霧島信仰と日向神話の聖地。天孫降臨の高千穂峰を望む狭野神社

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霧島信仰と日向神話の聖地。天孫降臨の高千穂峰を望む狭野神社

霧島信仰と日向神話の聖地。天孫降臨の高千穂峰を望む狭野神社

更新日:2018/07/02 13:45

新 直子のプロフィール写真 新 直子 歴史さんぽライター

宮崎県と鹿児島県の県境に連なる霧島連山は、霧島神宮をはじめとする霧島信仰の聖地です。

霧島信仰の中心は、天孫降臨の舞台の高千穂峰。そのまわりに霧島六社権現と呼ばれる神社がご鎮座しています。

今回はその中のひとつ、日向神話の里、宮崎県西諸県郡高原町にある狭野神社をご紹介します。日本神話の聖地の中でも、特に大きなパワーを感じるこの場所で、あなたも新たなエネルギーをいただいてみませんか。

ここに天から神様が降り立った!天孫降臨の聖地・高千穂峰と霧島信仰、そして日向神話とは?

ここに天から神様が降り立った!天孫降臨の聖地・高千穂峰と霧島信仰、そして日向神話とは?

写真:新 直子

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宮崎県と鹿児島県の県境に連なる霧島連山。今も新燃岳(しんもえだけ)などが時々噴火し、ニュースになっていますが、ここは霧島神宮をはじめとする霧島信仰の聖地です。

霧島信仰の中心は、天孫降臨(てんそんこうりん)。つまりアマテラスオオカミの孫のニギギノミコトが天から地上に降り立ったといわれる、標高1574mの高千穂峰(たかちほのみね)です。

頂上にはニギギノミコトが天から降り立った時、目印のために突き立てたといわれる「天之逆鉾(あまのさかほこ)」。天之逆鉾は、なぜ、いつからここにあるのかわからないものとして、日本三奇の一つに数えられています。

ここに天から神様が降り立った!天孫降臨の聖地・高千穂峰と霧島信仰、そして日向神話とは?

写真:新 直子

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とても神秘的な雰囲気が漂う高千穂峰の周囲には、霧島六社権現(きりしまろくしゃごんげん)と呼ばれる神社がご鎮座しています。

霧島六社権現とは、霧島神宮(鹿児島県霧島市)、霧島岑神社(きりしまみねじんじゃ・宮崎県小林市)、夷守神社(ひなもりじんじゃ・霧島岑神社に合祀)、東霧島神社(つまきりしまじんじゃ・宮崎県都城市)、霧島東神社(宮崎県西諸県郡高原町)、そして狭野神社(さのじんじゃ・宮崎県西諸県郡高原町)のこと。

霧島六社権現の創建は大変古く、西暦でいうと540年、慶胤(けいいん)という僧によって、高千穂峰と御鉢(噴火口)の間の背門尾(せとお)という所に創建されたのが始まりといわれています。

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宮崎県と鹿児島県の県境辺りを、昔は大隅国(おおすみこく)といいましたが、この辺りはニギギノミコトの子孫達が活躍する「日向神話」(ひむかしんわ)の舞台でもあります。

霧島神宮(鹿児島県霧島市田口)はニギギノミコト。鹿児島神宮(鹿児島県霧島市隼人町)はその子であるヒコホホデミノミコト。鵜戸神宮(宮崎県日南市)はその孫のウガヤフキアエズノミコト。宮崎神宮(宮崎県宮崎市)はその曾孫のカムヤマトイワレヒコノミコト、つまり後の神武天皇をお祀りしています。

カムヤマトイワレヒコノミコトは今から2600年以上前、日向の地を出て大和(奈良県)に向かい、初代・神武天皇となって日本を建国しました。

その125代目が現在の天皇陛下です。

数々の神話の舞台となったこの辺りは、今も神様がそこかしこにいらっしゃるような雰囲気に満ちています。ここでしか感じられないこの神秘的な雰囲気を、体験してみませんか?

神武天皇生誕の地。狭野神社のある宮崎県西諸県郡(にしもろかたぐん)高原町

神武天皇生誕の地。狭野神社のある宮崎県西諸県郡(にしもろかたぐん)高原町

写真:新 直子

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狭野神社のある宮崎県西諸県郡(にしもろかたぐん)高原町は、神武天皇に関する伝承が特にたくさん残っています。

この辺りは昔から狭野(さの)と呼ばれており、この地に生誕した神武天皇は、幼名を地名からとって狭野尊(さののみこと)といったそうです。

神武天皇生誕の地。狭野神社のある宮崎県西諸県郡(にしもろかたぐん)高原町

提供元:公益財団法人みやざき観光コンベンション協会

http://www.kanko-miyazaki.jp/photo/list?theme-id=3…地図を見る

狭野神社から西に1km程、高原町を見下ろす高台には皇子原公園があります。皇子原公園は、ゴーカートやニジマスが釣れる渓流などもある大変広い公園ですが、ここには神話についてわかりやすく展示している神武の館があります。

皇子原公園の中に、古墳などと共に皇子原(おうじばる)神社がご鎮座しています。ここが神武天皇の生誕地といわれ、産湯を使った産湯石があります。

また、湯之元温泉や極楽温泉の近くにある宮の宇都(みやのうと)は、降臨されたニニギノミコトが高千穂宮を建てられたところといわれ、神武天皇も幼少期にお住まいになった、古代の皇居の跡といわれています。

神武天皇生誕の地。狭野神社のある宮崎県西諸県郡(にしもろかたぐん)高原町

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また狭野神社から国道223号線を鹿児島県霧島市方面に向かって走っていくと、深い森の中に、高千穂峰を眼前に仰ぐ御池(みいけ)という火山湖があらわれます。

深い森と、目の前に迫る高千穂の峰、そして深淵な色をたたえる御池。あまりの神秘的な雰囲気に、思わず息を飲むことでしょう。

この湖も、神武天皇がよく水遊びをされたところといわれ、皇子港という船着き場があります。

付近の森は御池野鳥の森と呼ばれていますが、森の中を散策できるコースやキャンプ場が整備されています。

高千穂峰のパワーを身近に感じながら、野鳥の声に耳を傾けたり、満天の星空を仰いでみませんか。大自然と大宇宙を身体いっぱいに感じて、きっと忘れられない体験となるでしょう。

天孫降臨の聖地・高千穂峰を間近に望む「狭野神社」

天孫降臨の聖地・高千穂峰を間近に望む「狭野神社」

写真:新 直子

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高千穂峰が見晴らせる地にご鎮座している狭野(さの)神社は、第5代孝昭天皇の時代、今から2500年前の創建といわれる大変古い神社です。

狭野神社の参道は約1kmもの長さがあり、この緑の参道を歩いていると、とても荘厳な気持ちになります。

境内に植えられている狭野杉は、豊臣秀吉の時代の慶長3(1598)年、朝鮮出兵に従軍した薩摩の島津義弘が、無事に凱旋できたお礼に奉納したものです。

数々の武勇で知られる島津義弘ですが、義弘の朝鮮出兵といえば、鬼石曼子(鬼島津)と恐れられた泗川(しせん)の戦いが有名です。島津義弘公は、明・朝鮮連合軍37000人(一説には20万とも)に対して7000人で戦い、大勝利を治めました。そのお礼に植えられたのが、狭野神社の狭野杉です。

明治40(1907)年には、この狭野杉を使って宮崎神宮の本殿が建て替えられました。現在の狭野神社の本殿は、それまで宮崎神宮で使われていたものを移されたものです。

神明造りの本殿と、棟の上の5本の鰹木、本殿左の神饌所、右側に御料屋など、当時の宮崎神宮の建築様式を今に伝える、大変貴重なものが見られます。

天孫降臨の聖地・高千穂峰を間近に望む「狭野神社」

写真:新 直子

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狭野神社の拝殿で参拝した後、後ろを振りむくと、神門の向こうに参道が見えます。

400年前に島津義弘公が奉納した杉は、現在は10本程が残るのみですが、一の鳥居から神門まで約1km続く参道は、40mから60mの高さのある杉木立に包まれ、とても神秘的な緑の光に満ちています。

この参道を歩くだけでも、きっと清々しい気持ちになれることでしょう。

天孫降臨の聖地・高千穂峰を間近に望む「狭野神社」

写真:新 直子

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狭野神社のある宮崎県西諸県郡(にしもろかたぐん)高原町は、とても美しい田園風景が広がる、日本の原風景ともいえるところです。

近くには、鉄分を含んだ高濃度天然炭酸水が身体と心を癒してくれる、極楽温泉や湯之元温泉があり、宿泊することも、日帰り湯も楽しめます。

また地元の川で採れた天然の鮎の塩焼きや、馬刺しなどの名物も堪能できます。

日本神話のパワーがあつまるこの町で、神様もはいったかもしれない黄金色の温泉や、鳥の声やカエルの声、風の音に癒されながら、歴史を感じる心豊かな旅にでてみませんか?

宮崎県高原町・狭野神社の基本情報

《霧島信仰と日向神話の聖地。天孫降臨の高千穂峰を望む狭野神社》

〇「狭野神社」基本情報
住所:宮崎県西諸県郡高原町蒲牟田117
電話番号:0984-42-1007

アクセス:宮崎空港からレンタカーがおすすめです。
※高速バスご利用の場合
宮崎空港から「宮交バス」or「JR宮崎空港線」で宮崎駅へ。
宮崎駅から「はまゆうバス」or「なんぷうバス」で高原ICへ。
高原ICから宮交通タクシー。


2018年6月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

掲載内容は執筆時点のものです。 2018/06/03−2018/06/04 訪問

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