生誕900年!安芸の宮島を愛した男・平清盛ゆかりの地5選!

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生誕900年!安芸の宮島を愛した男・平清盛ゆかりの地5選!

生誕900年!安芸の宮島を愛した男・平清盛ゆかりの地5選!

更新日:2018/08/07 16:57

政田 マリのプロフィール写真 政田 マリ 仏像ナビゲーター

平安時代末期に武士として初めて太政大臣にまで上り詰めた武将、平清盛は2018年に生誕900年を迎えます。全国各地平家ゆかりの地はあれど、とりわけ清盛と深く関わりがあった広島県廿日市市の宮島には多くの伝説とゆかりの場所が残っています。2018年は一年を通して多くの記念事業が予定されている宮島。訪れたなら、ぜひ巡っていただきたい平清盛ゆかりの地をご紹介します。

平清盛と安芸の宮島

平清盛と安芸の宮島

写真:政田 マリ

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まず、宮島に渡ると、フェリーターミナルを出て右手にブロンズの平清盛像があります。2014年に登場したこの像は観光協会などが実行委員会を作り、コンペ方式で決定しました。海を背にして遥か東の彼方にある京の都の方向を向いています。

平清盛は平安時代末期の武将。1118年、伊勢平氏の棟梁・平忠盛の長男として生まれました。貴族が中心で武士には政治的な地位が与えられることがなかったこの時代に、太政大臣に就任して政権を奪い、武士の時代幕開けのきっかけを作った人物です。

平清盛と安芸の宮島

写真:政田 マリ

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その清盛と宮島の関係は久安2年(1146)、平清盛が安芸守に任ぜられることによって深まります。

清盛は、夢枕に立った老僧の「厳島神社を造営すれば、きっと位階を極めるであろう。」という夢告により、厳島神社を深く信仰し、舞楽や納経、甲冑や刀剣等美術工芸品の奉納など、都の最先端の文化を宮島に移しました。

そして、現在の姿である海辺に浮かぶような寝殿造りの社殿を造営したといいます。

清盛の妻、時子の伝説が残る「二位殿燈籠」

清盛の妻、時子の伝説が残る「二位殿燈籠」

写真:政田 マリ

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清盛像を過ぎ、海沿いにまっすぐ進むと古い石灯篭が見えてきます。
「二位殿燈籠」と書かれたこの灯篭は清盛の妻、平時子の最期にまつわる悲しい伝説が残されています。

清盛が亡くなった後出家をして「二位尼」と呼ばれていた時子は、1185年の壇ノ浦の戦いで平家が滅亡した時、孫の安徳天皇を抱いて娘の徳子と共に海に身を投げました。

時子の亡骸は瀬戸内海を漂い、清盛が愛した宮島の有の浦に流れ着いたと言われています。その場所に建っているのがこの石灯篭です。

清盛の妻、時子の伝説が残る「二位殿燈籠」

写真:政田 マリ

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清盛が整備した寝殿造の厳島神社を彼方に望みながら、二位尼の石灯籠が平家の栄枯盛衰を伝えています。

一族の想いを込めた豪華絢爛「平家納経」

一族の想いを込めた豪華絢爛「平家納経」

写真:政田 マリ

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平清盛をはじめとした平家一門の各々は1164年、経典を一巻ずつ書写し厳島神社に奉納しました。表紙は金銀の金具で装飾され、見返しや料紙などにも金銀泊をあしらい、当時の最高技術である螺鈿を施すなど、豪華絢爛な出来栄えでした。

清盛は自身だけではなく一門の繁栄を強く願っていたのでしょう。

この経典群は国宝に指定されていて普段見ることは出来ませんが、厳島神社を出てすぐ、大願寺向かいの「厳島神社宝物館」にて複製が展示されています。

清盛を祀る「清盛神社」

清盛を祀る「清盛神社」

写真:政田 マリ

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大願寺を抜けて海側「西の松原」と呼ばれる築出し(突堤)に出ると、フェリー乗り場から厳島神社までの賑やかさとは打って変わり人影は少なく、松の緑と砂の白が目を引きます。その松の茂みから現れる朱色の鳥居とコンパクトな社殿が「清盛神社」です。

清盛を祀る「清盛神社」

写真:政田 マリ

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清盛の没後770年を記念し、清盛を祭神とする清盛神社が創建されたのが昭和29年(1954年)。現在、平清盛の遺徳を偲んで年に一度「清盛祭」も行われています。

平安時代からの遺構!清盛が想いを込めた「経塚」

平安時代からの遺構!清盛が想いを込めた「経塚」

写真:政田 マリ

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清盛神社から山手へ100mほど戻ったところにある小高い丘の上に上がると、対岸の本州と宮島に挟まれた穏やかな大野瀬戸や、そこを縦断するフェリー、廿日市市街地までも望める絶景が広がります。
ここは「経ノ尾」と言います。

平安時代からの遺構!清盛が想いを込めた「経塚」

写真:政田 マリ

その丘の先端にあるのが「経塚」です。別名「清盛塚」とも呼ばれ、清盛が平家一門の繁栄を祈願してここに一字一石経(お経の文字を一字書いた小石)を埋めたと伝えられています。

実際、昭和19年に開墾した時に銅で作られた経筒や陶器、清盛が率先して交流を持った宋の国(中国)の白磁などの一部が見つかり、すべて平安時代のものと判明しました。

石塔は後の時代のものですが、この場所は清盛にとって祈念のためのパワースポットだったのでしょう。

平安時代からの遺構!清盛が想いを込めた「経塚」

写真:政田 マリ

以上、平清盛ゆかりの5か所をご紹介しました。

平安時代から多くの人々を惹きつけてきた宮島は、現在もたくさんの観光客で溢れかえっています。世界文化遺産にも登録され、国内外から毎年300万人以上の観光客が訪れ、外国人に人気の日本の観光スポットでは常に上位にランクインしています。そんな島内でも今回ご紹介した清盛ゆかりのスポットは知る人ぞ知る隠れた名所ばかりです。

2018年は平清盛が生まれて900年という記念の年。平安時代にタイムスリップして清盛の足跡を辿る宮島の旅をしてみてはいかがでしょうか?

宮島の基本情報

住所:広島県廿日市市宮島町
電話番号:0829-30-9141(廿日市市 環境産業部 観光課)
アクセス:JR、広電「宮島口」駅からフェリーで10分

2018年8月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

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掲載内容は執筆時点のものです。 2018/07/30 訪問

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