伊国坂をさけて通っていたという話も残っているくらい寂しい場所だったため、現在の様子からは想像しにくいのですが、怪談話も成立したのかもしれません。

<基本情報>
紀伊国坂
所在地:東京都港区元赤坂2丁目と1丁目および新宿区四ツ谷1丁目
アクセス:東京メトロ・赤坂見附駅より徒歩1分およびJR・四ツ谷駅徒歩3分

外濠と紀伊国坂

外濠と紀伊国坂

写真:雲本 らて

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紀伊国坂は坂の途中から坂下あたりにかけて、水をたたえている弁慶堀に隣接しています。紀伊国坂といえば、なんといっても外濠との関係があげられますが、その中でも弁慶堀の水辺空間と坂道の上空を走る首都高速とのコントラストは印象的です。

また坂下には堀を渡るための弁慶橋もあり、和風の印象的なつくりから地域の名所としても親しまれています。

外濠と紀伊国坂

写真:雲本 らて

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坂上あたりには、真田藩が普請を請け負ったことから付けられたという真田堀も隣接しています。現在は上智大学のグラウンドとして利用されているため水はたたえていませんが、春に訪れば堀沿いに植えられた桜を眺めることもできます。

外濠と紀伊国坂

写真:雲本 らて

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弁慶堀と真田堀の間に位置する喰違見附跡も隣接しています。江戸城外郭門のひとつで、現在も一部土塁がなくなっているところはあるものの、形状自体は保存され、往時の様子も確認でき、案内看板も設置されています。

また、明治初期に「赤坂喰違の変」が起こった場所としてもこの地は有名です。

<基本情報>
喰違見附跡
所在地:東京都千代田区紀尾井町
アクセス:JR・四ツ谷駅徒歩8分

もうただの道とは思えなくなる紀伊国坂めぐり

今回は、紀伊国坂と周辺に点在する史跡スポットを紹介してみました。ここは外濠や、迎賓館との関係を探るだけでも楽しめますし、赤坂とのつながり、かつてはもの寂しく怪談話の舞台にもなるような場所だったことも想像しながら歩くと、もうただの坂道(道?)とは思えなくなるかもしれません。ぜひこの一風変わった紀伊国坂めぐり、試してみてください。

2018年4月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

掲載内容は執筆時点のものです。

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