名物梅ケ枝餅も味わえる福岡・太宰府天満宮で合格と厄除け祈願

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名物梅ケ枝餅も味わえる福岡・太宰府天満宮で合格と厄除け祈願

名物梅ケ枝餅も味わえる福岡・太宰府天満宮で合格と厄除け祈願

更新日:2018/08/08 16:32

大里 康正のプロフィール写真 大里 康正 旅する写真家、タイと台湾に詳しい旅作家

福岡県太宰府市宰府にある太宰府天満宮は、菅原道真を祭神とする学業全般の神社ですが、もちろん厄除け等の様々な祈願も可能なパワースポットです。

年間850万人以上が参拝する神社で天満宮の総本宮!ところで、なぜ福岡で道真なのか?それは数奇な運命があったのです。

また、道真が好んだと言う餅に由来する「梅ケ枝餅」は、大宰府名物のグルメ。観光や参拝の前後にぜひとも試してみましょう。

祟り神「菅原道真」から学問の神様へ

祟り神「菅原道真」から学問の神様へ

写真:大里 康正

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太宰府天満宮に訪れて、最初に渡るのが太鼓橋。池は心という漢字を基本として作られていることから「心字池」となります。水の上の橋を渡ることは心を清める、という意味がありますので、心静かに進んでみましょう。そして橋は、平橋、再び太鼓橋と続き、三つの橋が意味するのは過去現在未来となっています。

祟り神「菅原道真」から学問の神様へ

写真:大里 康正

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では、祭神の菅原道真(承和12年(845)-延喜3年(903))はどのような人生だったのでしょう。時は平安時代ですが、道真の生まれは京都、奈良、島根説などがあり、どこで生まれたのかは分かっていません。しかしながら幼い頃から学業や詩文に優れ、徐々に周囲に知られていきます。

難易度の高い試験に合格し、その後は役人として順調に出世を重ねていきますが、それがやがてこの福岡の大宰府に来ることになるとは、本人もまったく想定はしていなかったでしょう。

道真は学問に優れ、また仕事は有能。醍醐天皇の朝廷にて右大臣にまで出世したのです。順調な人生を歩んでいたのですが、左大臣・藤原時平の謀略に嵌められてしまい、901年に大宰府に左遷されてしまいました。そしてわずか2年後に没しています。その後、京都には不思議な出来事が次々と起こったとされます。

祟り神「菅原道真」から学問の神様へ

写真:大里 康正

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政敵であり大宰府左遷のきっかけを作った藤原時平は、道真没後6年目の909年に39歳で病死。913年になると道真失脚の首謀者とも言われた右大臣源光が溺死。道真の左遷を最終決断したのは醍醐天皇ですが、923年に皇太子保明親王が21歳で死去。その後、保明親王息子で皇太孫となった慶頼王は925年、5歳で病死。

930年になると朝議中の清涼殿に突如落雷があり、道真左遷に関与したとされる大納言藤原清貫を含め多くの死傷者が。落雷の直撃を免れた醍醐天皇でしたが精神的なショックを受け、わずか3か月後に没しています。

これを世の人だけではなく、朝廷も菅原道真の怨念と考えたのです。そこで何とか怨念を沈めたい。朝廷は罪を許すとして地位や名誉を回復し、流罪となっていた子供たちを京に戻し、朝廷に落雷があったことから雷神とし、また優れた学識を持っていたことから学問の神としたのです。

太宰府天満宮について

太宰府天満宮について

写真:大里 康正

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手水舎の近くにある麒麟の像。嘉永5年(1852年)に博多の商人により奉納されたものですが、意味するところは聖人が現れ政治を司るときに出現するという中国の思想によるものです。

太宰府天満宮にある理由は菅原道真の遺徳を称えるため。道真と言えば牛となるでしょうが、ここでは麒麟もいることを知っておきましょう。

太宰府天満宮について

写真:大里 康正

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見事な朱色の楼門は入母屋造りで檜皮葺の二重門。実は慶長年間に石田三成によって再興された歴史があります。現在の門は明治の火災で焼失後、1914年に再建されていますが、堂々とした作りは天満宮の格の高さを象徴していると言えるでしょう。

太宰府天満宮について

写真:大里 康正

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本殿は国の重要文化財。創建は延喜19年(919年)ですが、現在の本殿は何度もの火災にあった後、小早川隆景が約5年の年月をかけて再建したもので、天正19年(1591年)のものです。400年以上経過しても見事な状態が保たれ、桃山建築がいかに高度な技術であったのかを知ることが出来るのです。

学業の神様に合格祈願とお守り

学業の神様に合格祈願とお守り

写真:大里 康正

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太宰府天満宮では、各種祈願をすることが可能です。祈願の筆頭は何と言っても学業。様々な試験、受験の合格祈願、学業成就祈願となります。

しかしながら菅原道真は学問だけではなく、至誠、厄除けの神としても崇拝されています。学業に限らず参拝をしてみましょう。

学業の神様に合格祈願とお守り

写真:大里 康正

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そして大事なことは、願いが叶った後のお礼参りです。再びお参りしてお礼をするのが本来ですが、こちらでは郵送も可能ですので、遠方の方は利用してみましょう。

818-0117 福岡県太宰府市宰府4丁目7番1号 太宰府天満宮 学業係

もちろん、七五三や神前結婚式等、様々なお祝い事も可能です。

また、各種お守りも豊富です。学業袋守、学業きんちゃく御守、就職成就御守等、ぜひとも自分の人生の節目に相応しいお守りを。

美しい太宰府天満宮

美しい太宰府天満宮

写真:大里 康正

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楼門や本殿は、季節によっては朱色と緑が美しい色合いを見せてくれます。

美しい太宰府天満宮

写真:大里 康正

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神社はパワースポットでありながら、絶好の撮影スポットです。様々な角度から撮影してみては如何でしょうか。

美しい太宰府天満宮

写真:大里 康正

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また、庭も美しく、日本らしい苔や木々の色どりが「和の空間」を演出していると言えるのです。

太宰府天満宮の<基本情報>
住所:福岡県太宰府市宰府4丁目7番1号
電話:092-922-8225
アクセス:西鉄太宰府駅から徒歩5分

明治の建物「甘木屋」でご当地グルメの名物・梅ケ枝餅

明治の建物「甘木屋」でご当地グルメの名物・梅ケ枝餅

写真:大里 康正

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菅原道真も好んだと言われるのがご当地グルメの「梅ケ枝餅」です。小豆餡を薄い餅の生地で包んだものですが、特徴的なのは梅の刻印が入った鉄板で焼くことで、模様が入るようになっていること。

伝説として、大宰府に流された道真を慰めるために、老婆が売っていた餅を差し出し、それが好物になったからというものがあります。そして没した時に、梅の枝にさして餅を墓前に添えたことから、梅ケ枝餅となったと伝わっており、今ではこれがご当地グルメとして名物なのです。

店の数は参道を含め大変多いのですが、中でもお勧めが明治の建物が今に残る「甘木屋」です。外国人観光客からも人気で列が出来るほど。単品の他にもセットメニューがありますので、店内で食べる等、お好みで楽しんで下さい。

甘木屋の<基本情報>
住所:福岡県太宰府市宰府2-7-34
電話:092-922-4012
アクセス:西鉄太宰府駅から徒歩3分

太宰府天満宮で菅原道真に祈願し、ご当地名物・梅ケ枝餅

詩文や学業に優れ、様々な業績を残しながら不遇の最後となった菅原道真ですが、その後は神様として現代まで尊敬を集め、多くの人が参拝する太宰府天満宮。ぜひとも成功の祈願をしてみましょう。

そしてご当地グルメのスイーツ「梅ケ枝餅」を楽しみ、大宰府での時間を充実させて下さい。

2018年8月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

掲載内容は執筆時点のものです。 2017/04/20 訪問

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