写真:Ise Shinkurou
地図を見る全国に約300の流派があると言われる剣道ですが、TVの時代劇等でよく見聞きするのが「柳生新影流」ではないでしょうか。そしてこの流派の基となった「愛洲影流」を築いたのが、室町時代を生きた愛洲移香斎久忠です。
この人物が生まれ育ったのが、五ヶ所湾に面した風光明媚な土地南伊勢町。「愛洲の館」は、愛洲移香斎を中心に剣道の歴史とロマンを紹介する施設です。
写真:Ise Shinkurou
地図を見る剣祖・愛洲移香斎が生み出した「影流」は、剣聖として有名な上泉伊勢守信綱の「新陰流」つまりは「柳生新陰流」の源流となっています。
館内には代表的な流派の系統図がパネル掲示されていますので、武士の生き様とも言われる剣の流派を興味深く学ぶことが出来ます。時代劇・武士・剣ファンにはお勧めのコーナーですよ。
さらにこの人物が幼少時代を過ごした「五ヶ所城址」が模型と映像で紹介されています。実際に散策される前にぜひ知っていただきたい、奥伊勢ならではの地形です。
写真:Ise Shinkurou
地図を見る移香斎が影流を開眼したのが、日向国鵜戸の岩屋と伝わります。太平洋の荒波によって削られ、長い年月をかけて造られた神秘的な洞窟。
現在の宮崎県日南市「鵜戸神宮」がこの場所に当たり、剣法発祥の聖地と呼ばれています。ここで影を相手に新剣法を会得したという、洞窟内の様子がわかりやすく紹介されています。
さらにお勧めは神社に奉納されたと伝わる剣が展示されている事。日本刀ファンの方にはぜひ見ていただきたい逸品です。
写真:Ise Shinkurou
地図を見る館の周辺には奥伊勢の魅力をたっぷり愉しめる公園が整備されています。川沿いに整備された散策道は愛洲氏の居城・五ヶ所城址へとつながっています。
写真:Ise Shinkurou
地図を見る移香斎が生まれ育った奥伊勢エリアは五ヶ所浦の海岸沿いまで鬱蒼とした山々が迫る地域。ですので一般的には山奥深くにある水源が、海沿いの生活圏にあるという特別な地域です。
ここ愛洲城址公園内にも水源があり、公園内を流れる川は澄み切った美しい流れが特徴。川のせせらぎを聴きながら散策していると、すぐそこの木立から移香斎の鍛錬の声が聞こえてきそう。往時の雰囲気が残る素敵な散策道です。
写真:Ise Shinkurou
地図を見る散策道から川まで降りることが出来ます。その澄み切った川の流れを目と耳で愉しんでみてくださいね。マイナスイオンパワーをたっぷり浴びて、身も心もリフレッシュする事間違いなしです。
流れが激しい場所もありますので、くれぐれも気をつけてお楽しみください。
写真:Ise Shinkurou
地図を見る「愛洲の館」裏にある孟宗竹に囲まれたエリアには愛洲氏の居城跡・五ヶ所城址があります。愛洲一族は海運業も営んでいた伊勢有数の豪族で、その勢力を今に残す城址は三重県の史跡に指定されています。
五カ所城址に行くには写真の「鍛錬の段」と言われる急な階段を登るか、上記でご紹介した公園を散策しながら登る二通りの道があります。どちらも伊勢ならではの季節感を楽しみながら、剣祖・移香斎を偲ぶ素敵な登城ルートです。
またここでは例年8月に「愛洲氏顕彰祭・剣祖祭」が催され、全国の剣士が集います。35年以上続く祭りで、様々な流派の演舞を見る事が出来る愛洲の里ならではのイベントです。
ご興味のある方は下記関連情報・南伊勢町行政チャンネル「平成29年度の剣蔬祭」の動画をご覧下さい。
写真:Ise Shinkurou
地図を見る南北朝時代、南朝のために活躍をした愛洲一族は、伊勢の国司北畠氏の配下となりました。
その後北畠の怒りをかい、滅ぼされてしまいます。公園内にはその原因となったと伝わる牛鬼(うしおに)の慰霊の像が。時代の流れに翻弄された地方の豪族の悲哀を物語る歴史の一場面です。
住所:三重県度会郡南伊勢町五ヶ所浦2366
電話番号:0599-66-2440
アクセス:伊勢自動車道玉城ICよりサニー道路経由で約30分、志摩磯部駅からバスで20分
※館内での写真撮影は禁止
2018年5月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。
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(2024/3/19更新)
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