奄美大島龍郷で愛を知り愛に満ち溢れた西郷隆盛の足跡をたどろう!

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奄美大島龍郷で愛を知り愛に満ち溢れた西郷隆盛の足跡をたどろう!

奄美大島龍郷で愛を知り愛に満ち溢れた西郷隆盛の足跡をたどろう!

更新日:2018/08/02 12:27

六三四のプロフィール写真 六三四 日本旅のペンクラブ会員、4つ星温泉ソムリエ、温泉フリーライター

NHK大河ドラマ「西郷どん」で沸く鹿児島。主人公、西郷隆盛がその人生において最も美しい時を過ごしたと言われているのが奄美大島の龍郷町です。のちに維新三傑と呼ばれる事になる西郷。その偉大なる人間性を形成したのは龍郷での愛に満ち溢れた時間だったのかもしれません。西郷が過ごした龍郷でその足跡をたどりましょう。

奄美大島龍郷阿丹崎(あたんざき)に降り立つ西郷隆盛

奄美大島龍郷阿丹崎(あたんざき)に降り立つ西郷隆盛

写真:六三四

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安政六年(1859)正月十一日、西郷は大島行きの砂糖船福徳丸に乗り、龍郷村阿丹崎に到着しました。阿丹崎は現在の龍郷湾入口にあり舟の停泊場所としては最適の場所であったそうです。

西郷が訪れた当時の阿丹崎には番所があり、樹齢100年を超える一抱えほどのリュウキュウマツの大木がありました。ここに入る飛脚船や砂糖積船が松に艫綱(ともづな)を結んだので「舟つなぎ松」と呼ばれていました。そして、西郷が来島し舟をつないで以来、いつしか「西郷松」と呼ばれるようになったと伝わっています。

奄美大島龍郷阿丹崎(あたんざき)に降り立つ西郷隆盛

写真:六三四

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現在、観光地になっている「西郷松」ですが、2011年に立ち枯れで切り落とされ、松の根本にあった土手(番所の防風のために築かれた壁の一部)と「西郷松跡地」の石碑が残るのみとなっています。

龍郷町の中心部にある龍郷町生涯学習センター「りゅうがく館」(大島郡龍郷町瀬留968-1)入口には、枯れた「西郷松」を利用して作られた西郷隆盛と愛加那の木像が展示されています。

<基本情報>
住所:鹿児島県大島郡龍郷町久場886
電話番号:0997-69-4512(龍郷町役場企画観光課)
アクセス:龍郷町役場から県道81号線を北に車で6分

最初の潜居地と息子菊次郎が生まれた龍家本屋敷跡

最初の潜居地と息子菊次郎が生まれた龍家本屋敷跡

写真:六三四

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西郷の生活は阿丹崎から北2km程の所にある龍郷集落で始まります。龍郷にあった空き家に借家住まいをしたそうです。寵愛をうけた島津斉彬公に先立たれ、僧月照と共に入水自殺を計るも一人生き残った西郷。最初の潜居地となったここでは奇声をあげたり、木剣を振り回したり、大木や家の柱に布団を縛り付け一人相撲をとったりと鬱積した自己への怒りを晴らしていたと語り継がれています。

海に面する龍郷集落は亜熱帯植物が多く自生しており、西郷が訪れた当時の自然風景を今に伝えています。残念ながら西郷が初めて住んだ敷地に家屋はありませんが、集落を歩くと西郷の息づかいが聞こえてきそうです。

<基本情報>
住所:鹿児島県大島郡龍郷町龍郷
電話番号:0997-69-4512(龍郷町役場企画観光課)
アクセス:龍郷町役場から県道81号線を北に車で9分

最初の潜居地と息子菊次郎が生まれた龍家本屋敷跡

写真:六三四

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借家住まいを二か月ほどした後、西郷は郷士格の龍家に住む事になります。その頃の龍家本家は龍郷の村から南に小山をひとつ隔てた小浜というところにありました。周囲には大木が茂り、堅固な高いサンゴの石垣で塀をめぐらされており一見城郭のようだったと伝わります。敷地内の奥にあった離れが西郷の住居に当てられました。

そして、西郷は安政六年(1859)、龍佐民夫婦の媒酌で於戸間金(のちの愛加那)と結婚。時に西郷33歳、於戸間金23歳でありました。その後、文久元年(1861)のちの台湾宜蘭庁長や京都市長も務めた西郷菊次郎がこの地で生まれています。

現在も跡地にはサンゴの石垣が残っています。ハブ一匹も入る事が出来ないほどぎっしり積まれたサンゴ。西郷が触ったであろう塀に手を置くと、何となく嬉しさがこみ上げてくるあなたは紛れもない西郷ファン!

<基本情報>
住所:鹿児島県大島郡龍郷町龍郷
電話番号:0997-69-4512(龍郷町役場企画観光課)
アクセス:龍郷町役場から県道81号線を北に車で8分

西郷が愛加那と菊次郎に残した西郷南洲流謫跡

西郷が愛加那と菊次郎に残した西郷南洲流謫跡

写真:六三四

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西郷と愛加那(於戸間金)、二人の仲はたいそう睦まじく、例えるなら蜜のように甘い生活だったそうです。息子菊次郎の誕生で初めて父親となった西郷。その喜びは大久保一蔵(のちの大久保利通)らに宛てた手紙にも残されています。

そして、西郷は愛加那と菊次郎のため、屋敷をととのえたいと考えます。村人は西郷一家を龍郷集落内の白間区域に迎え、争って普請の手伝いをしたそうです。文久元年(1861)に六畳と八畳の瓦葺の家が完成し盛んな落成祝いが行われました。

その後、明治四十三年(1910)に再建されたものが、現在の鹿児島県文化財「西郷南洲流謫(るたく)跡」です。海岸沿いではなく集落内に作られた屋敷。風雨の被害が少ない場所を西郷自らが探したと言われています。流謫跡には勝海舟揮毫(きごう)による石碑や、息子西郷菊次郎が愛加那に宛てた手紙など西郷ゆかりの品が公開されています。

<基本情報>
住所:鹿児島県大島郡龍郷町龍郷
電話番号:0997-69-4512(龍郷町役場企画観光課)
入場料金:200円(高校生以上)、100円(小中学生)
開館時間:10:00〜16:30
休館日:不定
駐車場:5台(無料)
アクセス:龍郷町役場から県道81号線を北に車で9分

西郷が愛加那と菊次郎に残した西郷南洲流謫跡

写真:六三四

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文久元年(1861)11月に新居へ引っ越した西郷と愛加那と菊次郎。しかし、新居に移り住んだその翌日、西郷の元に「直ちに性を改めて帰藩すべし」という召喚状が届きます。奄美大島では菊池源吾と名乗っていた西郷。大島に三年いたから、大島三右衛門と名を改めます。西郷の島に対する愛着が偲ばれます。

そして、愛加那との別れに際し島での暮らしに子ならぬよう水田一反、畑一反を与えています。この愛加那の畑は龍郷集落に入ってすぐの三叉路の角地にあります。そのすぐ傍には「愛加那の泉(イジョンゴ)」と書かれた看板。地元では「ヒキョノイジョンゴ」と呼ばれていたそうです。イジョンゴとは湧き水の出る場所で、昔から島民の生活用水として大事にされてきた水場。この古井戸は愛加那も使ったであろうし、西郷もこのイジョンゴの水を飲んだに違いありません。

龍郷集落を歩けば、笑いながら手をつなぐ西郷と愛加那二人の姿が浮かんできます。二人と島の人たちの愛に溢れた龍郷。奄美に行かれる際は訪れてみてはいかがでしょうか。

<基本情報>
住所:鹿児島県大島郡龍郷町龍郷
電話番号:0997-69-4512(龍郷町役場企画観光課)
アクセス:龍郷町役場から県道81号線を北に車で9分

龍郷集落に行かれる際はマナーを守って!

大河ドラマ「西郷どん」の放送で龍郷集落には観光客が多く訪れています。観光地ではありますが、住民の日常生活の場でもあります。集落内での迷惑行為(路上駐車、ゴミなど)はくれぐれもおやめ下さい。車で行かれる際は必ず集落内に設けられた駐車場を利用しましょう。

2018年8月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

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掲載内容は執筆時点のものです。 2018/07/01 訪問

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