筑豊の炭坑王と歌人白蓮が過ごした飯塚市「旧伊藤伝右衛門邸」

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筑豊の炭坑王と歌人白蓮が過ごした飯塚市「旧伊藤伝右衛門邸」

筑豊の炭坑王と歌人白蓮が過ごした飯塚市「旧伊藤伝右衛門邸」

更新日:2018/08/21 15:15

肥後 球磨門のプロフィール写真 肥後 球磨門

近代日本において産業振興を支えた石炭の国内産出量の半分以上を占めていた筑豊炭田。その中心が飯塚市で、炭坑王と呼ばれた伊藤伝右衛門が生まれた町です。伝右衛門が歌人柳原白蓮と過ごした「旧伊藤伝右衛門邸」が飯塚市に残り一般開放されています。ここを訪れ炭坑王と歌人白蓮の生活を覗いてみませんか。

2300坪の敷地に立つ延べ床面積300坪の大豪邸

2300坪の敷地に立つ延べ床面積300坪の大豪邸

写真:肥後 球磨門

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福岡県飯塚市は筑豊炭鉱の中心地でした。飯塚は旧長崎街道の宿場町でもあり、その街道沿いに「筑豊の炭坑王」と呼ばれた伊藤伝右衛門の邸宅の門が建っています。この門は福岡市天神にあった伊藤家の別邸(通称銅御殿)にあったものを移築した長屋門で、表札の「旧伊藤伝右衛門邸」は飯塚出身の元内閣総理大臣麻生太郎の揮毫(きごう)です。

2300坪の敷地に立つ延べ床面積300坪の大豪邸

写真:肥後 球磨門

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邸宅は敷地面積約2300坪、建物の延床面積は約300坪もある大豪邸で、明治30年代後半に建築されました。広大な回遊庭園をもつ贅を尽くした数寄屋造りの純日本家屋は重厚感があり圧巻です。

2300坪の敷地に立つ延べ床面積300坪の大豪邸

写真:肥後 球磨門

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邸宅は数度に渡って増改築が行われています。その中の最大のものが総平屋建てだった邸宅に2階を増築したことです。これは伝右衛門の妻となる柳原Y子(白蓮)の部屋にするためです。伯爵家出身の白蓮が平民と同じ高さではいけないという伝右衛門の考えからの増築でした。
この邸宅を眺め、炭坑王と歌人白蓮の波乱に満ちた人生に思いを巡らせてはいかがでしょうか。

国の名勝に指定された池泉回遊式庭園

国の名勝に指定された池泉回遊式庭園

写真:肥後 球磨門

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邸宅と同様に圧巻なのが、豪華な池泉回遊式庭園(ちせんかいゆうしきていえん)で国の名勝に指定されています。広さは何とおよそ1200坪。造園のきっかっけは白蓮が嫁入り道具として持参した石灯篭だったそうで、龍が巻き昇る彫刻が施されたりっぱなものです。その石燈籠も庭の西側に残っています。

国の名勝に指定された池泉回遊式庭園

写真:肥後 球磨門

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池の上を樹齢300年を超えるといわれる天蓋松(てんがいまつ)が覆い、中には一基数百万円もするといわれる石灯篭が19基配置され、築山に建つ茅葺き屋根の四阿(あずまや)や石で造られた太鼓橋などもあって壮大な庭園の贅沢さに驚かされます。

この庭園は屋敷内のどの部屋から眺望できるので、各部屋から表情の違う庭を楽しんでみるのもおススメです。

部屋ごとに贅を尽くした和洋折衷の応接室

部屋ごとに贅を尽くした和洋折衷の応接室

写真:肥後 球磨門

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邸内は和洋折衷の造りになっていて、どの部屋も細部にまでこだわった内装に仕上げられています。玄関を入ってすぐが応接間です。アールヌーヴォー様式の凝ったマントルピースが正面に据えられ、イギリス製ステンドグラスが嵌められた窓や精緻な寄木張りの床など、伝右衛門の趣味の良さが伝わってきます。

部屋ごとに贅を尽くした和洋折衷の応接室

写真:肥後 球磨門

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格調高い洋風の部屋を後にすると目に飛び込んでくるのが、幅一間の畳が敷き詰められた廊下です。なんと50メートルの長さがあります。日本各地にある大豪邸でも、これほど長い畳敷きの廊下にはなかなかお目にかかれないのではないでしょうか。

部屋ごとに贅を尽くした和洋折衷の応接室

写真:肥後 球磨門

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畳廊下に沿ってあるのが15畳の大広間と12畳の次間です。この部屋には板張りの濡れ縁があり、北側に広がる庭園を見渡すことができます。しばし腰かけて優雅なひと時を過ごすのもおススメです。

白蓮のために九州で初めての水洗トイレも導入

白蓮のために九州で初めての水洗トイレも導入

写真:肥後 球磨門

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白蓮がこの屋敷に住むにあたって、最初に要求したのが水洗トイレの設置でした。イギリス製の水洗トイレは職人も一緒に大阪から運ばれ、白蓮の部屋へ上がる階段の横に取り付けられました。当時としては珍しい水洗式のトイレは九州ではもちろん初めてのもので、これも伝右衛門がいかに白蓮を大切にしていたかがうかがえる設備です。
現在あるもの(使用禁止)は新しく取り付けられたもので、当初のものは飯塚市歴史資料館に保管されています。

白蓮のために九州で初めての水洗トイレも導入

写真:肥後 球磨門

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白蓮の要求はまだ続きます。それが食堂の洋風化と朝食をパン食にすること。和室だった食堂はシックな洋室に改造され、窓ガラスはドイツ製です。当時珍しかったパンは、外国船が入港する門司(現北九州市門司区)までわざわざ出向いて買い入れていたと伝わっています。
この部屋からも庭が見渡せ、優雅な朝食をとっていたのがうかがえます。

いたるところに細工が施された白蓮の部屋

いたるところに細工が施された白蓮の部屋

写真:肥後 球磨門

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白蓮の部屋は当時のままの姿で残っています。10畳の部屋と6畳の控えの間が付いた和室です。普通の和室に見えますが随所に意匠が凝らされています。

いたるところに細工が施された白蓮の部屋

写真:肥後 球磨門

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ここでは銀箔が張られた襖や蝶をあしらった天袋、白蓮が怪我をしないようにと角を丸くした柱などを見ることができます。そして竹の節だけを残した欄間(らんま)も。ふすまを開けていればただの竹の節ですが、閉めると竹が浮かび上がっているように見えます。白蓮の歓心を得るため、部屋の随所に注意しないと気づかないような職人の技が仕込まれていて、無骨な伝右衛門がいかに白蓮を大切にしていたかがうかがえます。

いたるところに細工が施された白蓮の部屋

写真:肥後 球磨門

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部屋から見下ろす庭園は絶景です。しかし白蓮はこの景色を見ても心の安らぎを得る事はなかったというのも皮肉な話です。美しい庭を見ながら白蓮の人生に思いを馳せてみてはかがでしょうか。

敷地内には「ミュージアム白蓮館」があり、柳原白蓮が愛用した着物や色紙など、白蓮に関する貴重な資料が展示されています。また長屋門の傍の伝右衛門の愛車が停められていた車庫が「ミュージアムショップ白蓮」となっていて、白蓮の書物や飯塚の名産などが販売されているので立ち寄ってみてはいかがでしょうか。

旧伊藤伝右衛門邸の基本情報

住所:福岡県飯塚市幸袋300番地
電話番号:0948-22-9700
アクセス:JR九州福北ゆたか線新飯塚駅から徒歩約30分
九州自動車道・福岡ICから約45分

2018年8月現在の情報です。最新の情報は公式サイトなどでご確認ください。

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掲載内容は執筆時点のものです。 2018/06/02 訪問

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